第27話 ひょーけつさんぱんのダンジョン配信?

 私たちサイドからは「え?」とか「は?」とかいう感嘆の声が漏れた。


 青木さんはにこやかに、

「まあ、チャンネル名つけるなら『氷結三班のダンジョン配信』ですね」

と、必殺『異様なスピードの距離詰め』でぶっちゃけてくる。


 以前食らった時よりは衝撃が少なく済んだが、彼の距離感はゼロか百なのかもしれない。


 っていうか、『ひょーけつさんぱん』って言われると、なんか間抜けな印象……

 もしかして私たち、他からはそう呼ばれてるってこと?


「もちろん内々のテストですから、視聴するのは技術者を中心とした身内だけですけど、あ、あとDリンクシステムの開発者さんたちですねー」


 顔のわからない登場人物が、次々青木さんの話に出てくる。


 富久澄さんが、両頬に手を当てて恥じらった。

「えー、どうしよう、緊張しちゃうなー」

「大丈夫ですよ、皆さん仕事として視聴するだけですから」


 青木さんのにこやかなフォローで、二人の間に和気あいあいとした雰囲気が流れる。


 そこに、獅子戸さんの質問が投げかけられた。

「撮影の任務は誰が担うんですか?」


 すると青木さんが姿勢を正して言った。

「今回の任務には、撮影者として僕も同行することになりました」


 おおー! なんと六人目の仲間……と思ったら、獅子戸さんは不安げだ。


「でも、あなたは能力者では……」

「今回は試験場での勤務上限と同じ三時間の予定なので、問題ないと思います」


 能力者ではない?

 上限は三時間?


 能力者ではない人がダンジョンに長くいると、どうなるのだろう……


 そんな疑問が頭に浮かんでいるうちに、青木さん、今度は爆弾を投げ込んだ。


「あ、心配しなくでも、機材の扱いなどは僕がレクチャー受けてるので、機械苦手な獅子戸さんは、充電だけしてくだされば大丈夫ですよ」


 にっこりと、本当に純粋な目をして青木さん、フォローのつもりで痛いところを刺しちゃってる!


 充電しかさせてもらえないって、獅子戸さんの悩んでるところだよ、って、教えてあげたい……!


 獅子戸さんは、ぐっと堪えた様子だ。


「そ、そうですか……」

「それでは明日、午前九時出発ですので。よろしくお願います」


 何も知らない青木さんのイケメンボイスで会議は終了、解散となった。


 動画か……

 ただでさえ慣れないことは緊張するのに……

 みんな、大丈夫かな……



 翌朝、今度は大倉庫の作戦本部に集合すると、青木さんは私服らしいスポーツウェア姿だった。


「おはよーございまーす」

と、少々浮かれた様子だ。


 他のメンバーは前回と変わらない出立ちだが、私は撮影における個人的な懸念事項から、ニット帽というアイテムを追加していた。


 ちなみにこの帽子、昨晩「買い物に出かけたい」と宿舎の受付に言ったら、「外出は許可できないので必要なものがあるなら言ってくれ」と押し問答になり、元ホテルである宿舎の元売店に放置されていた品から拝借することになったものだ。


 荷造りを終え、倉庫を後にする。

 ここからしばらくは例の、田んぼの畦道だ。


 富久澄さんが、青木さんの隣に並んでエールを送った。

「青木さん、何かあったら私が全力で助けますから、安心してください」

「ありがとうございます」


 ということは、私は自分で自分の体調管理をしっかりしなければ。

 非能力者である青木さんに何かあっては大変だ。


 地念寺くんから前回もらった「体力のない人はダンジョンでは出力を抑える」というアドバイスを実行しよう。


 ……ん?

 出力を抑えるってなんだろう?


 私はすぐ後ろにいた彼を振り返った。


「あ、あの地念寺くん……教えて欲しいんだけど……」

と、素直に尋ねたところ、彼は丁寧に答えてくれた。


「気持ちを落ち着けるってことに近いと思います。もちろん周囲に気を配らないといけないんですが、集中しすぎないようにして、ダラっと」

「難しいね……」


「気負わないのが一番ですよ。戦闘は神鏑木さんがやってくれるし、道順は獅子戸さんがわかってる、怪我しても富久澄さんが治してくれる。だから、自分のすべきことだけ考えていれば疲れません」


「なるほど、挑戦してみる……」

「たまに、『夕飯に何食べようかな』とか考えるといいと思います」


 君、そんなに余裕あったの?

 っていうか、余裕って作るものか……


「ありがとう。参考になったよ」

「いえいえ、僕なんかでよければ……」

「ははは。その知識で卑下されると、かえって嫌味だよぉ」


 私は笑いながら二歩前へ戻った。


 しかし、彼の話は参考になったが自分のことだけ考えるのって、私にはとても難しい。


 どうしても周りの様子が気になってしまうのだ。


 獅子戸さんが困ってないか……とか、練くんが不機嫌じゃないか……とか。


 今回なんか、顔も知らない大勢の人に見られるのだから、何か粗相をしていないかと、さらに気を張ってしまう。


 心配していても、三日ぶりのダンジョン入り口はすぐそこまできている。


 その正面で、青木さんが「うわー……」と声を上げた。

「半年前の実習以来で緊張します。でも楽しみです! いま準備しますね」

と、スマホを棒に取り付けたり、その画面を操作したり。


「これでよしっと。ダンジョンに入ると自動的に通信可能になるので、行きましょう」


 終始にこやかに事を進める青木さんがそう言うと、きびきびとした獅子戸さんが我々一同を振り返った。


「では、前回と同じ隊列で、富久澄さんは青木さんのサポートをお願いします」


 練くんを先頭に、地念寺くんと私がかなり固まって、その後ろに青木さんと富久澄さんが続く。最後尾が獅子戸さんだ。


 ふと、隊列が長くなった分だけ、後ろからの攻撃に弱くなったんじゃないかという心配が胸をよぎった。獅子戸さんの能力は、対象に直接触れなければ威力を発揮できない。


 すでに何度も制圧しているルートを通るわけだから、そこまで考えなくていいのだろうか。


 私たちは赤褐色の洞窟の中へ降りて行った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る