第33話 奥へ深くへ

 横穴は、少し進むと急激な下り坂になった。

 このまま先に進んでいいのか、先頭の練くんは何度も振り返って獅子戸さんを確認する。


 ほとんど垂直に、岩の凸凹に足をかけて、お尻で滑り降りるようだった。

 もし戻ることになったら、ちょっとしたクライミングをしなければならない。


 どのくらい慎重な歩みを続けただろうか。ついに平坦な部分に到着した。着地した、といってもいい。天井も高い。


「やっと立てたぁ」

 周囲の偵察を終えた練くんが、大きく伸びをする。

 私も腰が痛い。


「ここで休憩にしましょう」

と、獅子戸さん。


 左右に伸びる道は、練くんと地念寺くんがそれぞれ見張ることになった。といっても見通しのいい場所なので、二人の背中は見えている。


 私たちは座って、水を飲んだりブロックタイプの栄養補助食品をかじったりしはじめた。


 適当な岩に腰を下ろして来た道を振り返ると、それは天井から壁にかけてできた裂け目だとわかった。

 こっちから見ると、どこかにつながっているなど想像もつかない。


「本田さん、スゴかったですね」

と、正面の富久澄さんが声をかけてくれた。見れば、壁にもたれて座り込む青木さんの両手を握り、回復しているところだ。


「あ、『馬鹿氷』のこと?」

「いえ、スロープのこと、ですけど……、『バカコオリ』っていうんですか?」


 やだ! すっごい恥ずかしい!

 若い女の子に、キョトンとした目で見られてる!


 しかしいまさらの名称変更は自分の中で座りが悪い。

 このまま行くしかない。

 恥を捨てなければ立派な魔法使いにはなれないのだ!


 などと、本当にバカなことを考えていたら、青木さんが小さく呻き声をあげたので、彼女の目がそっちへ注がれる。


 青木さん、だいぶお疲れの様子だ。富久澄さんに介抱されて、深呼吸を繰り返している。大丈夫だろうか……


 能力者として、私も休んでばかりはいられない。

 びっくり屋さんの地念寺くんのバックアップができればと思い、右の通路へ足を進める。


 すると、彼はちょうど獅子戸さんとお話の最中だった。

 引き返そうとしたのだが、会話が聞こえてきてしまう。


「先ほどは、咄嗟に呼び捨てにしてしまって、すみませんでした」

「い、いえ、別に敬称とかにはこだわりませんので……。それより的確で、助かりました。むしろあの感じの方が、僕はやりやすいかもしれません」


 その上、地念寺くんと目が合って、会釈されてしまった。


「本田さん、ありがとうございました。最終的に、蹴散らしていただいて」

「いや、急に出ていって、大丈夫だったですかね」

「あの状況じゃ……、僕と神鏑木さんもノープランでしたから。ある意味、本田さんのための時間稼ぎできてよかったです」


 そこで獅子戸さんが、改まって私たちを見た。


「お聞きしようと思っていたんです。音は聞こえていましたが、私が後方のジャイアントバットを確認している間の出来事だったので、どのように決着がついたのですか?」


「『狐火』と念動力で飛び道具を撃ち落としている間に、本田さんが敵の上に氷山を作って落下させました」

と、地念寺くんがありがたくも的確に要約してくれた。自分で言うのは恥ずかしいと思っていたので助かった。


「それでは、本田さんは二種類の魔法を編み出したということですね。あの短時間に」


「二種類といいますかぁ……」私は首を捻った。「自在に氷を作れるようになっただけで、実質一個だと思います」


 ははは、と笑うと、獅子戸さんも地念寺くんも吹き出した。


「なるほど。そういう感覚ですか」

「僕もそうです。手で掴むイメージ一本槍です」

地念ちねんちゃん、指一本ずつに手があるよね」


 私は浮かれて、ついうっかりあだ名をつけてしまった。おじさんの馴れ馴れしさ全開である。


「え? あ、はい。よく見てますね。本田さんて時々、猛禽類みたいな目で周囲を確認してらっしゃいますよね」

「も、猛禽?」

「職人みたいな厳しい目つきです」

「うわー、そんな顔してるんだ。ごめん、怖いよね。気を付ける」


 地念寺くんとだと、ぽんぽん会話が繋がってしまう。


「いえ、僕はぼーっとしてるので、目配りしてくれている人がいると安心です」

「うそうそ、視野めっちゃ広いじゃん」

「戦ってるときだけですよ……」


 俯きがちに、ニヤッと笑ったのは謙遜だったかもしれないけど……


 なにそのかっこいいやつ!

 キョロキョロおじさんと全然違う!


 でも確かに、この子、宿舎で立て看板にぶつかってたな……


 そんなことを思い出していたら、「本当に素晴らしい成長でしたね」と、獅子戸さんから思いもよらない評価をいただいた。


「本田さんは敵を凍らせるという攻撃型より、アシスト型の方が安定して発動できるのかもしれないですね。こんなに頼りになるとは、失礼ながら、驚かされました」


 あまりにも率直な意見に、私は笑ってしまった。


「本当にそうですね。私ってズボラなので、必要に迫られないとうまくできないというか……、逆に目の前にすべきことがあれば、なんだってできそうな気がします」


 山場をひとつ乗り越えたくらいでいい気になっているのは否めないが、私は調子に乗った方が調子が出る性格でもある。


 獅子戸さんは、丸くした目を瞬かせた。

 あれ? 困惑させている……?


 しかし、違った。

「本田さんって、凄いですね」


 そう微笑まれ、「いやいや」など照れ笑いで頭を掻いたが……


 待って、って?

 これは! めちゃくちゃ褒められたんじゃないか!


「僕もそう思います」と、地念寺くんまで。「ここまで来れたのも、本田さんや獅子戸さんがいてくれたおかげです。……僕ら、前科持ちですけど、ここではうまくやっていけそうです」


 ん?

 前科?

 それって、前も言ってたけど……


「そんな言い方、やめてください」

と、答える獅子戸さんも訳知り顔だ。


 私一人、おたおたと聞いてしまった。

「あ、あの、それ、なんのこと?」


 

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