第20話 ゴブリン前に人事面談です! 前編

 一触即発に思えた事態は、獅子戸さんの自制心で回避できた。


 だが物理的に離れたほうがいいと思った私は、咄嗟に提案することにした。


「すみません、しばらく動けそうにないので、二手に別れて見張りをお願いします! 後方を神鏑木さん、前方を地念寺さんと富久澄さんで」


「え、私、前方ですか?」


 彼女の顔には「レンと一緒じゃないの?」と書いてあるが、スルーだ。


「はい。お願いします!」

と、押し通した。


 人がいなくなると、獅子戸さんは肩で息をしながら両手で洞窟の壁を触っている。アース……ということだろうか。


「あ、あの、獅子戸さん……」


 大丈夫ですかと尋ねようとしたら、素早く振り返られて言葉が止まる。


「失礼。取り乱しました。本田さんの体調が整い次第出発しましょう」


「その前に!」と、私は無理やり言葉をねじ込んだ。「全員と個別に話しませんか?」


 獅子戸さんは目を丸くした。


「何言ってるんですか? そんなことしてる暇なんて……」


「ないかもしれませんが、でも毎日訓練はしましたが、面談などはしてこなかったじゃないですか。みんなが何を思っているのか、困っていることはないか、フィードバックしてもらうんです」


「……ダンジョン内でやることじゃないですが……」

と、獅子戸さんは何かを考え始めた。目的地までの距離や時間など、利不利を計算しているのだろう。


 自分で言っておいてなんだが、確かにダンジョン内でやることじゃない。


 獅子戸さんが結論を出した。

「このままじゃまたすぐに行き詰まるのは目に見えてますし……、悪くないかもしれません」


 前向きに考えてくれてよかった……、と思ったら。


「ただし、本田さん……、オブザーバーとしてついてください」

「え、私がですか?」

「そうです。まずは……、地念寺さんから」


 こうと決めたら獅子戸さんの行動は早い。

 あっという間に彼一人を呼んできてしまった。


 連れてこられた方はビビりきっている。


「あの、僕、なんかしちゃってましたよね。すみません」

と、現れるなり猛然と頭を下げる。


 私たちはちょうど三角形になるように座っていた。


「いいえ、一人ずつ全員と話す予定です。チーム歴が浅い人から順番に。単刀直入に、このチームに配属されて、どうですか?」


「どうって……、光栄に思っています……」

 地念寺くんは明らかに動揺している。


「私もこのチームに入れてよかったと思ってるよ。なんか困ってることない?」

と、私はさっそく口を挟んでしまった。


 獅子戸さんは黙って成り行きを見守り、地念寺くんの視線が私たちの間を往復する。


 やっぱりちょっと、威圧的かな。

 私は座り方を崩して、さらに話しかけた。


「先頭じゃないほうがいい、みたいなこと言ってたから」


 いいんだよ。包み隠さず言ってくれて。

 そんな思いを込めて、暖かい眼差しを送ってみる。

 届いて、この気持ち!

 さあ獅子戸さんもご一緒に! 暖かい目で……!


 思いが通じたのか、獅子戸さんが地念寺くんに譲歩した。


「もう一度隊列を変更する必要があると思っています。作戦を立て直すためにも正確な情報が必要なので、教えてください」


 地念寺くんは上司からの言葉に「わかりました……」とつぶやいて、おずおずと話し始めた。


「えっと、あの……、僕は、自分の力の制御や、使い方は心得ているつもりなんですけど……、でも、その、すごく、びっくりしてしまうところがありまして……」


 その申告に、私も獅子戸さんも「ん?」と耳を澄ました。


「夜道を歩いてて、電柱脇のゴミ袋をお化けだと思って飛び上がったこともあって……。変なのはわかっているんですけど、音とか、光とか、いきなり出てくるとか、そういうのが、ちょっと……」


 だから毎回悲鳴あげてたの?


「隊列の中盤に置いたら、もっと安心して、ジャイアントバットの時みたいにバンバン動けるってこと?」

「はい。そうです」


 私が彼の言葉を引き取って聞いてみると、地念寺くんは前のめりに頷いて、それからまた謝ってきた。


「そんなわがまま、通用しないのはわかってます。すみません」

「いやいや、それはわがままじゃなくて、自分の欠点や短所と、どうすれば長所を伸ばせるかがわかってるってことだから。ねえ、獅子戸さん」

「そうですね。あの力が出せるなら、中盤にいてもらうのはアリですね」


 獅子戸さんにも認めてもらえて、地念寺くんは心底安堵したようだ。


「さっき、神鏑木さんの後ろにいさせてもらった時は、安心して技が使えました。彼、すごく強いんで。でも、僕やっぱり、彼に嫌われてるみたいですし、ご迷惑かなと思って……」


 首をすくめて小さくなる地念寺さんに、獅子戸さんは無機質に伝えた。


「隊列の指示は私が出すので、迷惑とは言わせません。しかし、彼の意見も聞いてみましょう」


 ということで、地念寺くんが後方の神鏑木くんを呼びに行って、見張りを交代してもらうことになった。


「いやー、獅子戸さん、これで一つ解決ですよ」


 感動して話しかけると、彼女はなぜかジト目で私を見てきた。


「まだ全員と面談してないからわかりませんよ。それより本田さん、途中、変な目つきで彼と私のこと見ましたよね。こういう……」

と言って、さらに目を細める。


 あ、それ、たぶん「暖かい目」だ!

 確かに外野から見ると、変な目つきかもしれない。


「なんだか知りませんが、あれ、ちょっと気持ち悪かったんで、次からはやめてください」


 はい。わかりました……


 

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