第59話 家族みたいな
翌日、私は自宅を長期不在にする状態に整え、着替えなどを鞄に詰めて千葉へ向かった。
頼めばなんでも支給してくれるけれど、やはり慣れた自分の下着やタオルが安心する。
道中で練くんの言葉を思い出して、宿舎に電話をかけて迎えを依頼したら、最寄り駅に着いたときには黒塗りの車が待ち構えてくれていた。
これはテンション上がる。
そのうえ宿舎という名のリゾートホテルのロビーに入ったら、地念寺くんと富久澄さんのお出迎えだ。
「えー、待っててくれたの?」
嬉しい驚きに口角が上がってしまう……が。
「あ、いえ、神鏑木さんが帰ってくるというので……」
「あ、練くんのお迎えか……」
はやとちり恥ずかしい!
と思っていたら、富久澄さんが慌ててフォローしてくれた。
「違うんです。本田さんが帰ってくるって知らなかっただけで、みんなに話したいことがあったんです。揃うなら何よりです」
気を使わせてしまった!
「そっか、じゃあ、とりあえず荷物置いてくる!」
「練が来たら、本田さんの部屋に集合します!」
と、富久澄さん。
「待ってます!」
そういうわけで部屋で荷物を整理していると、ほどなくして全開にしておいた扉から、どやどやと三人が入ってきた。
最後尾の地念寺くんが扉を閉める。
突き当たりの窓まで一気に歩いて行った富久澄さんが、くるっと振り返って、真剣な表情でVサインを突き出した。
「二つ、言わなきゃいけないことがあります!」
気圧されて、私はベッドの端に腰を下ろした。
練くんは壁にもたれて腕組みし、地念寺くんはデスク下の椅子を引き出してきちんと着席している。
「まずは検査結果。私、回復魔法じゃなかったの!」
「え?!」
思わず大きな声を出してしまった。
じゃあなに?
「今は仮称で、『サポート魔法類』の『増幅』って名前がつけられてる」
「増幅……なるほど」
地念寺くんがぼそりと復唱して、続けた。
「富久澄さんの回復魔法は自己回復力を増幅させているのだろうと言われていましたが、もとより何かを『増幅』させる能力だったわけですね」
富久澄さんが頷く。
「だから、あのとき、私は、青木さんの潜在能力を増幅させたんだって。検査では再現できなかったんだけど……」
あのときとは『絶対防壁』のことだ。
氷の女王との戦いで突如発動した謎の技は、青木さんのものだったのか。
「なんとなく、青木さんの〝死にたくない〟って気持ちが溢れた感じがして、それが壁を作った、みたいな……」
富久澄さんは、最後は自信なさげに尻すぼんだ。
「でも、もともと発見できないほど小さなエネルギーなのに、無理やり引きずり出すのって、怖い気がするの。大丈夫なのかな……」
富久澄さんは本当に優しい人だな。
「じゃあ」
と、練くんが思いついて声を上げた。
「俺たちの魔法も増幅できるってこと?」
「うん、そうかも。これからは別角度からの訓練が必要だって言われた。それについては、追って指示するって」
うーん、チーム的には回復役に徹して欲しい気もするが、『増幅』か……
いろいろと可能性のある能力かもしれない。
これは人員補強が入るのではないだろうか。
彼女の能力の新たな側面に、みんな考え込んでしまったようだ。
少しの間沈黙が流れたが、せっかちな練くんがたまらず先を促した。
「で、二つ目は?」
「そう、そっちの方が重要!」
と、富久澄さんも弾かれたように応じる。
しかしその話は、にわかには信じられない内容だった。
「獅子戸さんがいなくなっちゃうかも!」
「は?」
「え?」
「いなくなる?」
当然、全員が前のめりになる。
富久澄さんが説明した。
「聞くつもりなかったんだけど、検査の最中、聞こえちゃって『地図制作班』ってところに異動するって」
「本当かよ!」
いきりたつ練くんを、私と地念寺くんで抑える。
富久澄さんも、必死で見聞きしたことを付け加える。
どうやらはっきりと「異動します」と告げられたわけではなく、彼女が誰かと話している内容が「地図制作班へ異動なんて大変ですね」だったという。
「なんだよ。じゃあ決まったわけじゃないじゃん」
と、まだ怒りのおさまらない練くん。
「でも、なんか深刻そうだったから」
と、富久澄さんは責任を感じるのかしょげている。
「決めつけはよくないですけど、でも組織なので、そういうこともあるかもしれませんよね」
地念寺くんは冷静だが、後ろ向きな意見だ。
私も正直、仕方がないという気持ちになっていた。
地図制作班といえば、以前酔った勢いで獅子戸さんが言っていた、彼女が希望する部署。今回の功績が讃えられて移動が決まったのだとしたら、むしろ喜ぶべきことだ。
とはいえ、その話はみんなとしたわけではないから、無闇に口外するわけにはいかない。
重たい沈黙が私たちの間に流れる。
「なんか……モヤモヤする」
と、練くんが言い出した。
「休暇の直前まで、俺たちはこのチームでやってくんだって感じだったのに、いきなりそんなことになるとか、おかしくない?」
「受け入れるしか、ないのかなって、思うけど……、飲み込みきれないよね……」
「もう、家族みたいなものですしね……」
最後にぽつりと漏らした地念寺くんの言葉が、私たちの総意だった。
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