第19話 ウソでしょめっちゃピンチじゃん

「やったじゃねぇよ。こっちが凍死するところだったぞ」

と、神鏑木くん。


「ごめんごめん。まだ出力が安定しなくて」

「ったく」


 へらへら謝る私に、神鏑木くんはやれやれという表情だ。


 富久澄さんはしゃがんで、彼の操る『狐火』に両手を当てている。


 獅子戸さんも火に当たっているが、そこはリーダーらしく背筋を正して立っていた。


「しかし成功しました。しばらくは今のように神鏑木さんがフォローに回っていただければ、十分だと思います」


「俺はストーブかよ」


「上手いこと言うねぇ」

と、私が手を叩くと、富久澄さんまで「うふふ」と笑ってくれた。


 しかし、面白がっていない人もいた。


「あ、あの、あの」と、地念寺くんが、必死な様子で訴えてきたのだ。「僕、先頭じゃないとだめですか?」


 途端に場の空気が重たくなる。

 『狐火』を消す神鏑木くん。

 心配そうに全員の顔を見回す富久澄さん。


 獅子戸リーダーは後ろ頭をぐいぐいと掻いた。

「なぜですか?」


 こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからない。

 とりあえずそっと微笑んでおこう。


「いえ、大丈夫です。すみません」

と、地念寺さんは頭を下げた。


 ああ、やっぱり痛々しい……


「いやいや、みんな、肩の力抜いてこう!」

と、私はみんなに一つになってもらいたくて、鼓舞するように声を張った。


 うっすら無視されたけど、一同はさらにダンジョンの奥へ移動を開始した。


 氷漬けのジャイアントラットを通路に残して。


 モンスターは倒しても次々湧いてくるので、調査が主体の我々『氷結特殊班』は余計な戦闘をしなくてよいことになっている。できるだけ疲れないで目標へ辿り着き、確実に捕獲し、無事に帰ってくるのが仕事である。


 私の真後ろにいる神鏑木くんは、まだ不満があるようだ。


「こんな作戦で大丈夫かよ。ジャイアントラットだって、さっきは一体だったからいいものの、いつもは数体で移動してんのに」


 うーん、困った。

 彼は愚鈍じゃない。独善的なものの見方をちょっと変えてほしい。


 ここであんまりキツく言ってもチームワークが悪くなるだけだろうと、私は別の方向から神鏑木くんに見解を述べた。


「地念寺くんの能力があれば、複数体だってこう、ガッと止められるんじゃないのかな? あの力はすごいよねぇ」


「いや、能力はすごいかもしれないけど……」

と、彼が地念寺くんを認めるようなことを言おうとしたときだ。


「う、うわああっ!」

 その張本人が、また悲鳴。


 何かと思ったら前方にジャイアントラットがいた。


 二度目の登場だからって気が緩むことはないけれど、確かに騒ぎすぎじゃないかなって思ってしまう気持ちも否めない。


「す、すみません。止めます!」


 地念寺くんはすぐに両腕を前へ突き出した。

 ラットが止まる。私の出番だ。


 数十分前と寸分違わぬほど同じように繰り返される動作。

 しかしなぜだろう。


 ガクンッ——……


 私は、そう音がするほどの、急激な体調の変化を感じたのだ。


 氷が脆くも崩れる。

 止めておく対象の質量が予期せず変わったせいか、地念寺くんは「うわわっ」と、ハンブルするような動きで、所々凍ったネズミを地面に落としてしまった。


 完全に身の自由を得たラットが、こっちへ向かって走ってくる。

 すごいスピードだ。


「なにしてんだよ!」


 最後尾から、怒号と炎が放たれる。

 火車と正面衝突したジャイアントラットは一瞬で燃え尽きた。


 終わってみれば、獅子戸さんは頭を抱えてしゃがみ込んだ富久澄さんをガードしながらも目を剥くだけだし、地念寺さんは呆然としている。


 私は、恥ずかしながら巨大ネズミに驚いて尻餅をついていた。


 な、情けない……


「ここで休憩にしましょう」

と、獅子戸さんが提案してくれた。


 神鏑木くんが後方に去って行こうとするので思わず声をかけた。

「どこへ?」


「見張りだよ。こんな見通しの悪い狭いところで休憩なんて、挟み撃ちにあったらどうすんだよ」


「待ってよ、レン」と、富久澄さんが追おうとするが、「来んな」と、ぴしゃり。


「お前の役目は俺の機嫌取りじゃないだろ。ここにいる全員の回復! 俺はどこも痛んでねぇんだから、おっさんの介抱しろよ」


 私はまともに動けなくて、座り込んだままバッグから取り出した水を飲みつつ様子を見ていることしかできなかった。


 どうやらずっと緊張続きで、思ったよりも体力を消耗しており、しかもそのことに自分で気がついていなかったようだ。


 もはや誰かをフォローする元気もない。


 地念寺くんが、陽炎のように隣にしゃがみ込んでくれた。


「慣れないうちは、ダンジョン内にいるってだけで気力を使うんです。僕らみたいな体力ないのは、出力を弱めておかないともちませんよ……。そういう訓練、してくれなかったんですか?」


 地念寺くんの疑問は、指導官たる獅子戸さんに向く。


 彼女は、富久澄さんと入れ替わりで神鏑木くんを止めようとしていた。


「待ってください。誰がどの配置かは私が決めます」

「じゃあ俺が動く前にとっとと指示出せよ」


 生意気の限りを尽くす神鏑木くんに、獅子戸さんは怒りたかっただろうに、踏みとどまった。


「みなさんそれぞれ不満はあると思います。しかし、これは任務です。耐えて、大人の対応をしてください。先頭が嫌だとか、自分が目立たないとか、好きな人が気になるとか、気持ちはわかりますが、子供じゃないんですから……」


「はぁ?」

と、神鏑木くんから抗議の声。


 すっごく嫌そうな顔してる。

 すっごく嫌な予感がする。


「『気持ち』だと? 俺の気持ちがわかるとでも言うのかよ? このへっぽこ指導官!」


 もうだめだ。

 任務なんか放って、いったん外に出よう!


 こんな暗くてじめじめした洞窟の中なんかにいるから、みんなおかしくなっちゃうんだ。


 私がそんな弱気なことを思った時だった。


「へ……、へっぽこ指導官、だとぅ……」

と、ぶるぶる震える獅子戸さんが、文字通り逆毛を立て始めたのだ。


 なんだかパリパリ音もする。


 あ、これ、静電気?

 獅子戸さん、発電しちゃってる?

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