第7章 地上へ

第45話 前代未聞の作戦

 この作戦では、私と獅子戸さんは見つかってもいい。危なくなったら、私が氷の壁を作ればいいからだ。

 むしろ敵の注意をこちらに引きつける必要がある。


 練くんと地念寺くんも、爆弾を作るのに適した場所を探してかまくらから走り出た。

 二人の姿が、氷壁の切れ目から一瞬見える。


 これからしばらくの間、鉄槌が彼らの動きに気づかないようにしなければ。


 獅子戸さんの攻撃も気取られないよう、私は空中に氷の鎖をいくつも出現させた。

 鉄槌の視界を遮るように一本、背中に回り込んで一本、そして右足に着いた一本へ電撃が走る。


『アア!!』


 鉄槌がついに悲鳴を漏らした。が、その悲痛な叫びに、私は反射的に罪悪感を覚えてしまった。

 いくら大きいとはいえ、形は人間と寸分違わない。


 そんな心の隙をつくように、猛吹雪攻撃が返ってきた。


「わっぷっ……!」


 私は咄嗟に獅子戸さんを庇おうと彼女に覆い被さった。彼女も飛ばされないように、小さくうずくまる。


 ピンポイントで、狙った場所に吹雪を作り出せるとは……!


 待って!

 私だって氷結魔法使いじゃん!

 私にもできそう!


 全身真っ白になりながらも、私は奮い立つ。


 まずはこの吹雪を受け止めなければ。

 そうだ、雪玉にしてしまおう。


 左手を突き出して、虚空に円を描くと、私たちの前で風が渦を巻き、その中に吹雪が閉じ込められていった。


「本田さん……それは……!」


 獅子戸さんが感嘆の声をあげてくれているが、少しでも他のことを考えたら崩れてしまいそうで、私は答えずに冷気に集中し続けた。


 鉄槌の視界を奪うのだ。


 吹雪だ……、吹雪を作る……

 難しいことじゃない。氷山を落とした時だって、『馬鹿氷』を作った時だって、まずは吹雪がやってきたじゃないか。

 

 私は、ただ氷を作るおじさんではない。

 冷気を操り、空中の水分子を操作しているのだ!

 そういうことにしよう!


 左手で雪玉を作りながら、今度は右手を伸ばし、鉄槌の顔の周りで吹雪を周回させる。遅すぎず、早すぎず。


 敵は邪魔くさそうに身悶えている。

 やはり大きく移動することはできないようだ。


小癪こしゃくな……!』


 劣勢に陥ったと見るや鉄槌は言葉を発し、ハンマーを振り回して小さな氷柱つららを雨霰と広場中に降らせてきた。


 しまった……!


 慌てて氷の屋根を作ってやり過ごしたが、他は無事だろうか。特に、練くん地念寺くんチーム。


 その時、鉄槌の足元で何かが爆ぜた。


「あ!」


 一瞬だったが、確かに、球体が爆発したのだ。


「もう一つ」

と、獅子戸さんが指差した。


 鉄槌の左足の下に、土星のように火の輪をはめた球体が浮かんでいる。


 目を見張ったのは、土星の周りが吹雪いていないことだった。

 地念寺くんが土星を守るために、外側にもカプセルを作っているのだろう。


 どんどん圧力が増す球体を操りながら、さらにそれを守る二重構造を成すだなんて、ものすごい集中力だ。


「神鏑木も目視で対象を捉えているはず……」

と、獅子戸さんがつぶやいた。


 そうか、あの土星の輪は、個別に練くんが操っているのか。


 私は驚いて、この状況でもうっかり大喜びしてしまった。

「二人、息ぴったりですね!」

「素晴らしい」

 獅子戸さんも、片頬をあげて、ニヤリと笑った。


 なにその表情! かっこいい!


 そのとき、土星が一気に上昇し、鉄槌の胸元で爆発した。


「当たった!」

「浅い……」


 獅子戸さんの指摘どおり、鉄槌は驚いただけだ。


 しかしすぐさま三発目が、今度は後方、右腰のあたりで爆発した。

 いったいどうやって、どこから攻撃してるのだろう。こっちが戸惑うほどだ。


 だが、攻撃はどうしても浅く、表層的だ。

 氷の鎧が、それだけ頑丈なのだろう。


「もっと深く入れないと……」

「あれ以上強くできないのか……、本田、行こう。確認したい」

「はい!」


 私は吹雪や鎖で陽動しながら、獅子戸さんに続いて後退した。

 その間も、鉄槌の出す氷柱つららが飛んでくるのだが、私たちは氷壁を利用しながら右に左に素早く移動していった。

 自分で作った壁ながら、びくともしないのに感心してしまう。


 獅子戸さんは二人の位置にアタリをつけていたようだ。半周もしないうちに、一際大きな氷壁の裏で合流できた。


「状況は!」

と、滑り込むなり彼女が厳しい口調で問う。


「爆発はしますが出力不足です! そのうえ硬くて」

 地念寺くんが簡潔に答えた。

 硬い、とは相手の防御のことだろう。


「口に放り込むくらいしねぇと」

と、吹雪の轟音に負けないよう、練くんも声を張る。


 かまくらのときと同じように、私たちの話す合間に鉄槌の攻撃が壁を揺さぶる。


「私、刺してみます!」と、他でもない私が意見していた。「今なら氷柱つらら、飛ばせそうです!」


 さっきまで無理と思っていたのに。

 氷がどうやって飛ぶんだよって思ってたのに。


 目の前で鉄槌に見せられたら、できそうな気がしてきた。

 難しいことじゃない。空中に氷柱を作って、それが押し出される。後ろから吹雪が押し出す感じ。


 大丈夫。できる。


「氷柱で穴開けて中に放り込むのか?」

と、練くんが眉をひそめた。そんな繊細なコントロールを要求しないで欲しいと書いてある。


「いや、氷柱の中に、『土星』を入れて」

「土星いいですね」


 口をついて出てしまった勝手なネーミングに、地念寺くんがすかさず同意してくれた。


「それで、氷柱ごと中で爆発で、どうでしょう!」

「やってみろ! 暇はない!」


 獅子戸さんのゴーサインで、私たちは頷きあった。


 

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