第35話 恐怖の始まり

〈すごーい〉

〈なに? 見てなかった〉

〈念動力が進化した〉


 あ、やだ。

 全部撮られてた?


 離れたところから青木さんがこちらにカメラを向けているではないか。

 隣に座った富久澄さんの持ったタブレットからさらにコメントが流れてくる。


〈水受け止められるって優秀〉

〈ガスはいけますか?〉


 練くんは、その場を離れてしまった。

 地念寺くんも気まずそうだが、一応対応する。


「ガスというと、ウィルオウィスプのことですか? やってみないとわかりませんが……、隙間はないと思います」


「ガスみたいな敵がいるの?」

と、初心者丸出しの私。


「はい。こういう暗めの場所に多いので、出るかもしれません」

「じゃあ、ガス作って試してみようよ」

「作るって?」

「地念寺くんが包んだ氷を、練くんがあっためて」

と、言ったところで地念寺くんが引き取った。

「気化した水蒸気が漏れなければ成功ですね」

「そうそう」


〈賢い〉

〈魔法組み合わせてる〉

〈まじで? できるの?〉


「でき、ますけど……」

 さっきやったことの延長なのに、何を聞かれているのだろう。


 コメントの意図するところがわからずに困惑していると、地念寺くんが助け舟を出してくれた。


「基本的に能力を組み合わせることはしないんです。みんな、それぞれの能力で戦うので。干渉して何が起こるかわからないと言ってる人もいました」

「え、じゃあ私、危ないことさせてる?」

「僕は大丈夫だと思います。神鏑木くんもそう思ってるはずです」


 私たちが呼び戻すと、練くんはしぶしぶカメラの前で実験に参加してくれた。


〈なになに?〉

〈なにするって?〉

〈実験みたい〉

〈カメラ、本田さんが持ってくれますか?〉

〈確かにその方が見やすいかも〉


 あっという間に、途中から視聴しはじめた人たちのコメントで溢れかえった。


〈まず本田さんが氷を作ります〉

〈氷ちっさ!〉

〈あれでいいんだよ〉

〈いま、それを地念寺さんが『カプセル』に閉じ込める〉

〈カプセルって?〉

〈彼の念動力が進化して、隙間がなくなった〉

〈隙間ないってすごくない? ふつう穴あるでしょ〉


 練くんが出した『狐火』は、『カプセル』に当たると跳ね返され、そこに球体があるとはっきりわかった。


〈うわ! 見える!〉

〈ホントにカプセルだ〉

〈氷が、カプセルの中で熱されてるのがわかる〉

〈『狐火』って何度くらいでしたっけ?〉

〈100度近くなれば水蒸気になるだろ〉


 熱された氷は、もわもわと水蒸気を吐き出していく。


〈いや、『カプセル』の方が、何度まで耐えられるんだ?〉


 カプセルはあっという間に真っ白なボールになった。


「すごい! 成功した!」


〈報告してきます〉

〈まじかー〉

〈レベル上がった〉


 地念寺くんが力を抜くと、地面に水が落っこちた。


「やったね。これでガスモンスター出ても倒せるかも」

「さすがに、倒すのは……」


 地念寺くんは照れたが、満更でもないようだった。


「手伝ってくださって、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。練くんもありがとう」

「別に……」


 その時、福音が鳴り響いた。


〈救援部隊が入り口に到着しています〉

〈三十分ほどで到着できるはずです〉


 助かった!


「早くしてしてください。彼がつらそうです」

 富久澄さんの悲痛な叫びに青木さんを見やれば、真っ青になっている。

 これはまずい。


 だが外の状況がわからない私たちは、待つことしかできない。


 ジリジリする。

 五分。

 十分。

 十五分。


「続報なしか?」

 練くんが立ち上がる。


「耐えてください」

 獅子戸さんが注意したが、彼女も焦りを禁じ得ない。


 だが、そこへ我々の期待を裏切る音声が。


〈なにかあったようです〉


 え?

 なにかって?


 私たちは思わず、周辺の見張りを放棄してタブレットの周りに集まった。


 富久澄さんが青木さんの肩を抱いてさすっている。

 なんだか寒い。

 私、そんなに緊張しているのだろうか。


「……地震?」

 誰ともなくそう囁きあって天井を見上げた。

 パラパラと、上から砂が落ちてくる。


「まさか崩れたり……」

と、言った直後。


ズンッッ——!!


「わ!」

「きゃあ」

「固まって! 地念寺!」

「はい!」


 獅子戸さんの号令と共にぎゅっと集まってしゃがみ込んだ。

 砂が大量に降ってきたが、私たちはひとかけらも被っていない。


 地念寺くんの『カプセル』だ。

 さっきのレベルアップをちゃんと把握していた獅子戸さんと、瞬時に的確な技を発動させる地念寺くん、ナイス!


 私もこんなとき、みんなを凍えさせない氷のドームを作れるようになったら、盾にできるのではないだろうか。

 私に、もっと度胸があれば……


 揺れは断続的に何度も起こった。

 下からではない。

 上の階層で何かが起きているのだ。

 

 獅子戸さんは、ここへ来るのに通った道を見上げていた。

「上に行きますか?」

 私が問うと、獅子戸さんは苦々しそうに「……わかりません」と答えた。


 全員が、立ち上がらないまでも、もしもに備えて四方八方に気を張っている。


〈本部にもまだ情報が届きません〉

〈頑張って〉


 徐々に揺れが収まっていく。

 天井が崩れることはなかった。


「全員怪我はないですね」

という獅子戸さんの確認に、「大丈夫です」「機材も無事です」と次々声が上がる。


「では……報告を待ちましょう」


 まただ。

 つらい。

 いますぐ外に飛び出したい。

 息が詰まりそう。 


 落ち着きを失いかけた私の目の前に、炎揺らめく人差し指が差し出された。

 練くんだ。


 ぼおっと明るい、小さな灯火。

 ろうそくを眺めているようで、気持ちが安らいでいく。


「ありがとう練くん、助かる」

「暗いと落ち込むから」


 練くんが不器用に微笑むと、地念寺くんが横からからかってきた。


「僕のことですか?」

「うーん、否定できない……」


 この状況で軽口言い合えるなんて、健全な関係性が構築できているようで、それも私の安心材料のひとつになった。


 だが、ホッとしたのも束の間だった。

 無機質な音声が、私たちを不安と混乱の渦に叩き落としたのだ。


〈ドラゴンが出ました〉


 

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