第2章 海底ダンジョンへ

第61話 なんですかこれ?

 小柄な青年が息を切らして、洞窟の中を走っている。

 天井は高いが、いかにも何かが起こりそうなダンジョンであることは間違いない。


 テロップが出て、青年の名前が〈琉夏るか〉だとわかる。

 続いて〈火炎魔法・攻撃型・Aランク〉の文字。

 緊迫したBGMがついている。


 彼は体つきからして幼く見えたが、カメラが横顔をアップで捉えたとき、その真剣な眼差しが経験豊富さを物語っていた。目の下に泣きぼくろが見える。


 カメラが琉夏を追い越して、その背後を捉えると、今にも彼に襲い掛からんばかりのブルーオクトパスの姿が映った。海洋モンスター独特の怒号をあげ、しゅるしゅると触手を伸ばす音が聞こえてくる。


 琉夏は肩越しに位置を確認すると、火炎魔法を使って追い払おうとした。だが、ブルーオクトパスの飛ばす水飛沫が、彼の炎を消してしまう。


 さらにブルーオクトパスが尖らせた口から毒液を吐き出した。


「ああ!」


 どうやら琉夏の腕にそれがかかったらしい。

 アングルのせいで見えないが、悶絶する表情がドアップになる。


 彼の視線をカメラが先回りする。

 そこには高台があった。


 再びカメラが琉夏を映すと、彼は苦しみながらもそこを登ろうとしていた。


 ところが、ブルーオクトパスの触手が無情にも、彼の足に絡まるのだった…!


「ぐあぁ!」


 引きずり降ろされ、モンスターの目の前に吊り上げられる琉夏。

 絶体絶命!

 彼は死をも覚悟した……!


 そのときだ。


「待ちなさーい!」


 洞窟の手前から光が差し込んだ。

 逆光に、人の姿が見える……


 少女だ。


 またテロップが入った。

〈れるる、火炎魔法、攻撃型、Bランク〉とある。


 少女は二次元から飛び出してきたような、制服風のコスチュームに大きなリボンのポニーテール。

 BGMがアップテンポのアイドルソングに変わった。彼女の歌だろうか。


「ハアァァァッ!」

と、気合いと共に、彼女が右手を天高く突き上げ、それから前に伸ばす。

「いけぇ! ドッカーン!」


 それが技の名前なのだろうか。セリフのテロップが入るようになった。

 ブルーオクトパスに直撃したファイヤーボールは、見事にその体を燃やす。あまりに美しい炎は、まるで作り物のように見えた。


 痛みに悶える触手が琉夏を放す。


 二人はすぐさま合流した。

「ありがとう、れる、助かったよ」


 彼はれるるのことを親しそうに〝れる〟と呼んだ。


「琉夏、大丈夫? 怪我はない?」

「ああ。でも、敵が強すぎる。俺たちの炎だけじゃ倒せない」

「じゃあどうすれば?」

「なぜ海洋系モンスターがこんな水のないところに……」


 そう言って束の間考え込んだ琉夏が、ハッと何かに気づいた。


「そうか! やつは自分の体の中に海水を溜めているんだ!」

「その水を吐かせれば、勝てるのね!」


 れるるも察して声を上げた。

 二人は何か使えるものはないか周囲を見回した。


「あの岩!」

と、高台の上を見やる。

「あれを落として、水を吐き出させるんだ!」


 燃え盛る炎を、口から水を吹いて消しとめている間に、二人は協力して高台に登った。

 カメラがその様子を下から捉えている。当然、れるるのスカートの中が……


 二人を見つけたブルーオクトパスが、怒り狂って岩の下にやってくる。


「今だ!」

と、二人は息を合わせて岩の下部に火炎魔法を放った。


 岩が割れ、崩れ、モンスターの頭上めがけて真っ逆さまに落ちていく。

 頭を押された勢いで口から水を吐き出したオクトパスは、苦しそうにのたうちまわった。水が洞窟の床に広がる。


 さらに火炎魔法で追い打ちをかけられたブルーオクトパスは、洞窟の奥へと逃げていった。


 琉夏とれるるは喜び、そして抱き合った。

 どうやら二人は恋人同士でもあるようだ。


「やったね、琉夏。倒したよ」

「れる……、俺、れるがいなかったら今頃……死んでたかもしれない」


 しっとりした音楽。

 見つめ合う二人。


 だが、れるるは体を離した。


「私が琉夏を助けるのは、チームだからだよ」

と、そっぽを向くが、その顔は寂しさに溢れている。


「れる……」

「だって、琉夏……優衣ゆいはどうなるの?」


 その名前に、琉夏の顔がこわばる。

 そしてテロップ。


〈次回へ続く!〉




「なんですかこれ?」

 会議室の電気がついて、私こと本田唯人は、思わず根本的な疑問を口にしてしまった。


 私たち氷結三班全員、並んで座って一体何を見せられたのでしょうか。


「政府公認〝広報ダンジョン配信班〟ですよね」と、富久澄さん。

「僕、初めて見ました」

 地念寺くんが白状すると、練くんも「俺も」と同意する。


 富久澄さんは驚いて二人に向かった。

「え、見てないの? 毎週金曜配信で、チャンネル登録者数も百万人くらいいるのに」


 思い出した。

 テレビCMとかにも起用されている動画配信グループだ。

 政府公認だったのか。って、そりゃそうか。じゃなきゃダンジョン内で撮影なんかできないばかりかダンジョンに近づくことさえできないんだから。


 あんまりにも美しい映像だったから、どこかスタジオで作ってるんだと思っていた。本物だったんですかい。


「えー、次の任務です」

と、獅子戸さんが私たちを注目させた。


 ちょっと言いにくそうである。


「今の人たちと、動画配信バトルをします」


「は?」

「え?」

「うそ!」


 なんですと?


 

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