第42話 撤退作戦

 こんな状況で申し訳ないけれど、私は思った。


 え? 〝凍てつく鉄槌〟さん?

 それがお名前?


 そんな名前、ある?


 気がつけば、彼女は光り輝く氷の甲冑を着込み、彼女の背丈と同じほどの氷のハンマーを持っていた。


 距離があるのではっきりとは言えないが、彼女の身長は五メートルくらいありそうだ。


『我らに仇成す者は、全てほふる』


 また、声が響いた。


「我らって?」と、私が思わず疑問を口にすると、

「ここの、モンスターのこと?」と、練くん。

「だとしたら僕らが敵ですね……」と、地念寺くんが頬を引きつらせる。


「戻りましょう!」


 獅子戸さんが声を上げる。


 間に合わない!


 と、私は直感した。


 鉄槌さんがハンマーを高く掲げたのを視認するかしないか、私は自分でも驚くスピードで、全員を覆い隠す湾曲した氷壁を作っていた。


 かまくらのイメージだったが、それは地面から立ち上がった大波のようでもあった。


 ドドドドドッッ!


 分厚い氷の壁に、何かがぶつかっては砕け散っているようだ。

 富久澄さんが悲鳴を上げて、青木さんにしがみついている。

 音と振動は激しいが、かまくらは壊れない。


〈大量つらら飛ばしてる〉


 コメントの読み上げ機能に振り返れば、青木さんがカメラをほんの少し高く持ち上げ、敵の様子を撮影していた。


「ナイスです!」

「は、はい……でも、寒くて……」


「私の上着、着てください」

と、ダウンジャケットを脱いで青木さんの肩にかけた。富久澄さんと抱き合っているから、二人とも少しは暖かくなるだろう。


「本田さんは?」

「私、いま、少しも寒くないんです」


 その発言に、二人は目を見張っていた。


『悪鬼ども! 我が聖域で何をしている!』


「めちゃくちゃ怒ってますよ……」

と、地念ちゃんが鉄槌の様子を伺って言った。青い唇を震わせている。


 その向こうで練くんまでもがガタブル震えている。


「ごめん……俺、寒くて……、力が出ない」


 彼から、初めて出た弱音だった。

 これはとんでもないピンチだ!


 そこへまた衝撃と爆音。

 どうやらまた氷柱つららを投げつけてきているようだ。

 私はさらに高い氷壁を、外側にもう一層増やした。

 その発動の早いこと。それで気がついた。


「そうか。冷気が溜まってるから……」


「とにかく逃げないと」

と、獅子戸さんはリュックを漁る。

 中から出てきたのは、予備の上着一枚と、使い捨てカイロが一パック。

 上着を練くんへ押しつけ、カイロの袋を破いては左右に配りまくる。私は隣へスルーパスして、ついでに帽子を練くんに渡した。


「ありがと……」

と、彼は素直に受け取ってくれた。


「とにかくあっためて。君がいないとダメなんだから」


 言ってから、不思議な既視感。

 このセリフ、練くんに以前言われたことがあるような……

 

「……当たり前だろ。俺が一番強いんだから」


 気丈に返した練くんの瞳に炎が戻った。

 自分が一番強いと鼓舞して、内側の炎を焚き付けている。


「ヒーローっぽくて、いいですね……」

 地念ちゃんもニヤリと笑った。


 大丈夫だ。私たちは、まだいける。


 それに私自身は、彼らには申し訳ないが、全身が冷気にさらされ、ますます意識が覚醒していくようだったのだ。


「敵は中央から動いていないようです。壁をつなげて、出口へ向かいましょう」


 数秒間隔で氷柱を投げつけられていたが、その中でも獅子戸さんは確認して指示をくれた。


 私も首を伸ばして鉄槌さんを覗き見る。


 おかしい。

 なんだかまるで、もがいているようにも見える。

 苦しみから逃れようと身悶えするたびに、氷柱が発生してしまう。そんなイメージだ。


 彼女もまた、なにかに捕えられている……


 そんな危うい妄想が脳裏をかすめるが、現実は阿鼻地獄だ。

 氷柱攻撃は止まることを知らない。


「バレたら出口潰されるんじゃないですか!」

と、青木さんが必死に、獅子戸さんの腕に縋り付く。


 私は思いついたことを、敵の攻撃よりも大きな声で叫んだ。

「やたらに建てましょう! 今なら、どれだけでも築造できそうです!」

「ちくぞう?」

「同心円状に、だーっとばーっと」

「……なるほど、わかりました」

 危機に瀕して身振り手振りで伝えるのを、獅子戸さんが一生懸命に解読する。


「全員、本田が壁を立てはじめたら私に続け。遅れたりはぐれた者は、各自氷壁を利用して出口を目指せ! いくぞ!」


 肩を叩かれたのが合図となって、私は鉄槌のいる広場の中央から予告どおり同心円状に、大小の氷壁を次々打ち立てた。


 同時に、獅子戸さんが先頭となって飛び出す。

 出口を目指して、氷壁に隠れながら最短距離をひた走る。


 私は彼らのカモフラージュを担いながら、最後尾につくことになった。


 先頭は順調。続く練くんも。

 富久澄さんは脇目も振らずそれに続いているが、途中で遅れ出した青木さんが、小さな氷壁の裏に取り残された。

 地念ちゃんは、念動力でカモフラージュを手伝ってくれていたが、青木さんの姿を見てカバーに入ろうとする。


 私は彼らのために、出口まで壁を繋げてしまうことにした。


 しかし、モーションが大きすぎた。


 鉄槌が気づく。


 そして一際巨大な氷柱を投げ落としてきた。


「獅子戸さん!」


 白い煙が舞い上がり、それが収まると、出口より一つ手前の氷壁に滑り込んで倒れている彼女の姿。練くんも無事だ。


 だが、出口は完全に氷で塞がれてしまった。


 

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