第18話 初勝利! 神鏑木の不満
「やったね!」
最初に歓喜の声を上げたのは、富久澄さんだ。ボブヘアをわさわさ揺らして飛び跳ねる。
「レンも、地念寺くんも、スゴいよ!」
と、二人の間に飛び込んで、並んだ顔を仰ぎ見ている。
ちょっとわざとらしいくらいの動きだが、私も思わず飛びつきそうだったから人のこと言えない。
「『第三氷結特殊班』の初戦闘、初勝利ですね」
と、獅子戸さんが冷静に伝えてきた。
そう聞くと、喜びもひとしおになる。
「ご苦労様です。二人とも素晴らしい成果でした」
続く言葉も硬いものだったが、表情を見れば彼女も笑顔になっている。
私も何か言いたい!
二人に「すごーい!」って言いたけど、女性陣がやりきった感じがあるので、おじさんはでしゃばらず後ろで「うんうん」と頷いておこう。
だが、一歩引いて見ていたからこそ気がついた。
神鏑木くん、怒ってる?
地念寺くんは、ビビってる?
私は思った。
獅子戸さんが私に求めている大人の対応っていうのは、こういう時にこそ必要なんじゃないか?
しかし、気の利いた言葉がサラッと出てくるようなおじさんではない。
「いやー、モンスターって初めて見たけど怖いですね!」
なんて言っちゃって、秒でみなさんの動きが止まったので、氷結完了って感じです!
「ちっ」
と、神鏑木くんの舌打ち。
その横で縮こまる地念寺くんがボソボソと。
「みなさんのおかげです……。僕は本当に、何もしてないんで」
途端に神鏑木くんがキレた。
「何にもしてないわけねーだろ! ほとんどお前がやってんじゃねーかよ、もっといい気になりゃいいだろ!」
ビビって首をすくめた地念寺くん。
おじさんは冷や汗かきながら、思わず二人の間に身を入れてしまった。
「確かに地念寺くんが足止めはしたけど、倒したのはもちろん神鏑木くんの炎だったよ。二人のコンビネーションだよ」
神鏑木くんの目を見て言ったら、彼は数歩離れてそっぽを向いた。ダンジョン内ではこないだみたいにどこかへ立ち去るわけにも行かない、ということか。
これは……、場の空気が悪くなったら本当に息が詰まるかも。
ふと思い出した。
まだ地念寺くんがチームに来る前のことだ。神鏑木くんは「アタッカーが俺しかいない」って言ってなかったっけ?
編成への不満だと思っていたが、あれは「自分が一人でみんなを守って大活躍する」という未来への、期待のこもった発言だったのではないだろうか。
お株を奪われて、むしゃくしゃしているのかな。
男の子だなー。
私にもそんな時があったものです……などと哀愁に浸っていたら、地念寺くんの方は「褒めないでくださいやめてください」と、呪文のように何度も呟いている。
いったい彼の幼少期に、どんなつらいことがあったのだろうか……
「みなさん、しっかりしてください!」
と、獅子戸さんの、リーダーらしい声が響いた。
「我々の目標はゴブリンの捕獲です。こんなところで内部崩壊して帰るつもりですか? 作戦を立て直します」
私たちは歪な円陣を作った。
「地念寺さんの実績についてデータをもらっていなかったので、いい意味で驚かされました。地念寺さんをトップにします。モンスターの動きを封じることで本田さんの氷結魔法発動の練習も可能になると思います。最終的には神鏑木さんの火炎魔法が必要になると思いますが、本田さんの訓練を優先させましょう」
あー、神鏑木くんますます不貞腐れそう……
地念寺くんは大丈夫かな……
私が青年二人の顔色を伺っている間に、富久澄さんが率先して「はい!」と明るく返事をしてくれた。
「いいですね?」
と、獅子戸さんが黙ったままの私たちに容赦無く念押しする。
「承知しました!」
私も元気に返事をした。
あとの二人は小さく「はい」と言ったようだ。
隊列は、獅子戸さんの指示通り、地念寺くんが先頭に変わった。
その後ろに獅子戸さんと富久澄さんが並び、少し間隔を空けて私、そして最後尾が神鏑木くんになった。
こう言ったら悪いが、地念寺くんがトップになったことで、進むスピードが格段に落ちた。早ければいいってことではないだろうけれど、気持ちが急く。
コウモリを倒した空洞を抜けると、二メートル四方くらいの通路が延々と続いた。
後ろに神鏑木くんがいてくれて安心……だなんて言ってられない。
経験は一番浅くても、私は最年長だ。そして神鏑木くんはたぶん最年少。
しっかりしなければ、と自分に言い聞かせる。
気を確かに持ってなきゃ凍死しちゃうし。
先の見えない暗く窄まった地下道を、一列になって進んでいく。みんな口を閉ざし、全神経を前方、あるいは後方、その両方に集中させていた。
岩肌の冷たさを感じる。
突然、「うわあ!」と、地念寺くんが小さく悲鳴を上げた。
と、同時にジャイアントラットが飛びかかってくるのが見えた。
その名のとおり巨大なネズミで、人間の子供くらいの大きさだ。やっぱり顔は怖い。
後方一同も驚いたが、なんとか体勢を立て直した地念寺くんがラットの動きを止めてくれた。
「す、すいません……!」
「本田さん! 早く!」
地念寺くんの謝罪の理由を考えてしまって、一拍止まってしまった私に、獅子戸さんの怒声が飛ぶ。
「あ! はい!」
ただいまやります!
とばかりに、女性陣二人の脇を抜けて、地念寺くんの肩越しから『アイスキャブ』を繰り出した。
しかし、人の後ろからだし目標が大きいし、何より生き物だと思うと気持ちが乱れる。
「ううっ……」
敵はもう捕獲している。あとは氷漬けにするだけだ。
私はぎゅっと目を瞑って、冷気にだけ集中した。
「さみぃよ、おっさん」
と、狐火で女性陣を保温する神鏑木くんに言われるまで、ラットが沈黙したことにも気づかなかった。
「あ、わ、私……、やった……!」
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