第43話 氷結新技

 素早く体勢を立て直した練くんが、獅子戸さんの肩越しに狐火を放つ。

 だがその炎では、表層を溶かすことさえできなかった。巨大な氷柱つららは硬く出口を塞いでいる。


 それを見ていた地念寺くんが、片手を伸ばして力んだ。右手を前に、左手でその手首を掴む。氷柱つららの移動を試みたが、難しいようだ。


 彼を見守っていた獅子戸さんの顔が、険しく歪んだので理解した。ここから出る術は、すぐには見つからない。


 鉄槌が、攻撃目標を出口に近い氷壁に定めた。

 投げつけられる尖った氷の槍を、視野の広い地念寺くんが気づいてなす。


 練くんはその間に、炎で自分を温めていた。そんなことをしたら、氷壁は崩れないまでも、熱気で鉄槌に自分の居場所を教えるようなものだ。

 しかし直後に彼の考えが読めた。

 チャージのために暖をとって、火球を作ろうとしていたのだ。


 ところが獅子戸さんがそれを止めた。

「地念寺! カバー!」

と叫ぶと、彼女は練くんを掴み、こっちへ向かって走ってくる。


 富久澄さんと青木さんも後に続いたが、狭い壁に隠れている私のところまでは来ず、地念寺くんの背後でブレーキをかけた。


 滑り込んできた獅子戸さんは、私と練くんに言った。

「神鏑木、狙いはいいがパワー不足だ。本田、かまくらを作れ。絶対に壊れないやつだ」


 再び投げつけられた氷柱つららが、私たちのグループと地念寺くんのグループへほとんど順番に降ってきていて、それら全ての軌道を地念寺くんがらしていた。このまま彼一人で、防御しきれるだろうか。


 心配しながらも、私は分厚いかまくら作りに集中するしかない。


 落ち着いて。

 全員で落ち着いて考えれば、なんとかなるはずだから!


 富久澄さんが、タブレットの音量を最大にした。いまさら居場所がバレるなど言ってられない。


〈攻撃の前にハンマーを振り上げる〉

〈巨大つららはチャージ七秒〉

〈乱れ撃ちはチャージ十二秒〉

〈目視で攻撃しています〉

 

 青木さんは一般人ながら、こんな時でもカメラを回していて、画面の向こうでは解析が進んでいる。


 練くんは出来上がったかまくらへ素直に入って、火球チャージを始めた。先陣を切って突き進みたいタイプの彼には忍耐の時だ。


 それと同時に、獅子戸さんが次の作戦をくれた。


「本田、空中に氷のロープを生成できるか?」

「はい! やってみますが……」

「鉄槌に繋げ。私が電撃を流す。D断崖での鎖を思い出せ」

「了解!」


 しかしここからでは距離がありすぎて、重みで折れてしまいそうだ。


「獅子戸さん、前線へ移動します。を作るので二十秒ください!」

「地念寺、二十秒本田を守れ!」


 他の人を気遣う余裕は、もはや私にはなくなっていた。


 今なら氷はいくらでも生み出せる。まるで敵の冷気を吸収して利用させてもらう、みたいに。


 私は氷壁の要領で、再び同心円状に、今度は隙間を少なめにしていった。


 鉄槌は地念寺くんの念動力に攻撃を諦めたのか、私の氷壁へ目標を変える。だが私の方が早い。一つ二つ壊されても、無限に、やたらに、建てまくってやる。


「獅子戸さん! 前へ!」

「行くぞ!」


 私たちは姿勢を低くして走った。

 鉄槌から見られているかもしれない。攻撃されにくいように、左右に振りながら前進する。壁自体、一直線にならないように作ったつもりだ。


 走りながらも奴との距離を確認する。


 私に出された指示は、中空に氷のロープを張ること。それは鉄槌の体の一部に、どこでもいいから繋がっていること。獅子戸さんが電撃を流すのに使うから。


 ということは、鉄槌と獅子戸さんを繋ぐイメージだ。

 それを思い浮かべて見上げれば、一本の線が走っているように想像できた。


 微かなビジョンを手繰り寄せようと、私の手が自然と前へ伸びる。

 途端に、私の呼びかけに応えて、冷気が一気に集まった。


 二つを繋ぐ、一本のロープ。


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 獅子戸さんは急に現れた氷の棒に驚くことも躊躇することもなく、それを掴む。


 しかし欠点があった。

 私は創造的な人間ではなかった。ファンタジーの世界にどっぷり浸るには、現実社会を見すぎたのかもしれない。


 ああ、だめだ。と、思ってしまった。


 


 次の瞬間、そのとおりのことが起きた。鉄槌がハンマーを振り上げるモーションに入る、ほんの少しの動きで、私のロープは砕け散ってしまったのだ。


「本田! もう一回! こちらの作戦はまだ読まれていない!」


 そうだ。こんな程度で諦めるな。


 鉄槌の攻撃は地念寺くんの方向へ。彼は両手で去なす。その背に富久澄さんが手を添えている。


 その間に二本目を張る。もっと太く……。しかし、今度は途中で自重に耐えかねて折れた。


 だめだ。折れる。折れてしまう。

 なにか折れない方法。

 D断崖を思い出せ。


 そうだ!


 鎖だ。


 棒だのロープだの、一直線に最短距離とか考えてるからだめなんだ。多少形が複雑でも、確実に。時間はある。チームが稼いでくれる。


 三度目。

 私は空中に氷のチェーンを生成した。それは不格好で、鎖というより大小さまざまな氷が連なった数珠だったが、確かに獅子戸さんと鉄槌の右足とを繋いだ。


 刹那、


 バチバチバチ——……ッ!


 鉄槌が怯んだ。


 やった!

 ちょっと効いてる!


 しかもその直後に、鉄槌の頭上に氷柱つららが降り注いだのだ。

 振り返れば、地念寺くんが天井のそれを折って落としたのだとわかった。


 これも効いてる!


 私はかまくらを見やった。

 火球のチャージは進んだだろうか……


 

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