第41話 遭遇
どこから光が入るのか、巨大な部屋といってもいいその場所は、ほんのり明るかった。
広いというだけで明るく感じるのかもしれない。
「寒……」
と、練くんが自分を抱きしめるようにして二の腕をさすっている。
一歩踏み入れたら、足元が煙っている。
まるでドライアイスの中にいるみたいだ。
「なんでしょうね、ここ」と、地念寺くん。
「なんだか、寒いだけじゃなくて……変」と、富久澄さん。
青木さんは寒くてしかたがないようで、ガタガタ震えて富久澄さんに半ば抱きついている。
しかし私は不思議な感覚に飲み込まれていた。
なんだか、寒くなくなってく……
あれ? それって死ぬやつだっけ?
元気いっぱいのつもりなのだが、体感温度がおかしい。
みんなは震えているのに。
よく見れば、地面はすり鉢状で、壁沿いにはとんがりコーンみたいな岩が無数に突き出ている。見上げた天井も中央に行くほど高くなっていて、そこには巨大な
こういっては不謹慎で不気味だが、中央で大きな爆発があった跡みたいだ。
「レン、こういうとこ、見たことある?」
「いや。四年やってて初めてだ」
「ダンジョンの地下に必ずある場所ってことではないんですね?」
物知りの地念寺くんも知らなかったようだ。
「地図制作班にいた時も、見たことありません」
という獅子戸さんも、ぼんやりした声。
突如現れた不思議な光景に、全員が息を呑んでぼんやりと見入ってしまっていた。
「注意を怠らないでください」
獅子戸さんの声はまさに、ハッと現実に立ち返ったものだった。
全員が弾かれたように、どこかに敵が潜んでいないか、細部まで神経を配る。
その時、私はとんでもないものを見つけてしまった。
「あ……、し、獅子戸さん」
と、呼ぶ声も震える。
肩越しに手招きしながらも、目はそれに釘付けになっていた。
「ひ、人が……」
ひときわ大きな
逆さまに、氷漬けになった、全裸の女性。
まるで頭から落下している最中に氷漬けになったかのように。それにしてはあまりにも清らかに、安らかに目を閉じているけれど。
「どうして……」
獅子戸さんは驚きのあまり言葉を失った。
「死んでる?」と、練くん。
「生きているわけないと思います……」と、地念寺くん。
女性は生まれたままの姿で、こちらに全てを曝け出していた。
あまりジロジロ見てはいけないと思うのだが、彫刻か絵画か美術品のような美しさがあって、裸体が持つ絶対的なエロスが微塵も感じられない。
ここからでは遠すぎるけれど、健康的な体の持ち主だとわかる。手足がすらりと伸びていて、髪も長く、氷の中で広がっている。
〈ズームしてください〉
〈モンスター?〉
〈人間?〉
これまで黙ってくれていたコメント欄も、思わずといった具合に書き込みが入った。
「え、あれ? でも……」
と、私は余計なことに気がついてしまった。
昔からそうだ。
修学旅行の夜、みんなで盛り上がっていたのに「天井の模様が人の顔に見える」などと言ってフルボッコにされた。
でも気づいちゃうし、言わずにいられない。
自分たちの位置と、
「あの人、大きいです。人間のサイズじゃないです」
と、私は考えを述べた。
場が凍るのが感じられた。
なるほど私って、昔から氷結魔法使いだったんですね。
「退避しましょう」
〈本部確認……〉
〈落下地点まで退避……〉
〈トンネルを段階的に氷で塞いで……〉
獅子戸さんの指示は聞こえていた。
それどころか、富久澄さんが抱えるタブレットのコメントも、うっすらとだが耳に届いていた。
それなのに、私は女性から目を離せなかった。
氷の中で、長い髪が揺れているように見える。
いや、これはきっと、かすみ目のせい。
「本田さん」
「おっさん」
「本田さん!」
「おっさん、もう行くぞ!」
獅子戸さんと練くんの声が交互に聞こえる。
その瞬間。
女性の、逆さまの両眼が……
カッ
と、見開いた。
氷のように冷たい瞳だ。
まともに目が合った。
それなのに、閉じることも逸らすことも、まして体を転じて逃げることも、できない。
私は動けなかった。
あ、これ、死ぬやつだ——……
いきなり脳内で、早熟だった子供時代が蘇った。
中学まで学級委員長をしていたが、それがかえって周囲に疎まれてしまったこと。隠居気分だった高校、大学時代。就職氷河期。長いバイト生活。契約社員から掴み取った正社員。全国能力者一斉テスト。花束。高梨医師、西園寺トレーナー、ダンジョン……、みんな……
ガシャーンッッ——……!
盛大な音と共に
飛び散る氷片。誰かの悲鳴。
ようやく我に返った私は顔を覆うのが精一杯だったが、華麗な棒術の如く前方で回転する巨大な火車が私たちを守ってくれた。
練くんだ。さすが、反応が早い。
火車の轟音が収まると、女性はくるりと回転し、正位置になっていた。ただし、中空に浮遊したままで。
そして彼女が口を動かすと、この世のものとは思えない、美しくも恐ろしい声色で名乗ったのだ。
『我が名は〝凍てつく鉄槌〟』
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