第48話 フリューズ
洞窟内の冷気も、若干弱まっているような気がする。
私は氷の女王アッシャが煙のように消えたあたりをぼんやり眺めてしまっていたのだが、ふと思うところあってみんなを振り返った。
「〝ふりーず〟って、なんでしょう……」
「『ふりゅーず』だったと思います」
と、すかさず地念寺くんの訂正が入る。
その隣で、練くんが首を傾げる。
「〝ともをさせよう〟ってなに?」
そのとき、地響きのような唸り声が聞こえてきた。
ゴオォォ……
全員の神経が、途端に張り詰める。
何が、どこから現れるのか、みんな背を預けあって辺りを見回す。
仰げば、天井が見る見るうちに凍っていっている。
「下がれ!」
獅子戸さんの声に一斉に走り出した私たちの後ろへ、パラパラと凍った岩が落ちてくる。
壁まで到達した瞬間、私は全員が入れるかまくらを作った。だがいまいち冷気が足りない。
轟音と共に天井が落ちる。
「バリア!」
獅子戸さんの指示に、青木さんと富久澄さんが『絶対防壁』を発動してくれた。
岩が次々落下して、地上の氷壁を破壊している音が聞こえる。
かまくらだけでは無事じゃ済まなかっただろう。二人の魔法があってくれてよかった。
ホッとした耳に、「ゴオオォォ!」と、再び野太い雄叫びが轟いた。
その上、強い冷気を感じる。
「これ、あれじゃね?」
と、練くんが私を見てくる。
「……アイスドラゴン?」
氷の覗き穴から見た、美しくも恐ろしい、あの巨体。
練くんはあの時みたいに、かまくらに指を当てて覗き穴を開けて覗き込んだ。
「やっぱり、ドラゴンがいる」
「どうしましょ……」と、私。
「ドラゴンがフリューズなるものなら、共をしてくれるのでは」と、地念寺くん。
「敵の言ったことを鵜呑みにするんですか?」と、青木さん。
それらを聞いていた獅子戸さんが結論を出した。
「バリアで対応して接触を図ろう」
「本気ですか?」
青木さんは異を唱えたが、私は獅子戸さんに賛成だった。
氷の女王様とも話せたのだから、ドラゴンともいけるんじゃないか。
寒さが和らぎ復活した練くんが、かまくらに出口を作ってくれ、私たちはそっと外に出た。
目の前に、アイスドラゴン。
当然ながら、遠くから盗み見たのとは迫力が違う。
私はマジカルステッキを振って、女王の知り合いであることをアピールしてみた。
「こ、こんにちはぁ」
ドラゴンは優雅に、その長い首を巡らせて、我々を見た。
「おお……我が
ドラゴンは、ブロンズの声でそう囁き、ゆっくりと瞬きをしてみせた。
親愛の印ってことでいいのでしょうか……
私もゆっくり瞬きを返してみる。
「いえいえ、ただの本田で結構です……」
「では、タダノホンダよ。共にこの忌まわしき
地下牢を? 破壊しに?
「あ、いや、その前に、一度外に出たいです!」
「……心得た」
ドラゴンはそっと息を吐き、地面から自分の背まで伸びる階段を作った。見事な装飾の手すりまでついている。
「我が背に。お送りいたします」
「マジか……」と、練くん。
「行こう」と、獅子戸さんは私の肩を叩いた。
私が先陣を切って、練くん、今では能力覚醒者だが一般人の青木さん、その手を取っている富久澄さん、地念寺くん、そして最後に獅子戸さんという順番で、私たちは恐る恐る階段を登った。
馬にだって乗ったことないのに、ドラゴンの背中ってどうやって乗ってたらいいのかしら、と思ったら、氷の輿が用意されていた。
「掴まっていてください……」
そう言うなり、フリューズは大きく羽ばたき浮き上がった。
「うわぁ!」
「ひゃあ!」
「きゃあぁ!」
その揺れることったら。
寒いわ揺れるわ、自分たちがどこにいるのかもわからないほど揺さぶられて、気がついたら『D断崖』の広場に着地していた。
なんと。
我々は、ぐるぐる回って、結局この奈落の裂け目のほぼ真下にいたのか。
「す、すごかったですね……」と、地念寺くんはメガネを抑えながら。
「鞭打ちになるかと思った……」と、青木さんがまた青い顔をしている。
その隣で、富久澄さんは「腰いったぁ……」と、小さく背伸び。
高いところが苦手の練くんは、青木さんよりもさらにひどい顔色だが、必死に隠そうとしていた。
「これより先は狭いゆえ、お降りください」
「あ。はい」
またしてもドラゴンの息吹によって輿から地面まで階段が生まれ、私たちは素直に、順番に降りていった。
こちら側にゴブリンがいて、彼らと戦ったのも、もはや遠い記憶に思える……
「本田さん」
と、獅子戸さんに脇腹をつつかれて我に返った。
元の道に戻るには、断崖を越えねばならない。
後から考えれば、ドラゴンに頼るという選択肢もあったかもしれない。
だが、このときの私は「道が欲しい」と思うや、氷の杖をスッと振っていた。
驚くほど早く、そして美しい橋がかかった。
誰からとなく「すごい……」というような感嘆の声が漏れ、練くんは、
「おっさん。完全に魔法使いじゃん」
と、半分笑ってしまっていた。
フリューズはみるみる小さくなって私の肩に飛び乗った。羽の生えたトカゲくらいの大きさだ。しかし美声のままである。
「参りましょう」
と、耳元で促され、私は氷橋に足をかけた。
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