第34話 前科持ちってなんですか?
「前科なんてことじゃありません。ただ、ちょっと、みなさん前のチームでうまくいかない場面があったということです」
獅子戸さんは誤魔化そうとしてくれたが、地念寺くんは正直だった。
「僕はすでに十チーム以上から『陰気臭くて士気が下がるから追放してくれ』って言われました」
「ええ? 陰気で? 追放?」
「暗い洞窟内で長時間、四六時中一緒なのに陰気臭い奴がいると士気が下がりますよね……すみま……」
謝りかけて、彼は唇を噛んだ。
そういえば、ゴブリン前の人事面談を経て「謝りそうになったら唇を噛め」って指示が出たんだった。
律儀に守ってるらっしゃる。
「地念ちゃん落ち着いてるから、私は助かってるよ」
「そうですか……ありがとうございます」
知られてしまっては仕方がないとばかりに、獅子戸さんも打ち明けてくれた。
「人事リストを渡されたときに、『残ってるのは三軍以下だ』と言われました。でも、私はそんなふうに思っていません。まずは攻撃と回復、それから凍らせたモンスターを移動させる人材……と、そうやって考えたチームです」
そうだったのか……
練くんは周囲と衝突していた過去が容易に想像つく……
富久澄さんは……、と彼女を見たら、青木さんと肩が触れ合う距離で談笑していた……
惚れっぽい人がチームにいるのって、難しいかもしれない。
配信コメントが思い出される。
〈そう思う。予想外〉
〈まともだったね〉
あの陰口は、つまり「どのチームでも上手くいってない問題児たちが、予想外にもまともに敵を倒していた」と言いたかったわけか!
ひどいじゃないか!
アレなところはあるけど、みんないい人だし、すごい力を持ってるのに!
そもそもうまくいかなかった前チームの人たちは、ちゃんと彼らと話し合ったのか?
このチームでかっこいいところ見せて、見返したい!
なんて思ったけど、待って。
私が一番、足引っ張りそう……
うん。見返すとかカロリー高いから、このチームでとにかく楽しく仕事ができたらいいな。
結局そういうのが一番羨ましがられるしね。
目標を相応の高さに設定し直していたら、青木さんの傍から、もはや懐かしいあの声が。
〈お疲れ様です〉
「お疲れ様です!」
と、富久澄さん。すっかり配信担当になっている。
〈千葉本部で映像の受信が始まりました〉
〈二時間後に救出部隊が到着します〉
「二時間?」
「千葉には上級能力者が常駐していないので……」
私の疑問に地念ちゃんが答えてくれた。
〈それまで身の安全を第一に行動してください〉
機械音声にそんなこと言われると、すっごいディストピア感がある。
獅子戸さんは本部の言葉を受けて、「体力温存のためにも、ここで待機」を選択した。
交代で見張りながら、ただ、その時を待つ。
これが結構堪える。
私は手の中で、小さな氷を作る練習をしはじめた。
狙った場所に、狙った大きさで。
平常時でも自在に出せるようになれば、いつかの訓練中に練くんに笑われた『ダンジョンであったかいシャワー』も夢ではなくなる。
試験場のような見張られている環境だと、どうしても緊張してしまって訓練が積めなかったのだ。私って、闇練するタイプなのよね。
いま、私一人が楽しむためだけに生み出された氷たちは、それぞれに美しい形をして、キラキラと輝いている。
丸、三角、四角、お星様。
「すごいですね……」
「ひ……!」
音もなく覗き込んできたのは、地念寺くんだった。
彼は右の人差し指で星を拾い上げると、空中高く持ち上げて、くるくると回転させた。
「これが高速で飛んだら、いい攻撃になるでしょうね」
「確かにね。でも難しいなー……、『どうやって氷が飛ぶんだろう』って、考えちゃって、それがブレーキになってるのかも……」
「だから落としたんですね」
「重力は知ってるからね」
と、二人でまったり話していたら、星が溶けて落下した。
「おっと……」
咄嗟に地念寺くんは、降ってきたぬるま湯を受け止めようとして、両腕を濡らしている。
もちろん、練くんの仕業だ。
よっぽど暇だったのだろう。
しかし本人も、子供じみた出来心のイタズラを恥ずかしく思ったらしく、「ごめん……」と、照れくさそうに謝ってきた。
「いいよー。それにしても、君は本当にコントロールがいいね」
「……訓練したから」
練くんは努力を一切人に見せたくないタイプなのね。
うんうん、いいよ。
「そりゃそうか。頑張ったんだね。私も……」
と、言いかけたところで地念寺くんが割って入ってきた。
「あ、あの、もう一回お願いします」
「え、なにを?」
濡れた袖を見つめて黙り込んでいるから、どうしてあげたらいいだろうと、実はさっきから横目で気にしてはいたのだが……、地念寺くんは何かを考えていたようだ。
私が氷を作り、それを彼が空中へ浮かべ、練くんが溶かす。
その瞬間、地念寺くんは両手を差し伸べて、念動力で水を受け止めようとした。
予想どおり、水は見えない指の隙間をすり抜けて、地面にバシャっと落ちる。
「もう一回。……あ、お、お願いします」
「いいよ、何回でも」
ぶっきらぼうに応じたけれど、練くんは私の特訓に付き合っていたときのように、黙々と同じことを繰り返してくれた。
もちろん私も氷を作り続けなければならないので、三人ともいい訓練になっている。
「あ……」
と、声を上げたのは練くんだった。
氷をちまちま整列させていた私も顔を上げる。
「あ!」
無重力空間と錯覚するような光景だった。
空中に、水が浮いていたのだ……!
「できた……」
地念寺くんの瞳が、キラキラと輝いて見えた。
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