第26話 初任務は動画配信?

「おはようございます!」

と、私は西園寺トレーナーに元気よく挨拶した。


 二日間のお休みだが、トレーニングは予定の内だったのだ。

 しかし私は気合い十分。


 昨日、廊下の隅で見せられた獅子戸さんの本当の姿や語ってくれた夢……

 それらが私の気力の源になっていた。


 彼女の要望が叶うようにしてあげたい!

 「あげたい」なんて、おこがましいけど、力になりたい!


 どうしたらいいのかさっぱりだが、とりあえず彼女指導の下、任務が完璧に遂行されるのが必須ではないだろうか。

 そしたら彼女の意見が上層部に通りやすくなって、希望が受け入れられるかもしれない。


 そう思ったら、「えー、休日って言ったら完全休養でしょう! なんで筋トレはアリなの?」とか言ってられない。


 同じく体力のない地念寺くんと一緒にランニングを言い渡され、青くなっている彼を励ましてスタートを切った。


 で、結局最後は私の方がバテバテで、彼に励まされることになったのだけれど。


 仲間がいると心強いのは、地上でもダンジョンでも同じだ。

 身に染みる思いと激しい筋肉痛。


 他の人は何してるんだろう……


 練くんは、一日は部屋にこもっていたようだけれど、二日目はジムに出てきていた。


 午後からは富久澄さんも現れて、小さなポニーテールにプロっぽいトレーニングウエアでバイクを漕ぐ。いつもはふわっとした雰囲気の彼女も、そのときばかりは真剣そのものだった。


 いいチームかもしれない。

 そう思ってまたガチガチに固まった体を伸ばして……


 あれ? ちょっと開脚できるようになってる。

 ストレッチ、本当に毎日したら効果あるのかも……


 実感を得ると俄然やる気がみなぎってくるのだがら、私ってちょろいのかもしれない。


 それで「もうちょっと頑張ってみようかな」なんて無理をして、二日目の夕方から爆睡しちゃうんだから、ちょろいを通り越してアホだ。


「おっさん! 夕飯!」


 練くんの声で叩き起こされた。文字通り、宿舎のドアをドンドン乱暴に叩かれている。


「あ、は、はい!」

「早く食べねぇと、ミーティング始まるぞ!」


 そうでした。


 取るものもとりあえずレストランに向かって、軽くサンドイッチをつまむと、同じ宿舎内にあるミーティングルームへ。


 あまり食べすぎちゃうと途中で眠くなるかもだから、少なめで。


 それにしても、わざわざ呼びにきてくれるなんて練くんは優しいなぁ。こういうのをツンデレっていうんだろうか。言い方、古いかな。


 集められた部屋は、表彰式や会議ができそうな、長机が並んだ広い場所だった。


 正面の壁にはスクリーンが下ろされ、最前列の机上には小型プロジェクターらしきもの。


 立派な背もたれの重たい椅子に横一列で座る私たち。

 なんだか学生の気分。

 筋肉痛は紛れもなく中年を物語っているけど。


 そこへ飛び込んできたのは、聞き覚えのある声だった。


「遅くなりました」


 長めの前髪を横に流し、ダークグレーの細身のスーツに、メタルフレームの細いインテリメガネ。仕事できます感が半端ない。清潔感しかない彼は……


「全員お揃いですね」

と、その声でわかった。


「青木、さん……?」


 私の素っ頓狂な声に、呼ばれた方は驚いている。


「どうしました?」


 どうしたもこうしたも、お顔を初めて拝見しました。

 いつも試験場ではマジックミラー越しに私ばかりが見られているじゃないですか。


 隣の地念寺くんも不安そうだ。

「ど、どなたですか?」


「地念寺さんは初めてですね。私たちの事務担当をしてくださっている青木さんです。普段は本部オフィスか、試験場にいらっしゃるんです」


 獅子戸さんがさらりと紹介してくれた。

 事務担当だったのか!


 青木さんは棒状のリモコンを操作しながら話し始めた。


「これから皆さんに受けていただくミッションについては、僕の方から説明させていただきます」


 部屋が暗くなり、スクリーンにパワポが映し出される。

 もう完全に会社の気分。


 巨大な文字が現れた。


 『双方向データ送信テスト』


 え、なにそれ?


「これはまだ極秘で、試験段階なのですが、ついにダンジョン内でのデータ送受信が可能になったんです!」


 青木さんが興奮気味なので、私は思わず同調して「おおー」と小さく感嘆の声を上げた。


「この『Dリンクシステム』は画期的なデータ送信技術です。ダンジョン内で異様に電波の通りがいい場所を発見し、その場所から採掘したクリスタルを使ってアンテナを作ることに成功したんです」


 青木さんは嬉しそうにパワポをめくっていくが、五分ほど続いた怒涛の『Dリンクシステム』開発物語は、私たちの集中力を削るのにちょうどいい温度感だった。


 聞いていたいのだが、彼の声が眠気を誘う。


 青木さんの息継ぎの間隙かんげきをぬって、獅子戸さんがスッと挙手した。


「ワイファイみたいなものですか?」


 それはちょっと可愛い、たどたどしい発音だった。


「えーと、まあ、そうですね」


 青木さんは口元は笑ったままに、しかし困った様子で眉を下げた。


 向かい合っている五人全員が、今までの話を全然理解していないと気がついてくれたのかもしれない。


「で、なにすればいいの?」


 青木さんの話が途切れたのをいいことに、練くんが要点を催促する。


「レン……、ちゃんと聞きなよ」


 隣の練くんにそう言いながら、富久澄さんは青木さんにアイサインで「すみません」と伝えている。


「じゃあ、難しい話は抜きにしますね。皆さんにやっていただきたいのは……」

と、青木さんも話を端折ることにしたようだ。


「ぶっちゃけ、動画配信です」


 え?

 動画、配信……ですか?


 

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