第6章 最終決戦へ

第38話 堪忍袋

〈視聴者増えてる〉

〈他部署も見にきてます〉

〈笑。みんな仕事は?〉

〈研修の一環で、視聴するように指示が出ました〉


 富久澄さんが抱えているタブレットから、微かに自動音声が聞こえている。


〈一応全員のスペックいっとこうか〉

〈本田さん、氷結魔法、Sランク〉

〈デカい氷を瞬時に作れるけど基本的にアシスト〉 


 なにかが始まってしまった……

 連絡事項もあるだろうから、仕方なくボリューム最小で読み上げ機能を維持しているのだが、私たちのことなんてちっとも知らない皆さんからの一方的な紹介が。


〈神鏑木さん、火炎魔法、Sランク〉

〈攻撃魔法は三種類。狐火、火車、火球〉

〈最大攻撃の火球はチャージに時間がかかる〉


〈それ思ってた〉

〈安定してるけどね〉

〈体力あるけどね〉


 先頭のご本人に聞こえていたらご立腹でしょうね……


 薄暗い道を、先頭の練くんが『狐火』で照らして歩いていく。少し離れて地念寺くんと私。振り返れば、青白い顔をした青木さんを、すぐ後ろの富久澄さんが気遣ってくれている。殿の獅子戸さんが、胸部に取りつけたライトで地図を確認しながら最前に指示を出していた。


 もちろんモンスターも出る。お馴染みになったジャイアントラットだ。問題なく勝利。


 するとまた囁き声が……


〈対ジャイアントラット戦、安定してるなぁ〉

〈氷結三班ってオマケと聞いてたけどすごい〉


 え? オマケ?


 いかん。聞いてはいけない。

 画面の向こうの人たちは好き勝手言ってるだけなんだから。


 戦闘中など、ありがたいことも多々あったコメントだが、視聴者の皆さんは徐々に、洞窟を歩く人をただ眺めているだけになってしまったようだ。

 ようするに、気が抜けたのだ。


〈地念寺さん、念動力、Bランク〉

〈インビジブル・ハンド、カプセル〉

〈資料には二百キロまで持ち上げたと書いてある〉


〈じゃあさっき青木落としそうだったの何?〉

〈それがBランク?〉


 いや、もう聞こえないように社内チャットとかでやってくれ……


「青木さんが潰れるところ見たかったんですかね……」

「ひっ……」


 すぐ隣の地念寺くんがボソッと不穏なことを言うから、小さな悲鳴が漏れてしまった。


「人間って柔らかいから怖いんですよ……」


 なるほどと気づくと同時に、彼がいかに繊細な作業をしているのかを知ってしまった。


「値踏みされてるね」

と、苦笑いすると、地念寺くんも「ふん」と鼻を鳴らして笑う。

「ここへ来てから、ずっとですから、慣れました」


 それを聞いて、私は思わず練くんの背中を見た。

 任務に集中している。

 雑音は、彼の耳には届いていないようだ。


 やっぱりミュートにしてもらおうと振り返ったら、びっくり。青木さんの顔色が、青を通り越えて土気色になっていた。


「だ、だいじょ……」

「いやだーーーーー!」

 私の問いかけに青木さんの絶叫が被った。


 先頭の練くんも驚いて足を止め、前方に気を配りながらも地念寺くんと顔を見合わせている。


 青木さんは頭を抱えて大暴れだ。

「もうだめだー! 死にたくないー!」


「しっかりして!」

と、富久澄さんが青木さんに飛びついた。

 回復魔法で二人がキラキラ光を放つ。


すばる、大丈夫……?」


 あ、もうファーストネームで呼んでる!


 そんな二人の間から、コメントが流れ続ける。

〈青木発狂〉

〈ヤバw〉

〈顔ヤバかったな〉


 彼と同じ部署の人たちなんだろうけど、もう少し気を遣った書き込みはできないものか……


 しかしこんなドタバタ状態でミュートを提案する隙がない。

 青木さんは、回復してもらえばすぐに正気を取り戻すが、数歩も行かないうちにまたフラフラしてしまうのだ。

 そのたびに富久澄さんが慌てて抱きつく。


「頭痛がする……SAN値が下がる……」


 産地?

 山地?


 彼が訴える謎の単語に、他のみんなの視線が飛び交った。


「とにかく」と、獅子戸さんがまとめてくれた。「下がるのは良くないです。富久澄さん」

「はい」

「いちいち飛びつくんじゃなくて、ずっと手でも掴んでてください」


 なんという指令!

 しかも握るじゃなくて、掴む!


 上司の指示なら仕方がないので、二人は手を繋いで進むことになった。

 富久澄さんにも負担がかかるが、仕方ない。


〈おいおいデートかよ〉

〈青木うらやましい〉

〈やめとけ。だって相手は〉

〈クラッシャーここの〉


 嫌な二つ名が囁かれている。

 富久澄さんは聞かないふりだ。


〈富久澄心希、回復魔法、Cランク〉

〈恋愛体質でメンバー男性と次々くっつきチームを崩壊させてきた死の天使〉

〈ついたあだ名は、クラッシャーここの〉


 おいおい、スペック紹介にあからさまな悪意が混ざってきたぞ。


〈そして指導官、獅子戸莉花、発電魔法、一応Sランク〉

〈ああ、あの、電撃じゃなくて発電の〉

〈肩書きも指揮官じゃないんだ〉


 もう我慢ならない。

 私はくるりと振り返ると、丁寧に富久澄さんからイヤホンをお借りした。


「皆さま、応援ありがとうございます! 先ほどご紹介に預かりましたSランクの本田でございます。こちらで直接、皆さまに氷結魔法をお見せできないのが非常に残念ではありますが、しかしここは常人には大変危険ですから、皆さんは安全で快適な部屋の中で指だけで参加されるのがよろしいかと存じます。青木さんの姿を見ていただければ、いかに過酷な状況か、おわかりいただけますでしょう。それでは、私たちは命懸けの任務に戻りますので、引き続きお茶でも飲みながらお楽しみください!」


 ふん。ふん。

 言ってやった。

 言って……しまった。

 しまった……

 顔も知らない偉い人たちに、言ってしまったぁ……


 全員の視線が私に注がれている。

 痛い。

 どうしましょ。


 と、思ったら。


「やるじゃん、おっさん」と、練くん。目を丸くして。

「胸がすきました」と、地念寺くん。ニヤっとしてる。

「ありがとうございます」と、青木さんと富久澄さんは二人揃って。


 獅子戸さんは厳しい眼差しだった。

「さ、行きましょう」


 でも、口元が笑ってた。


 

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