第17話 初戦闘! 地念寺の真価

 神鏑木くんを先頭に、私たち五人は団子状になって曲がり角に身を潜めた。

 もちろん誰も物音ひとつさせない。


 獅子戸さんが入れ替わって先頭に出ると、通路の先を確認するなり、

「制圧したはずだったのに……」

と、忌々しそうに囁いた。


「湧いてくるだろ、よくあることじゃん」

 神鏑木くんが面倒くさそうに答えたところで、私にもわかった。


 前方にモンスターがいるのだ。


 めっちゃ怖い!

 だって初の本物モンスターですよ!


 誰かに泣きつきたい気持ちで震え上がっていると、獅子戸さんが私と地念寺さんの腕を掴んでさらに後方へ。


「お二人はここにいてください。対処します」

「はい……、お気をつけて」


 弱々しく返事する私の震えは止まらない。

 あ、これ、寒いからだ。


 試験場で教わったのだが、ダンジョン内の魔力によって、そこにいる間、私の冷気は恒常的に溢れてくる。


 放っておくと初日のように、自分の冷気で凍えてしまうのだ。


 寝泊まり訓練を繰り返すことで、無意識でもそれを抑えられるようになったのだが、今みたいに動揺すると、勝手に寒くなってきてしまう。


 しかし自分の状態に気づくことで、力を手懐けられた。

 よし。寒さは制御できた。

 だが恐怖心は取り除けない。


「ただの大コウモリなので大丈夫です」

と言い残して、獅子戸さんは先頭集団へ戻っていく。


 地念寺くんが、

「ジャイアントバット……って確か……」

と、言いかけたのだが、離れていく彼女には到底届かない声量だ。


 私もそれほど気にかけず、「大コウモリ」を「ジャイアントバット」と正式な名刺に言い換えたのかな、くらいに思っていた。


 まさかこれが、その後の展開を左右するなんて想像もしていない。


 前方の三人は、曲がり角のぎりぎりで、簡単な作戦会議だ。


「この位置からでも狙える。俺が一気に燃やし尽くす」

「崩落に注意してください」


 獅子戸さんの注意喚起を聞くや、神鏑木くんは大きな火の輪を作って前方へ走らせた。


 私は大コウモリなるものを見てみたくて、こっそり壁際から離れて首を伸ばし、カーブの先を覗き込んだ。


「うわ……」


 それは人ほどの大きさがあった。


 カーブの先はこちら側よりずっと広く、まるで廊下から講堂にでも入ったようだった。


 その天井に燃えさかる火車が走り回り、人間大のコウモリ五体が逃げ惑っている。


 顔は牙の生えた男そのもので、それが腕と足の間で広がる翼を繰って飛んでいるのだ。


 気持ち悪過ぎ。


 火車は横に向きを変えて、今度はUFOのように空を飛んでコウモリ男を追いかけはじめた。


 暗くてよく見えないが奥の方が急激に窄まっている場所のようで、やつらはどこかへ去ることなく、周囲をぐるぐる逃げ回っている。


 ようやく一体が燃えて落っこちたが、悪いことに、その間に他の四体がこっちの位置を感知した。


「くそっ……」


 神鏑木くんが苦悶の表情を浮かべる。

 動きが早く、苦戦しているようだ。


 火車を消し、『狐火』を散らしてスパークさせた。それで目眩しをしている間に、頭上に炎を溜めていく。巨大な丸い、火の玉を作っているのだ。


 いったい、いくつの技を持っているのだろう。

 恐ろしい中にも彼に対する畏敬の念が込み上げて、心の中で必死に応援する。というか、私にはそれしかできない。


 ところが、最悪の事態が起きた。


 ゴウゴウ、パチパチと音を立てる炎の向こう側に、小さくキチキチという鳴き声が反響しているのは聞こえていたのだが、それがどんどん大きくなっていく……

 と思ったら、洞窟の奥からさらにコウモリ男の群れが飛んできたのだ。


 五体……、その後ろからもう五体……


「やっぱり大集団でしたよね、ジャイアントバットって」

と、それは消え入りそうな地念寺くんの声だった。


 彼はフラフラと神鏑木くんの隣に立った。


 え、ちょっとどうしたの……! 危ない!


 危険なところに吸い寄せられちゃう極限的な心理状態になってしまったのかと動揺してしまったが、違った。


 彼は、両手をスッと前に伸ばした。


 途端に、コウモリ男が一体、空中にはりつけになる。


 驚いたのは私だけではない。

 神鏑木くんは隣の地念寺くんを気にしながらも、火の玉をどんどん巨大にしている。暑い。戦闘中だからしかたないが暑すぎる。


 その熱風のおかげで一定以上こちらへ近づけないコウモリ男たちが、次々空中で身動き取れなくなっていった。


 全部で十体。


 ビニールシートを手足に結んだ肌色全身タイツの細身の男が、空中に十人もうごめいているのを想像して欲しい。


 鳥肌が立った。


 しかし地念寺くんは感情の欠落した声で言った。

「捕まえたので……今のうちに」


 指示された神鏑木くんの目は、なぜか怒りに燃えているようだった。


 十分育った火球が放り投げられ、磔のコウモリを燃やし尽くす。


 同時に、地念寺くんがまたしても、残りのコウモリ男を止め始めた。


 その指の動きで理解した。

 どうやら彼は指一本につき敵一体を捕捉できるようなのだ。右手の小指から順に、小刻みに動いている。


 地念寺くんは横目で、神鏑木くんがもう一度火球を作っていると確認すると、開いていた手をぎゅっと握って、空中のコウモリを一塊にしてしまった。


 すごい!

 すごすぎる!


 なのに「ど、どうぞ……火を……」って、めちゃくちゃペコペコしてる。


「クソがッ!」


 怒り心頭に発した神鏑木くんの巨大火球が、後方我々の髪も服もはためかせるほどの威力をもって、コウモリたちを吹き飛ばした。


 モンスターは全部で十五体。

 すべて煙になって、何も残らなかった。


 

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