第32話 奈落の裂け目

 いったい何ボルト出るのだろう。

 バチバチッという盛大な音や光とともに電撃が鎖を伝い、まともにくらったゴブリンたちは縮み上がって退散した。これで二度と寄ってこられまい。


 しかしこちらの戦力もギリギリだった。


「対処しきれない!」

と、地念寺くんが声を上げる。


 とめどない攻撃に防戦一方となり、練くんも『火球』をチャージする時間がない。


 私も、ゴブリンに集中した。

 あちこちに意識がいくと、それぞれにかけられる力が弱くなる。


 対岸の広場に蠢く、気味の悪い集団。


 連中、驚くだろうなぁ……


 そう思った時には、敵の頭上に吹雪が集まっていた。

 吹雪は強く激しく渦を巻き、中央の氷を炎から守って育てている。

 私自身が目を見張るうちに、それは巨大な塊となった。


 ゴシャアァアアッ——!!


 まるで氷山が上から降るようなものだ。

 ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように奥へ逃げ、遅れたものは下敷きになった。


 広場に叩きつけられた巨大な氷の塊は粉々に砕け散って、谷底へあられを降らす。


「よし!」

と、練くん。かなり息が切れている。


「本田さん、やりましたね」

と、労ってくれた地念寺くんも、疲れ果てていた。


「や、やりました……」

 私も腿に手をやりながら微笑み返した。


 しかし終わったわけではない。

 ゴブリンたちはまた出てくるだろう。

 それに、後ろからは今にも氷壁を破ろうとするコウモリ……


「降りましょう!」

と、獅子戸さんが迷いなく告げた。


「挟み撃ちになる前に下に降ります」


 彼女は視線を、後方の氷壁と、いったん静かになった広場の間で素早く行き来させ、続けた。


「足場の下に横穴があって、全員入れそうだと確認しています。いずれにせよ、富久澄さんと青木さんをこちらへ戻すのは難しそうです」


 獅子戸さんの指示に従い、私は先頭に立って氷のスロープを補強しながら下り、その後ろに高所恐怖症の練くんが、地念寺くんに念動力で補助してもらいながら続き、獅子戸さんが殿しんがりを務めた。


 富久澄さんと青木さんは無事だったが、氷の上で寒そうにしていた。

 再会の喜びもそこそこに、私の『馬鹿氷』で足場を延長させると、獅子戸さんが横穴に滑り込んだ。


「クリア。全員入れるぞ」


 怪我人の青木さんと富久澄さんに続いて体を押し込むと、そこは暗く湿っていて、足元に平らな部分はなかった。

 ただの岩の裂け目のようで、天井も低く、獅子戸さん以外は屈まなければならない。


 しかしライトで照らしてみると、ずいぶん奥まで続いているのがわかった。


 獅子戸さんは気を抜かず、次々と指示を飛ばした。

「神鏑木さん、敵に利用されないよう、スロープを溶かしてください。富久澄さん、本田さんと地念寺さんの回復をお願いします。神鏑木さんの回復はその後で」


 獅子戸さんのキビキビとした指示は、我々の緊張感を失わせない。

 練くんはひと目でお疲れなのがわかったが、何も言わずに火炎放射で氷を溶かした。


「じゃあ本田さんから」と、富久澄さんが両手を私の背中に当てる。

 ポワッと暖かく、ぐんぐん体力が回復する感覚。


 この能力は自己回復の増強なのだそうで、多用するとむしろ急に限界が来て倒れると聞かされた。命の前借りというやつだ。


 青木さんと獅子戸さんは、しゃがみ込んで本部と連絡を取り始めた。こんなところでも電波は届いている。


「こちら『第三氷結特殊班』獅子戸です。D7エリアにて武器を所持したゴブリンと交戦の末、断崖に降下しました。映像で確認できているかと思いますが、現在は横穴に潜伏中です。指示願います」


 それからしばらく返答のみ繰り返していた獅子戸さんだったが、

「承知しました。また報告します」

と、イヤホンを青木さんに返却して、我々を振り返って言った。


「救助がくるまでの間、安全な場所に隠れているように、とのことです」


「安全て……」

 練くんが呆れたようにこぼす。​​その背中に富久澄さんの手。

 彼はそれをほんの少し邪険に扱うように、外を覗いた。

「どれくらい降りたんだ?」

と、言い終わらないうちに顔をひょいと引っ込める。


 それだけで全員が察した。

 ゴブリンが戻ってきたのだ。

 ここまで降りることはできないだろうけれども……


「塞いじゃいましょう……! 溶かせますし……!」

 私は奥にいる獅子戸さんにウィスパーボイスで叫んだ。

「お願いします」


 さっきの感覚を思い出せ。

 今すぐやらないと、みんな襲われてしまう!


 吹雪が出口付近で渦巻いて、氷が形成されていく。

 分厚く、分厚く。


 私は中腰で数歩後退しながら、二メートル厚の氷を完成させた。


「……できました」

「安定してますね」


 さらりと獅子戸さんに褒められて、私は有頂天になった。

 さっきまで激しい交戦をして不安になっていたのに、単純なものである。


「しかし、我々がここに隠れていることは敵に知られています。この道を奥まで探索して、安全に待機できる場所を探しましょう」


 奥を覗いていた地念寺くんが振り返る。

「道じゃなくて、ただの穴かもしれないですよね。その場合、袋の鼠ってことですね」

「怖いこと言わないでよ!」


 飛び出た心の叫びは、むしろ、有頂天ゆえの軽口だったかもしれない。

 地念寺くんもやめない。


「それに、ダンジョンは深く潜るほど強い敵が出てくるのに、安全な場所と言われましても……」

「ホラーじゃん。やめてって……」

「僕らのやってることなんて、ほとんどホラーですよ」


「もし進むのが難しいようならば」

と、獅子戸さんが真面目に、しかし事もなげに言った。

「ここに戻って反対側も氷で塞いで、籠城するという手もあります」


 それはちょっと過酷すぎませんか……

 我々は口を閉ざし、再び隊列を組んだ。


 良い場所が見つかりますように!


 私は内心、強く祈った。


 

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