第60話 全員道連れにします
残り三日の休みは、ほとんどみんなバラバラで過ごした。
私は、朝食こそ言われたとおり練くんと顔を合わせるようにしていたが、彼は食べ終わると黙々とトレーニングに励んでいるし、私はまた西園寺トレーナーとマンツーマン。
地念寺くんは夜型らしく、昼過ぎに姿を現すが、言葉少なだ。
富久澄さんはもっと掴めない。不規則な時間に寝起きしているようだ。
獅子戸さんのこと、まだ決まったわけじゃないし、たとえ後任が来たとしても、バリっとしたところを見せたほうがいいと思うんだが……、彼らは精神的支柱を失ったように見える。
年長者なんだから、私こそ支柱にならねばという意気込みも、母親に言われたからではなく、あるにはあるのだが、私自身、獅子戸さんのリーダーシップをかなり頼もしく思っていたようだ。
正直、私もがっくりきていた。
本人からの連絡もないまま時だけが過ぎていく。
このまま、さよならもないままいなくなって、明日から「はじめましてー」って新しいリーダーが来たとして、私たち、『氷の女王』と戦ったあの力、団結力が出せるのかしら。
いいや。
だめだめ。
出せるのかしら、じゃない。
出すんだ。
新しい人と、新たな形のチームを作っていく。
それは獅子戸さんがいたときと同じとはいかなくても、あれがベストだったとしたら、別のベストを形成するんだ。
私はそのために、みんなの手助けができるよう心の準備をしておかなくちゃ。
ようやくそこまで前向きな気持ちになった休暇最終日の夕方、チームのグループチャットに獅子戸さんからブリーフィングのお知らせが届いた。
『明日の朝、九時に会議室へ集合』と書いてある。
どんな顔して会ったらいいのだろう……
眠れなくなってしまったのは私だけではない。
深夜、飲み物を買いに廊下の自動販売機へ出ると、地念寺くんが電子レンジの前で頭を抱えていた。
ちなみにレンジは動いていない。故障して困っているのかと思ったら、ただ
「大丈夫?」
「あ、本田さん……、すみま……」
謝ろうとして、彼は唇を噛んだ。
「ははは。癖になってますね」
「ホントだね」
それをあの土壇場で命じたのは、獅子戸さんだ。
「だ、大丈夫です」
と、彼は振り絞るように言ってきた。
「今は、緊張してますけど、でも、もう大人ですし、ぼ、ぼ、僕は……」
人見知りだもんな……
慰めの言葉を探していたら、ヒーローが登場した。
「そうだよ。俺たちがいるから」
練くんだ。
「って、緊張して眠れなくて水飲みに来て言うことじゃないけど」
「えー、練くんも緊張してるの?」
ふざけて声を出すと、廊下から笑い声が聞こえてきた。
「みんな起きてるー」
と、富久澄さんがひょこっと顔を覗かせてきた。
私たちは思い思いの飲み物を手に、軽く乾杯した。
「何に乾杯?」と、富久澄さん。
「眠れない夜に」と、練くん。
「緊張に」と、地念寺くん。
「氷結三班に」と、私。
そして私たちは、寝不足の頭で運命の日を迎えた。
「はい、おはようございます。みなさん、よく休めましたか? 次の日程についてですが……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
会議室に入るなり、獅子戸さんは、私たちの硬い表情を気にも留めずに勢い込んだ。視線は腕の中のバインダーである。
私が思わず話を止めると、逆に驚いてこっちを向いた。
「どうしました?」
「どうって……」
戸惑う私の隣から、練くんがズバリ聞いた。
「地図制作班に異動するって聞いたけど?」
「地図? 私がですか? いったいどこからそんな話が?」
富久澄さんが頭を下げた。
「ごめんなさい。聞くともなしに聞こえてしまって……」
「そうでしたか。心配かけましたね。その場で聞いてくれればよかったのに」
あっさり、である。
「どこにも行きませんよ。確かに打診はあったんですが、断りました」
「え!」
と、声を上げたのは私だった。だって、彼女の夢を知っていたから。
獅子戸さんは私を見て、ちょっと照れくさそうな顔つきになった。
「千葉ダンジョンの新区域についてなど、情報連携には行きましたけど、それだけです」
ん?
それって……、やっぱり休んでないぞ、この人……
大丈夫かしら……
「まさかそんな噂が流れるとは思っていませんでしたので、失礼しました」
「じゃあ、どこにも行かないんですね?」
と、地念寺くんが念押しすると、獅子戸さんは珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「失敗して飛ばされることはあるかもしれませんが、そのときは全員道連れにします」
ドキッとした。
脅されて怖かったからではない。脅しだとも思わなかった。
そうじゃなくて、全くその反対だ。
そこまでの覚悟を持って私たちと運命を共にしてくれるリーダーに、胸が高鳴ったのだ。
「さ、そんなことよりも次の任務についての打ち合わせをします。もうすぐ青木さんも来ますので……」
「青木さんも?」
その名前に、富久澄さんは若干ソワソワしはじめた。
あら、まだ気持ちがあるのかしら。
それとも気まずい?
私は他の二人の顔を見やった。
練くんも地念寺くんも、まるで憑き物が落ちたようだ。
正面を見れば、獅子戸さんも満足気で、なんだかさらに自信に満ちているように感じられた。
(おかえりなさい……)
私は胸の内で、そっとそう思った。
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