第47話 氷の女王
次の瞬間、鈍い爆発音がいくつも小さく重なっていき、最後には轟音と共に鉄槌が地面へと崩れ落ちた。
砕けた氷の粉が巻き上がり、視界が真っ白になる。
「倒し、たかな……」
まだ安心はできない。
しかし、一旦止まってしまった心身を、再度戦闘モードへもっていくのは難しい。
もう起き上がらないでくれ……!
広場の中央を祈る思いで見つめていた私の元に、全員が駆けつけてくれた。
私は有無を言わさず富久澄さんの手を掴んでいた。
「お願いします!」
「はい!」
彼女が私の右手を包んで力を込めた、そのときだった。
「あ、あれ……」
と、地念寺くんが驚いて声を上げたのだ。
煙の中に、ゆらりと立ち上がる人影が見える。
みんなが息を呑む間に、獅子戸さんが指示を出した。
「富久澄、青木、敵が少しでも攻撃体勢に入ったらバリアを。本田、氷壁いけるか!」
「大丈夫です」
一瞬でも回復してもらったおかげで、戦う気力が戻っていた。
というよりも、やるしかない。五体バラバラになっても踏ん張らなければ。
私は誰よりも前へ出て、いつでも氷壁が作れるように集中した。
白煙の中から、影が、ゆらりとこちらへ歩み寄ってくる。
あれ? 歩み寄ってくる?
「動いてる……」
という練くんの呟きに、
「こっちに来ます……」
という私の報告が重なった。
「さっきは動かなかったから対応できましたけど……」
地念寺くんの言葉を聞くまでもなく、そのとおりだ。さっきまでのあの攻撃は、全部鉄槌が中空のあの場に留まっていたから対処できたもの。
というか、彼女はなにかに留められていた様子だった。
土星ロケットで鉄槌に自由を与えてしまったのだとしたら……
私は拳を握った。
覚悟を決めるしかない。
この状況で、気持ちで負けたら終わりだ。もう一回、氷漬けにして逆さにぶら下げてやるくらいのことは考えていないと。
吹き荒ぶ氷と冷気。
その向こうから、ついに影が形となって現れた。
「あ、小さい……」
思ったら出ちゃう私の口。
それは、さっきの鉄槌さんより小さな、氷のように透き通るドレスを着た女性だった。
『ああ、やっと自由になれた……』
相変わらず不思議な響きを持っていたが、さっきまで聞いていた身の毛が逆立つような恐ろしいものとは全く違う声だった。
気だるげで、しかし涼やかだった。
体長は、小さくなってはいたのだが、それでもまだ二メートル以上ある巨体だった。
雰囲気は悪くないのだが……、近づいていいものだろうか。攻撃してこないか。
みんなもざわついている。
「あ、あの、凍つく鉄槌さん?」
うっかり声をかけてしまうと、彼女の目がこっちを捉えた。
あ、なんか、本当に大丈夫そう。
『我が名はアッシャ。氷の女王にして、凍つく鉄槌の二つ名を持つ戦士。長く魔王によって地下監獄に囚われていたゆえ、正気を失っておった』
「ここは監獄なんですか?」
思わず聞き返してしまった私を、かばうように押しのけて、獅子戸さんが前に出た。
「氷の女王アッシャ、私は防衛省地下迷宮対策部、千葉支部の獅子戸。こっちは私のチームの者たちだ」
『……チバシブのシシド? ふむ。そなたたちはこの世界の者ではないな……、しかし我が力を受けし者もおるようだ』
彼女はアイスブルーの瞳でまっすぐ私を見て微笑んだ。
「え、わ、私?」
キョロキョロしたところで私以外の誰が氷の精霊から力を受け取っているというのだ。
『小さき氷の
「い、いえいえ。とんでもないことでございます」
彼女の優美な姿に私はペコペコと頭を下げた。彼女、とても高貴な人のような気がする。
獅子戸さんはこの展開を、呆気に取られて見送っている。何かあってはいけないので、私の方が半歩前へ出た。
『褒美を取らせよう』
アッシャさんは右手をあげると、指をひらひらと動かした。氷の粉が彼女の指先から放たれ、私の右手の中に流れて形を作っていく。
そっとその手を前に差し出すと、そこには美しい、氷のマジカルステッキが……
ん? え? ちょっと待って。これ魔法少女?
先端に大きな氷の結晶がついた太めの棒にはリボンっぽい装飾もついていて、『魔法の杖』というよりファンシーアイテムのようだった。
みんなも同様に動揺したようで、私の背中で「は?」とか「え?」とか声が漏れる。
獅子戸さんは顔を背けていた。肩が震えている。
あ、絶対に笑ってるな、この人。
どうやって使ったらいいのか、上下左右から眺め回していると、視線の先のアッシャさんがふわりと浮いた。
『長き戦いになるであろう。安心なさい。凍える闇は、常に汝の内にある……』
その姿が薄く、消えていくではないか。
「あ、あ! 待って待って!」
なにがなんだか説明してもらいたい!
『フリューズに共をさせる。息災であれ』
その言葉を最後に、彼女はすっかり消えてしまった。
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