第28話 富久澄ここののダンジョン実況☆

 ほんの数メートル行ったところで青木さんが不意に声を上げた。

「……はい、聞こえます! 映像はどうですか?」


 驚いて振り返ったら、右耳につけたイヤホンが、マイクも兼ねているようだ。天の声に操られ、彼はぐるり周囲をカメラに映す。


 私は気恥ずかしくて、顔が映らないよう正面に向き直った。


「すごいですよ、みなさん。映像も音声もクリアに届いているそうです」


 嬉しそうな青木さんの声につられてそっちを向きそうになるが、そうすると至近距離でカメラに映ってしまう。


 背中に緊張が走る。

 悪寒も走る。


「おっさん、緊張してんだろ。寒いんだけど」


 先頭の練くんが肩越しにボソボソと言ってきた。

 悪態がマイクに拾われないようにしているのかもしれない。


「そりゃ、まあ……」

「どうせダメダメだってバレてんだから、肩の力抜けよ」


 そう言い捨てた練くんが向き直って先へ行くと、続きを引き受けるように地念寺くんがささやいた。


「そうですよ。なにも怖いことないです。僕ら、前科ある身ですから……」

「前科?」


 物騒な言葉に聞き返すが、ちょうど後ろが盛り上がってかき消えた。


「わ、コメントも送ってもらえるんですね!」

「そうなんです。双方向にリアルタイムで報告や指示ができて、これはダンジョン攻略の革命ですよ」

「あ、こんにちはぁ。ごめんなさい、勝手に返事してしまって……。え、そうですか? えー、嬉しいです!」


 私は振り返らないようにしているので、声だけでの想像だが、どうやら青木さんと富久澄さんが、カメラや他の機材で視聴者との交流を始めたようだ。


「音が小さいって言ってる人がいますよ?」

「ちょっとマイクの調整します」

「どうでしょうかー……、あ、大丈夫みたいでーす」


 薄々気づいてはいたが、富久澄さんって目立ちたがりっぽいな。

 助かった。すべて任せて安心だろう。


 ところで今日の目的地だが、前回と同じD7エリアだった。

 通信テストのついでに、我々が捕獲した〝武器を使うゴブリン〟がいた場所を撮影する。場所の確認だけで、ゴブリンは撮らなくてもいい、というお達しだ。

 とにかく安全第一。


「青木さん、何か喋ってくださいだそうです」

「えっと、じゃあ富久澄さんお願いします。僕が撮影します。あ、タブレットは持っててくれて大丈夫だから、コメント拾ってください」


「はい。じゃあ、えっと、私たち氷結三班は、これからD7エリアに向かいます。千葉中央ダンジョンは、このように、赤っぽい岩の洞窟となっています」


 なんか、すっごく楽しそうな雰囲気を背中に感じる。

 さっきは任せて安心と思ったけど……、大丈夫かな。

 ピクニックに来たんじゃないんだから……


「ありがとうございまーす。っていうか皆さん、ワラとか書いちゃっていいんですか? もっとお堅い人たちかと……あはは、やめてくださいよ、それなんですかぁ?」


 富久澄さんは視聴者たちと気軽なやりとりを楽しみ続けている。

 見ている技術者さんたち、いったい何を言ってるんだろう。


「あの」

と、獅子戸さんの声が聞こえた。

「なにか指示が来ているのでしょうか。文字は読み上げていただかないと、こちらは混乱します」


 よかった。言ってくれた。さすが指導官。


「あ、すみません。でも、なんていうか、顔文字? っていうんでしたっけ。変な顔したのがいっぱいで。みなさん『気楽に』って言ってます」

「そ、そうですか……」

「システム担当の人たちは上司も含めて楽しんで仕事している人たちばかりですから、気にしないで大丈夫ですよ」


 そう返事をしている青木さんの声が、後ろを向いたのか遠くなったので、私はそっと振り返った。


 獅子戸さん、ファイト……!


 しかし残念ながらアイサインはまったく空回りした。


「あ、じゃあ」

と、青木さんが何か思いついた。

「あとでと思ってたんですが、自動読み上げ機能を試してみましょう。通信も安定しているみたいですからうまく行くと思います。いかがでしょうか?」

「ありがとうござい……」

「はい、はい……了解です。ではお願いします」


 青木さんが許可を願い出たのは、獅子戸さんではなくインカムの向こうの上司だった。

 彼女は、開けた口を閉じるタイミングを逸している。


 青木さんは富久澄さんからタブレットを受け取ると、手慣れた様子で操作した。

 すると……


〈こんにちは〉

〈自動読み上げです〉

〈ぱちぱちぱち〉


 平坦でイントネーションのズレた、無機質な女声。


「わ! すごーい」

と、富久澄さんが手を叩く。


「これで完全な双方向になりましたね」

と、青木さんも満足そうな声。


「おい」

と、ついに我がチームの爆弾男子、練くんが不機嫌な声を上げた。

「いくら制圧済みだからって安全じゃねーんだから、こっちはいつ敵が出てくるか気ぃ張ってんだぞ。真面目にやってくれよ」


 いつもよりいくらかトーンダウンしているが、ナイスファイト!

 そうそう、お互い遊びじゃないんだから。


「そうですよね、すみません」

と、青木さんは半笑い。


 半笑いはちょっと失礼じゃないかな……

 緊張すると笑っちゃうタイプなのかな……


 練くんはどう思っただろうと向き直ったら、彼はすでに進行方向へ集中していた。


 しかも『止まれ』のハンドサイン。


 場所は、前回ジャイアントバットと交戦した窪地だ。

 今日は静かだが。


「いますね……」

 いつの間にか、地念寺くんが練くんの真後ろに寄っていた。


 ゴブリン捕獲から休養期間にかけて、この二人の間にあったわだかまりはほとんどなくなっているようだった。


 大変心強い。

 おじさんは三歩下がって応援していよう。そんな私の横を、獅子戸さんが通り抜けていった。


「本田さんはここで待機。後方お願いします」

「はい……!」


 男子二人の前線に獅子戸さんが加わる。

「ラットだ」

「三体……あ、四体です」

「問題なさそうですね」


 今回はモンスターが出たらできるだけ倒す方針だ。

 真剣な前方三人の背中。


 その後ろから、ボソボソと富久澄さんの声が聞こえてきた。


「モンスターが現れました。前回ここを通った時には、ジャイアントバットと交戦したのですが、今回はどのようなモンスターが現れたのでしょうか。もう少し近づいてみたいと思います……!」


 うそ!

 実況してる!


 

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