第29話 生配信ハプニング
〈戦闘初めて見る〉
〈わくわく〉
〈気をつけて〉
ボリュームを下げてはいるが、自動読み上げも喋っている。
これ、大丈夫なやつ?
止めようか迷っている隙に、青木さんがカーブへスマホ棒を差し入れた。手元でズームもできるようだ。
「ラットです。ジャイアントラットです」
富久澄さんは映像を確認しながら実況を続ける。
左手にタブレット、右手に青木さんがつけていたイヤホンを持っている。つまりマイクも装備した格好だ。
「ラットは数匹で現れることが多く、挟み撃ちになると大変ですが、前回は一匹だった上に弱くて簡単に倒すことができました。我々は氷結班なので、氷漬けのモンスターを研究用に持ち帰るのがお仕事ぉ、おっと、現場に動きが」
私も思わず彼女のタブレットを覗き込む。
地念寺くんがラットを捕捉しているところが映っていた。
「一匹、二匹……地念寺さんが念動力で敵を捕まえ、それから、レン……神鏑木さんが炎で倒すのが私たちの戦い方です。あ! 出ました。『火車』です。ぐるぐるーってスゴいですよね。めちゃくちゃ熱いの」
〈ぐるぐるw〉
〈すごーい〉
〈かっこいいw〉
〈がんばれー〉
書き込まれるコメントは本当にフランクだった。
まったくお気楽なものだが、確かに不安要素のない戦いぶりだ。
「本田さんは前回、初めてのダンジョンだったわけですが、いかがでした?」
「え、え? 私?」
カメラは相変わらずラットとの戦闘を映しているが、富久澄さんは私にマイクを向けた。
「氷結魔法使いとして、どうラットと向き合ったんでしょうか」
「ま、まず、本物のモンスターということで、緊張しまして、動いている生き物を氷漬けにするという罪悪感がですね……」
〈戦闘中だよw〉
〈嬉しいけどw〉
〈勝ったよ〉
〈終了でーす〉
「あ、はい。ありがとうございました。本田さんでした」
しまった、乗ってしまった……
「おい! おっさん!」
「ふぁあ!」
予想どおりではあったが、練くんの叱責に情けない声が出てしまう。
〈おっさんwウケるw〉
〈楽しいので、こちらはオッケーです〉
〈口悪いw〉
〈絵面がゲーム配信みたいだったw〉
私が怒られている間も自動読み上げは止まらない。
「あんたも戦闘要員だろ」
「すみませんすみません」
ぺこぺこする私を不憫に思ったのか、「でもよかったです!」と、青木さん。
「すごくいい
「ぴーあーる、どーが?」
私はアホっぽい顔をしていたのだと思う。青木さんは吹き出した。
カメラを向けられているのも忘れていた。
「PR動画です。ダンジョン攻略ボランティア募集のための」
「あの、テレビとか、動画配信サイトのCMなどでたまに流れてくるやつ?」
「はい」
ダンジョンで勇敢に戦っていた人々が、急に和やかにお弁当を食べ始めたりして「安全だから能力者だとわかったら戦闘員になってね」と押し付けてくる例のやつだ。
「あれ本物のダンジョンで撮影してたんですね」
「偽物っぽかったですか?」
と、青木さん。また半笑いで。
どうやら癖なだけで、他意はないようだが……、ちょっと馬鹿にされたみたいで傷ついちゃう。
「いや、偽物というか、余裕あるなぁ、とは思ってましたが……」
「最初に渡した『ボランティア参加のお願い』に『撮影許可』についても書いてますけど……、読み飛ばしちゃったんですかね。文字小さいですもんね」
青木さんはフォローしてくれたつもりのようだが、私は結局『全国能力者一斉テスト』後に渡された封筒を、開ける暇もなく今日まで過ごしてしまっていた。
っていうか、忙しくしてるうちに存在も忘れていた……
恥ずかしい……
モジモジしていたら練くんの抗議が飛んできた。
「俺、テレビとか映りたくないって言ってあるんだけど……」
「レン、わがまま言って青木さんを困らせちゃダメだよ。お仕事なんだから」
あら。
なんかまるで、その言い方ってお母さんみたい。
追い縋る元カノから保護者にシフトチェンジした音が聞こえた……気がした。女心はわからないものである。
「確認してみますか?」
青木さんはきちんと対応してくれるらしく、画面の向こうの上司に断りを入れて配信を一度止めてから、録画した映像をタブレットで見せてくれた。
多少の手ぶれが入った、迫力のある映像だ。
『狐火』に惑わされ、念動力に次々捕まえられていく巨大ネズミたち。
遠目なので顔が気持ち悪いのも薄まっている。
燃え盛る『火車』が飛び出し、敵を一掃するまで一分もかからなかったかもしれない。
これは確かにかっこいい映像だ。
その上、人間側は背中しか写っていない。
「……これならいいよ、別に」
「ありがとうございます」
青木さんは笑顔を絶やさず練くんにお礼を言った。
練くんは意外とシャイなのかもしれない。
内弁慶ってやつかも。ってことは、やっぱりまだまだ子供なんだろうな。
そう考えると、富久澄さんが青木さんに乗り換えたのもわかる。
いやいや、いかん。
他人の恋路を勝手に想像するなんて、悪いことをしてしまった……
考え事のせいで隊列に戻るのが遅れて青木さんの隣に突っ立っていたら、配信が再開された瞬間、自動音声が妙なコメントを読んだ。
〈そう思う。予想外〉
〈まともだったね〉
ん?
んん?
聞き捨てならない。
なにが〝予想外〟に〝まとも〟だったんだ……
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