第62話 そういう命令です

 動画の後、練くんはさっそく獅子戸さんを質問責めにした。


「動画配信ってなんで? しかもバトルって何? それのどこが任務なんだよ?」

「落ち着いて、ひとつずつ説明しますので」


 後方の席では、さっきまで〝広報ダンジョン配信班〟の動画をスクリーンに映していた青木さんが、ラップトップを操作して海の画像と入れ替えた。壁紙が映されているような清々しい風景だ。


 下世話な話だが、関係を解消したのか、彼が遅れて部屋に入ってきたとき、富久澄さんはチラッと視線を送っただけだった。


「先走って配信バトルと言ってしまいましたが、メインの任務は別にあります」

と改まって、獅子戸さんは手元の資料に目を落とした。

「前回私たちは、誰も予想しなかった強大な敵と戦い、勝利し、そしてドラゴンを手懐けるという偉業を成し遂げました」


 練くんの顔が、輝いた。

 褒められて、素直に喜んでいるようだ。


 獅子戸さんは視線を上げないまま続ける。


「そして、私たちの映像を見た、とあるダンジョンの探索チームから、恐ろしい報告が上がってきたのです……」


 獅子戸さんが視線を正面へ向ける。

 スクリーンには、まだ洋々とした海が映っている。


「我々が次に向かうのは、ここです」

「海……ですか?」

 私が思わず口にすると、獅子戸さんが頷いた。


「東京都小笠原村、日本最南端、『沖ノ鳥島海底ダンジョン』です」


 なんと。

 これ、スクリーンセイバー画像じゃなかったのね。


「恐ろしい報告とは、このダンジョンの最深部に『炎の皇帝』と呼ばれる強力な火属性モンスターがいるのではないかというものです」


 『氷の女王』の次は『炎の皇帝』?


「このダンジョンは入り口が海中にあるため、調査も容易ではありませんでした。その上、おかしな気配がするという噂が流れていたのです。それが、私たちの動画で確信に変わった、ということです。『炎の皇帝』を探し出すこと、そして、できることなら倒すこと。それが今回の任務の最終目標です」


 獅子戸さんは手元の資料を睨みながら、いつもより硬い口調で言い切った。


 私は軽く目眩を起こしかけながらも、一応そこまでは飲み下した。

 だが疑問が残る。

 たぶんみんなも同じ気持ちなのだろう。練くんが代弁してくれた。


「それで、なんで配信バトルなんだよ」

「今回この任務に当たるのは、我々第三氷結班と、もう一組です」

と、獅子戸さんは彼女のペースで話を続けた。

 俯きがちに、机の端を睨みつけているように。


「二チームで、手分けをして調査していくことになります……」


「そしてそれを同時にライブ配信し」

と、口籠る獅子戸さんに代わって、後方にいた青木さんが説明を引き取った。ニコニコと、あの鼻声イケメンボイスで。

「視聴者数を競うことになります」


「なんで?」と、練くん。

 私も首を傾げた。


 しかし、それまで黙っていた富久澄さんが、聞き分けのいい声を発した。

「その相手が、広報ダンジョン配信班ってわけですね」


「そうです」

 気を取り直したのか、そこからはまた我らがリーダーが仕切ってくれた。

「動画が流出したせいで、ダンジョン内部の状況は完全に一般公開されてしまい、多くの人がもっと情報がほしいと願っているそうです。各国の代表で、迅速かつ慎重な意見交換をした結果、探索方法が安全第一で配信に向いているとのことで、日本の部隊が選ばれたとか、とにかくそういう、いろいろな理由は並べられましたが、要するに〝そういう命令〟です」


 長台詞の最後に、獅子戸さんは急に頭を深々と下げた。


「すみません! こんな任務……。拒否できなくて……」


「あ、いや、そんな……」

と、私は慌てて彼女に向かって両手を伸ばしていた。

 指揮官に頭を下げさせるなんて。


 しかし、これで彼女が入室してきた時の様子が、どこかよそよそしかった理由がわかった。こんな命令を受けて、言いにくかったんだろうな。


 私はみんなを鼓舞したくて、胸の前で拳を握っていた。

「大丈夫ですよ! できるかぎりのことをしましょう!」


 私の掛け声に、練くんも富久澄さんも微笑んでくれた。

 ただ一人、地念寺くんは浮かない顔だ。


「あの、それで……」

と、おずおずと質問してきた。

「海底ダンジョンですよね? そこまでは、どうやっていくんですか?」


 ああ、そっか。


「潜水艦とかですか?」


 私もさらりと聞いてしまったが、獅子戸さんはまたしても、頭痛を抑えるような表情になって告げた。


「いえ、人力です」

「人力?」

と、私。阿呆の一つ覚えのように繰り返してしまった。


 獅子戸さんは、サッと地念寺くんに向かった。


「このダンジョンは大変珍しく、かなり接近すれば外部でも能力が使用可能なのです。ですから我々氷結三班は、地念寺さんの念動力を使います。あなたが巨大な『カプセル』を作って、そこに全員が入り、海底ダンジョンの入り口を目指します」


「”%#&<+`!?」と、地念寺くん。

「は? なんて?」と、練くん。

「地念寺くん、言葉になってないよ!」と、私。


 富久澄さんに背中を支えられて、地念寺くんはようやく息を吹き返した。


「いや、無理です。無理無理。だって、そんな、水圧は? いや、まず大きさが。僕を含めて五人も入れるカプセルなんて」


「六人です」

と、後方からの声に全員が振り返る。


 ニコニコと、青木さんが立っていた。


「僕も行きますので」


 

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