第55話 たすけてください
部屋に戻った私は、練くんに言うのを忘れていた大切な用事を思い出した。
たくさんの通知に埋もれていたが、その中に、総務部のメールアドレスがあったのだ。
昨晩遅くだったが、あれを見つけたときには背筋が伸びて、俄然頭は仕事モードになった。
ダンジョンどっぷりの日々が続いていても、私の会社員魂は変わらないのか。と思うと、情けなくもあり、反面誇らしくもあるのだが、内容は仕事じゃなかった。
そりゃそうですよね……
私がいなくても会社はつつがなく回りますもんね……
などと拗ねていたら、びっくり、出社を促すメールだったのだ。
しかし理由は『祝賀会』であった。
大会議室でささやかながらパーティをしたいとのこと。
嬉しかった。
私なぞのために、会社でパーティだなんて。
いまごろ総務の女性たちがケータリング注文に奔走しているところだろうか。
忘年会や歓迎会など、場所の用意は主に私の仕事だった。いまは誰がやっているのだろう。
なにはともあれ、夜中に「伺います」という旨の返事をしておいた。しかも図々しいことは承知の上で、この休暇のうちに開催をお願いしたいと添えておいた。
その返事が来ていたのだ。
「明後日、か」
一応獅子戸さんと、それから他のみんなにも連絡しておこう。
グループチャットへ簡単に経緯を入力すると、時を待たずに返事が一通あった。
獅子戸さんかな、と思ったら、地念寺くんだ。
はっはっは。帰省先だというのにスマホばっかりみている最近の若者だな。どれどれ何を送ってくれたのかな……
と、思ったら、グループじゃなくて個人宛だ。
「たすけてください」
ええええええ!?
一瞬にして頭をよぎる、恐喝、強盗、誘拐、事件事故。
私は咄嗟に通話ボタンを押していた。
「大丈夫!?」
繋がった途端に声を大にすると、向こうはむしろ落ち着いた調子。
「あ、あの……、すみません、続きを打ってるところだったんですけど、『助けて』なんて、たいそうなことじゃないので、大丈夫なんですけど、でも……」
「いいよいいよ。なんでも言って。チームメイトじゃない」
「はぁ……、あの……」
「今、どこ?」
私は彼の出身地であろう様々な地方を思い浮かべた。
だが。
「東京です」
「は?」
「東京駅の……近くの、ホテルです」
大都会じゃないか。
現在地を述べたあと、言葉を詰まらせる地念寺くん。
私も続きに迷った。
「地念寺くん?」
と、思わず名前で呼びかけると、彼はぽつりぽつりと話しはじめた。
「バスの中で……、あの、動画を見まして……震えが、止まらなくなりまして……」
「ああ、そうだよねぇ。私も見たよ」
「すぐに獅子戸さんからも電話をいただいたのですが……、どうしたらいいのか……、指先まで冷たくなってしまいまして、頭が呆然としてしまい……」
うん、うんと適宜相槌を打ちながら聞き続ける。
「気がついたら、東京駅で乗るはずだった新幹線を逃しまして……、夜分だったので、仕方なくホテルを取って、今に至ります」
「新幹線、満席で取れなくなっちゃったとか?」
いやいや、今日は平日だからそんなことはないはずと、思いながらも聞いてみるが、「いえ……」という煮え切らない否定。
「ちなみに、ご実家はどちらで?」
尋ねると、聞き覚えはあるけれど場所まではあやふやな東北地方の地名が帰ってきた。
「このままここにいても軍資金が底を尽きるのは目に見えているんですが……」
「あんな動画見ちゃったら、親御さんも心配するよね」
練くんとのやり取りを思い出し、世の中にはいろんな親子関係があると想像しながらも、私はそう声をかけた。
だが、それもななんだか違ったようだ。
「あの、心配とかいうよりもですね、なんというか」
「地念ちゃん!」
と、私は彼の言葉を遮ってしまった。
「まだ東京にいる? すぐに帰らないなら、私もそっちへ行く用事があるんだけど、駅の近くで会わない?」
こういうときは、顔を合わせる方がいい気がして、私はそう提案していた。
スマホを、最近ちょっと調子が良くなってきた四十肩になんとか挟んで、会話を続けながら身支度を始める。
彼は驚いて、さらにしどろもどろになった。
「いえ、あの、そこまでしていただくわけには」
「いやいや、さっき送ったとおり、出社しなきゃいけないから、東京駅は通り道だし。逆に、地念寺くんがすぐに故郷へ出発するなら、かなり待たせちゃうから申し訳ないけど……」
伺うと、地念寺くんは声を詰まらせた。
「……たぶん、すぐには帰りません」
「わかった。じゃあ、時間の目処がついたら連絡するから、そこから動かないでね!」
なんとなく思い詰めた様子だったので、私は強めに念押しして、一旦電話を切って猛スピードで支度した。
獅子戸さんからも外出を了解した旨の返事が来ていて、廊下に出たら練くんがわざわざ見送りに来てくれた。
「え、おっさん、地念寺に会うの?」
「そうだよ。君もくる?」
「いい。ってゆーか、家に帰ることになって……」
「そうなんだ! いってらっしゃい」
「で、車頼んじゃったから」
「車を? 頼めるの?」
当たり前だと言わんばかりの練くんに付き添われて、受付に聞いたらすぐに例の黒塗りハイヤーがやってきた。
「VIPだねぇ……」
「ボーッとしてないで行ってこいよ。なんか知んないけど、地念寺によろしくな」
「あ、うん。練くんも、帰省気をつけて」
なんだが寮生活の大学生みたいに、私たちは手を振って別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます