第40話 団結

 私は咄嗟に富久澄さんを抱き抱えた。

 怪我させるわけにはいかない。彼女だけは。だって自分のことは治せないから。


「足引っ込めて!」

と必死に叫ぶと、富久澄さんが縮こまる。


 私たちは全員、デコボコした坂道を無様に落ちていった。

 まるでアクション映画みたいに……、なんて言えばかっこいいけれど、現実って痛い!


 早く……! 早く地面!

 というか、これちゃんと底があるよね……?


 状況を判断しようにも、周りの景色は高速で後ろへ流れていくし、誰がどれだかわからない悲鳴の多重奏が耳を塞いでいる。


 ドサッ!


と、あっけないほど突然、着地した。


 同時に、上から降ってくる人を避けるために、富久澄さんを抱えたまま左に転がる。


 十分距離を取って、私は彼女をそっと下ろした。

「す、すみません」

と、非常事態だから仕方ないとはいえ、抱きしめていたことを侘びながら。


「大丈夫でしたか?」


 呼びかけると、彼女はあまりのことに目をぱちくりさせていたが、はっと我に返って起き上がった。


「はい! ありがとうございました! 本田さん、血が出てます!」


 彼女の頭を守っていた手の甲が血まみれである。

 アドレナリン出てて痛くないのが怖い!


「いま治します!」

「ありがとうございます……」


 富久澄さんに両手を握られるのが、こんな状況とはいえ気恥ずかしくて、周辺の確認を兼ねて視線を遠くへやると、薄暗がりに他の人たちも倒れ込んでいるのが見えた。


 獅子戸さんらしき影が動き、ライトがつく。


「ぜ、全員、無事ですか……」

「富久澄、無事です! 本田、軽傷、治療してもらってます!」


 私は声を張った。

 身体中から痛みが消えていく。


 すると奥から呻き声がした。


「神鏑木……、足折ったかも……」


 きゃー! 大変!


「レン!」


 富久澄さんは私の治療もそこそこに走って行った。

 こっちは軽傷ですからオッケーです!


「地念寺、青木、共に無事です」


 そう答えた地念寺くんは、かすり傷ひとつない様子でこちらへ歩いてきた。


「すみません。一瞬のことで、青木さんしか捕捉できなくて……」

「あ……、そうか、念動力……」


 二人は最後尾をゆっくり滑り降りてきたのだろう。


「獅子戸さんは大丈夫ですか!」


 私はうずくまったままの獅子戸さんに駆け寄った。

 どうしよう。ひどい怪我でもしているんじゃないだろうか。


「……、私のせいで……」

「え?」

「私の判断ミスのせいで、こんなことに……!」


 彼女は、大怪我をしていた。

 心に。

 拳を地面に押し付けている。


「獅子戸さん、ここまで来て、いまそんなこと後悔してる場合じゃないでしょう」


 私は思わず喝を入れてしまった。

 いけないと思ったのに止まらない。


「確かに驚きましたが、ファングスパイダーからは逃れられました。それに全員無事です。チームを信じて、指示を出してください! あなたの指示が必要なんです!」


「俺が足を折ったのは、俺が間抜けだったからだ」

と、練くんが治療を受けながら後に続いてくれた。

「だから大丈夫だし、俺は……、もしも無事にここを出られて、次があるなら、またあんたのチームがいい……」


「僕もクビにならなかったのは初めてなので、みなさんさえよければ、獅子戸さんのチームにいたいです」


 地念寺くんもそう言ってくれて、私たちはどこだかもわからないダンジョンの深層で微笑みあった。


 なんだかすごく、いい気分だ。

 大ピンチだけど。


「ありがとうございます」

と、キリッと前を向く獅子戸さんの瞳が、薄暗がりでもわかるほどキラキラ光っている。


「ま、まずは状況を。大体の位置を特定します。周囲の警戒を怠らないでください」


 我々は軽快に「はい」「了解」と返事した。

 心配なのは能力のない青木さんだが、練くんの治療を終えた富久澄さんが手を繋ぎにいってくれた。


 それぞれがやるべきことをして、この場の安全が確認できると、いったん小休憩となった。


 獅子戸さんが私たち一人ずつに「もしものために持ってきてました」と、チョコレートバーを配ってくれた。これが最後の食糧、ということだろう。


 ありがたくひとかじりだけしてポケットにしまうと、みんなも同じだった。

 なんだか寒くて、チョコが溶ける気がしない。


「上へ行ける道を探しましょう。なければ、作戦を立ててさっきの道を登り、ファングスパイダーを倒して元のルートに戻ります」


 指導官の出した結論に、異を唱えるものは誰もいなかった。

 恐らく全員が同じことを考えていたと思う。

 最適な判断だろう。


 ファングスパイダー、ほとんどは火車で燃やしてくれたと思うけど、奥にもまだいたのかな。


 穴はさっき氷で塞いだけれど、奴らもこっちまで降りてくるなんてこと、あるかしら。


 ところで、その氷だが、私もここまでの冒険でだいぶレベルが上がったのか、ずいぶん早く、分厚く作れるようになっていた。

 ここから先に戦闘があれば、これまで以上に、みなさんの役に立てそうだ。戦いたくないけど。


 敵に出会わず地上へ出られますように。


 赤褐色の道は、車一台なら余裕で通れそうなトンネルくらいの広さだったが、薄暗さと寒さ、静けさで、これまでのどんな場所よりも圧迫感があった。


 息苦しい。


 それでも、道が続く限りは進むしかない。

 むしろ行き止まりであってくれ。


 引き返して、蜘蛛たちと戦う方がいいような気さえしてきた頃、突如として目の前が開けた。


 そこは、ドーム状の広場だった。


 

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