第51話 これで終わりじゃなさ過ぎる!

 祝賀会は終始和やかなムードだった。


 チームの紹介という段でも、事前の打ち合わせどおり我々はマイクの前へ整列するだけで、獅子戸さんが当たり障りのない組織的な挨拶をしてくれた。

 幾人かのお偉いさんがテーブルまで挨拶に来てくれたが、すでに心地よく酔ってらっしゃるようで、どなたも堅苦しい雰囲気がない。


 わいわいした空気の中で美味しい料理とビールや日本酒に舌鼓を打って、二時間ほどで流れ解散の号令が出た。

 練くんと地念寺くんは居心地が悪いのか帰ってしまったが、私はデザートまでしっかりいただいてから、改めて獅子戸さんに挨拶して会場を後にした。


 静かな廊下は、足元がひんやりする。

 自室に戻ってドアを閉めたら、急に思った。


 本当に終わったんだ、と。


 直後の出迎え騒ぎと疲労と祝賀会を経て、ようやくその実感が私にのしかかってきた。


 終わった。

 ダンジョンを、攻略したんだ。


 ゴブリンたちとの激しい攻防、崖を降り、地図にない道を彷徨い、ファングスパイダーに襲われ、そして氷の女王アッシャ、アイスドラゴンのフリューズ、魔法の杖……


 そこで起きた出来事が、次々に思い出される。


『長き戦いになるであろう。安心なさい。凍える闇は、常に汝の内にある……』


 女王の声が、いまさっき聞いたみたいに鮮明に蘇った。


「長い戦いになると言われたけど……、逃げ出してしまったな……」


 口に出したら、だんだん後悔の念が芽生えてきた。

 いや、元気になったらまたダンジョンに挑むのだから、罪悪感を抱く必要はないだろう。


 私は大浴場でお湯に浸かって、英気を養うことにした。

 このときはまだ、私たちの知らないところで、取り返しのつかないが起きているなど、知る由もなかった。



 * * *



 千葉支部より東へ百キロ——都内某所——


「ご覧いただきましたとおり、氷の女王と名乗るモンスターと、アイスドラゴンの音声は記録されていません」


 薄暗い会議室に、プロジェクターの明かりが眩しく輝いている。


 映し出されているのは例の、第三氷結特殊班の様子だ。

 そして演台でマイクに向かっているのは、青木。


 救急車に乗せられた彼は、その後どこにも異常がないと診断されるなり、すぐに都内の本部へと移動することになった。車内ではいわずもがな、爆睡である。


 翌朝、本部会で報告するように命じられ、夕方までに大急ぎで資料を準備する羽目になった。


 目の下にクマを作っているが、彼はこれを晴れ舞台と捉えていた。


「マイクの不調ではなく、収音不可能だったと思われます。字幕には誤りがあるかもしれませんことを、重ねてお詫び申し上げます。ご了承ください」


 暗がりの中にはずらりと男たちが座っている。

 スライドスクリーンの映像が終わると、彼らは喧々諤々けんけんがくがくになった。


「信じられん」

「まるでラスボスじゃないか」

「こんな報告は聞いたことがありません」

「隠しているだけで他国でもあったのでは?」

「まさかそんなこと……」


 その一人が声を上げた。太く、低く、威厳のある声だった。


「青木くん、そのアッシャとかいうモンスターは、君たちに向かって『この世界の者ではないな』と言ったんだね?」


「はい。おっしゃるとおりです。間違いありません。我々のこの世界とは異なる……、つまり、異世界があると明確に証言しました」


 迷いのない返答に、暗がりがざわめく。


「本田は、そのモンスターの力を受け取ったと?」

「そうです」

 青木はまたはっきりと肯定した。


「五年も経って急にこんなことが起きるっていうのは、その本田ってのに、なにかあるんじゃないか?」


「私共の意見としましては……」

と、端に座っていた男が小さく挙手した。

所謂いわゆる『覚醒者』はすべて、ダンジョン内の何らかの物質から力を得ているということかと」


「ダンジョンに入る前からか?」


 別の男が揶揄するが、端の男は動じずに続けた。


「そうです。もはや、こちらとあちらは、重なり合って存在しているのでしょう」

「だがそれでは〝消失〟の説明がつかんじゃないか!」


 威厳のある太い声の男に、場内はさらにざわついた。


「青木くんの覚醒についてはどう考える?」


 その質問は、本人へ投げかけられたものではない。青木はでしゃばらず、黙って資料をめくりながら待った。


 端の男が答える。彼は研究員の長のようだ。


「ご本人から聞き取りをし、またこれまでのデータを元に分析したところ、有力な説としては、長時間ダンジョンに滞在したことによって力を授かったか。あるいは……」


 もったいぶった話し方が、周囲を苛つかせる。


「あるいは、富久澄が青木の能力を増幅させたか、ということかと」

「それなら、あの子と一緒に入れば、誰でも能力を発動できる可能性があると?」

「それは何とも……」


 煮え切らない言葉に、太い声が割って入った。


「明日以降の調査に期待するとしよう。とにかく結果を出してくれ。それで、氷結三班の処遇はどうする?」


 それは質問というよりは圧力だった。


「あんな奇抜な戦い方をするなんて、他の連中が知ったら真似しかねん。何かあったら、誰が責任を取るんだ?」


 そのとき、暗闇に一筋の光が差し込んだ。

 ドアが開閉したのだ。


 音もなく滑り込んできた人物は、会の進行役に何やら耳打ちしている。

 太く低い声が、それを制した。


「私の前で内緒話はやめてもらおうか」


 中腰で報告をしていた人物は、恐縮しきって「はい」と応じた。


「たったいま広報部から連絡が入りまして、今回の映像を共有していた『Dリンクシステム』の出資者が、本国で勝手なことをしてまして……」

「要点は?」


 強く迫られて、報告者は背筋を伸ばした。


「動画がリークされました! ほぼリアルタイムで、ソーシャルメディアに投稿されています」


「は?」

「え?」

「なんだって?」


 暗がりの部屋は、パニックに陥った。


 驚いた青木の腕が手元のパソコンにぶつかって、スライドの画像が切り替わる。

 スクリーンに、本田の顔が大写しになった。



 * * *



「(日本語字幕)ハーイ! 世界のみんな! 今日は僕が関わってるプロジェクトから、とっておきの映像をみんなにプレゼントするよ!

 みんな、〝ダンジョン〟は知ってるよね! 世界中にある不思議な洞窟のことだ。

 世界中の国の政府がそれぞれ管理していて、危険だから絶対に入っちゃダメって言われてるよね? でもそれでいいの? 僕たちには〝知る権利〟がある。そうだろ?」


【コメント欄】

 :OMG!

 : r u seeing what I’m seeing?

 : 정말 진짜 영상인가요?

 : How can u call this fake?

 : ¡Qué chulo!

 : ……


 

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