第23話 第三氷結特殊班の凱旋
「後方に敵の注意を逸らすから、その間に一匹捕まえて」
と、練くん。
地念寺くんが「わかりました」と返す。
「それを凍らせればいいのね? でも大きさがわからないから失敗するかも」
私は不安げな声を上げてしまった。
「ち、近いところまで、持ち上げますので」
そんな私に、地念寺くんは確信のある顔つき。
すごい。実はけっこう自信あるんだ……
「私は、本田さんのカバーに入ります! 具合悪くなったらすぐに言ってください」
と、富久澄さんが私の後ろにぴったりと着いてくれる。
さっそく練くんが『狐火』を飛ばした。
「矢を射られるかもしんねーから、二人も下がってろよ」
小さな炎が、敵の後方の岩場でスパークする。
弾かれたように、ゴブリンたちは一斉に振り返って駆け出した。
三匹の弓兵が、その場で矢をつがえる。
ちゃんと扱えているようだ。
怖いな……
地念寺くんが一番後ろの弓兵を捕捉して、一気に持ち上げた。鳴き声をあげる隙もないほどのスピードだ。
私の目の前に、突如として苦悶の表情を浮かべたゴブリンが差し出される。
ゾッとなった。
反射で後退りしかけた背中に、富久澄さんの手のひらが当たる。
しっかりしなければ。
距離……、大きさ……
——アイスキャブ!
恐怖心を押し殺し、手を伸ばして、心の中で叫んで拳を握りしめる。
ゴブリンが、弓矢もろとも、一瞬で氷漬けになった。
体内から湧き起こる寒さと、外から包まれるような暑さ。
熱に気がついて横を向けば、仁王立ちの練くんが、両手を掲げて頭上に火球を作っている。
「あ、溶け……」
と、地念寺くんがオタオタと焦って、氷塊を、私たちが元来たトンネルの方へ運んでいった。
その間に、ついにゴブリンたちがこちらに気がついて、一斉に金切り声を上げた。
耳をつんざく嫌な音だった。
近頃の私は、高音の聞こえが若干悪くなっているが、それでも頭に響く。
走って戻ってきた地念寺くんが、「まとめまし!」と、言葉を噛みながら階下のゴブリンをひとまとめにする。
そこから先の戦闘を見届けることを、私は断念した。
それより私が今やるべきことは、自分が作った氷が溶けてしまわないか、しっかり見張ることだ。
薄暗いトンネルの中で、それは静かに横たわっていた。
氷漬けのゴブリン。
ついに、私は任務の半分を遂行できたのだ。
ひと安心して振り返ると、ちょうど練くんが火球を投げつけるところだった。
ドンッッ!!
大きな爆発音がして、地面が揺れた。
ちょっと強すぎじゃない?
富久澄さんがぴょんぴょん跳ねて、手を叩いて喜んでいる。
あー、そこにいたかった。
そう思いながら眺めていたら、三人の背中を見つめる獅子戸さんの姿が目に入った。
しまった。
思い起こせば、少し前から彼女の存在が消えていた。
我々の一連の行動、命令違反になるのでしょうか……
他の三人も気がついたのか、はしゃぐのをやめた。
「ミッション遂行、ご苦労様でした。しかし、勝手な行動は命に関わります。今後は慎んでください」
と、獅子戸さんらしい硬い労いと訓戒。
しかし彼女は、すぐに破顔した。
「さあ、戻りますよ! ダンジョンを出るまでが任務です。敵が出た場合、地念寺さんは運搬を一旦停止して戦闘に参加してください。本田さんは氷が溶けないように注意していてください」
きびきびと指示を出され、全員が「はい!」と従った。
そこにはなんのわだかまりもない。
なんだかチームの結束力が上がって、急に一丸になった気がしないか。
見た目ギャルで中身堅物、でも部下思いという、いくつものギャップを持つリーダー、獅子戸さん。
年若いアタッカーの練くんは、ツンとした生意気な態度だけど、実は素直で良い子。
富久澄さんは、昔でいうぶりっ子な雰囲気もあるけど、戦闘中の集中力は高いし、何より察しが良くて気配りもできる。
相変わらずオドオドしどおしだけど、実力があって、実際それを自分でも認めている地念寺くん。
そして、私。調子いいだけの氷結魔法おじさん。
うん。悪くないかも!
往路よりもサクサク進んで、陽の光が覗く場所まで戻ってくると、光の中に白衣の男性が立っているではないか。
ダンジョンの中に、白衣の紳士?
「お疲れ様です!」
紳士がハキハキと挨拶してくれた。
「お疲れ様です。『第三氷結特殊班』獅子戸です。D7エリアからゴブリンを収集してきました」
「はい、確かに……」
紳士は手元の資料と氷塊を見比べている。
「はい、第三、ゴブリンですね。確認しました。こちらへどうぞ」
歩き出した男性の背中に続いて、出口を尻目に左へ曲がる。
さらに道はクランクし、抜けた先にはなんと、立派な建物が。ダンジョン内に、研究施設が併設されていたのだ。
「こちらのタンクに入れてください」
と、冷気の溜まった筒の蓋が開けられる。
地念寺くんが器用に収納すると、別の人がひょいと持ち上げて運んで行ってしまった。『怪力』の能力者なのだろう。
紳士が書類にサインを求め、獅子戸さんが記入すると、彼はにっこり微笑んだ。
「はい、確かに受領しました。お疲れ様です」
「では、失礼します」
一礼の後、出口へ。
なにこれ普通に社会人だ。
すっごい会社にいた時と同じ匂いが漂ってる。
最後の坂を上って地上に出ると、朝の田園風景が夕日に染まっていた。
どこかでカエルが鳴いている。
「夕焼け……綺麗ですね」
なんだか感傷的になって呟くなり、私は膝から崩れ落ちた。
「きゃあ!」
「おい、おっさん!」
みんなが驚いて私を囲む。
「すいません……、なんか、疲れちゃったみたい……です」
「ダンジョンから出ると、水中から上がった時のように疲れを感じるんです。歩けないようでしたら迎えを頼みますが」
獅子戸さんの言葉に、私は力なく「お願いします」と答えた。
ああ、終わった……
終わったんだなぁ……
もう、ここで寝ちゃいそう。
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