第22話 恐怖の断崖絶壁

 その後、私たちは順調にダンジョンを進んでいった。


 細く、曲がりくねった道だったが、「制圧済み」と言うだけあって戦闘はなかった。


 息の詰まるようなトンネルの終わりが見えると、吹き抜けの空間に出た。

 やっと広いところに出られたと思ったが、違った。

 それは、崖に突き出た小さな突起部分にすぎなかったのだ。


 目の前で地面がすっぱりなくなっている。

 全員が二の足を踏んでいると、獅子戸さんが右の方を指さした。


「こちらの崖沿いに、ぐるっと回って向かい側の、あの広場に行きます」


 断崖絶壁を前にして、ちっとも動じない声色だった。

 指でなぞる道順を視線で追えば、こちらより数メートル低い向かい側に、同じような突起部分がある。


 ただし向こうのほうがうんと広い。

 確かに、広場っぽい。


 しかし崖沿いの道というのは、大人がギリギリ正面を向いて歩ける幅だ。

 右手の岩肌に「私を掴んで進めば大丈夫」と言わんばかりに鎖が打ち込まれているが、左手は目も眩むような谷である。


 サッと練くんが小石を拾って、谷底の暗闇に放り投げた。

 底につく音は延々に聞こえてこない……


 私は反対の、天井に目を向けた。

 暗闇から、鍾乳洞みたいに円錐の岩が何本も垂れ下がっているのが見えた。すべてが薄暗く、赤褐色で、地獄のように思える。


「いやむりむりむりむりです!」

と、地念寺くんが高速で嫌がって後退する。


「でかい声出すなよ大したことないだろ、ただの道だよ道。鎖掴めば落ちやしねーし、バカじゃねーの。てかなんだよ地下迷宮にこんな穴開いてんのおかしくね? うぜぇクソじゃん」


 悪態をつきまくっているが、一歩も前に出ようとしない練くん。


 もしかして怖いのかな。


 私も怖くて進みたくないですけどね。


「獅子戸さん、他に道はないんですか?」

と、富久澄さんがいつになく強い口調で意見した。

「レンは高いところ苦手なんです! 移動も、飛行機は絶対に嫌だって言ってるくらいで」


「……っ!」

 勝手に弱点を披露された練くんは、明らかに動揺した。


 いくら善意とはいえ、「ね?」って同意を求められても答えにくいだろうな……


「これ以外の道は発見されていません。前に来た方々がこうして鎖も打ってくださっているんです。大丈夫ですから進んでください」


 獅子戸さんは行く気満々だ。

 ここは年長者として、かっこいいところを見せたい!

 そう思った時には挙手していた。


「あ、あの、私、先頭で行きます」

「おっさん先頭で行くくらいなら俺が行く!」


 え? どういう心境?

 私が驚いている隙に、練くんは鎖を掴んで一歩踏み出した。

 が、途端に足を引っ込めた。


「高い!」


 でしょうね。


 その時だ。


「しっ」

と、獅子戸さんが黙るよう促した。


 崖のへりで身を低くして、我々へ手招きしている。

 全員がそれにならって、這うように、各々の行けるところまで前進した。


「見てください……」


 視線を誘われたのは、目的地である向かいの広場。


 なんと、そこにゴブリンの姿があったのだ。

 奥にある岩の割れ目から、ぞろぞろと出てきている……


「なんか……、気持ち悪いですね」


 だいぶ離れているし、見下ろしているからかもしれないが、思わずそう漏らすくらい不気味なフォルムだった。


 小さな人間にも見える。


 薄茶色の肌で、まばらに毛の生えた頭は大きくて、手足が妙に細くて長い。そこから伸びる指も細長い。

 頭の横から伸びた大きな耳は、さっきから忙しなく動いていている。


 まるで、こちらの音の、出所を探すかのように……


「聞こえて……いるんでしょうか……」


 隣の獅子戸さんに小声で尋ねたが、彼女から返答はなかった。

 答えを持っていなかったのかもしれない。首を捻る表情は、真剣そのものだった。


「なんだか妙です。前に見た時と様子が違うような……」


 もう一度覗き込もうとした獅子戸さんの服を、富久澄さんが引っぱった。


「私、どうしたらいいですか?」

「え?」

と、獅子戸さんが頭を引っ込めたので、代わりに覗き見る。


 ゴブリンたちはゆらゆらと揺れながら、鳴き声で交信しているようだ。ネズミが鳴くような音がする。


 全部で十匹。そのうちの三匹が棒を持っている。


 見ている間に、さらに三匹現れた。


 私の背後では、四人の揉める声。

「これ以上増える前に捕獲しに行きましょう」

「そんなの、ぼ、僕、行かれそうにないです」

「悠真さんも怖いよね。レンだって無理です」

「勝手に決めんな、俺は行ける」


 おじさんも輪に加わることにします。


「あの、今三匹増えたんですが、そいつら、弓矢持ってます」


「は?」

と、瞬時に獅子戸さんの顔が歪んだ。すっごい表情で私を見てくる。


「弓矢?」

 練くんも驚いている。


「ゴブリンは、武器なんか使えるような器用さも知能もないかと」

と、地念寺くんが解説してくれている間にも、他の全員が匍匐ほふく前進で確認に行く。


 私も、地念寺くんも後に続いた。


「ほ、本当だ……」

「進化したってことか?」

 地念寺くんと練くんが声のトーンを下げる。


「弓は手製の粗悪品に見えますが、わかりませんね。規定では不測の事態があれば撤退するとなっています」

と、獅子戸さんが促す。


 ところが。

「一匹連れて帰ろうぜ。弓持ってるやつがいいだろ」

「そうですよ、獅子戸さん。これはチャンスじゃないですか?」

 なんとここで、練くんと地念寺くんの意見が一致したのだ。


 喜ばしい!

 けど、ここで無理していいのかな。


「僕が、持ち上げるので、本田さん、凍らせてください」

「他の連中は俺が燃やす」


 二人に押し切られる形で、私たちは遠隔からのゴブリンの捕獲に舵を切った。


 果たして、その結果は——……!


 

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