第16話 昨夜の大人会議
それは地念寺さんの卑屈発言に練くんがお怒りになった昨晩のこと……
「ふざけんな」
と、悪態をついた神鏑木くんは、獅子戸さんに何か注意される前に、舌打ち一つ残して去っていってしまった。
例の如く、富久澄さんがそれを追いかける。
私は咄嗟に、地念寺さんをフォローしなければ、と振り返ったのだが、彼も彼で「お先に失礼します」と、小さな挨拶とお辞儀で去っていく。
「あ、宿舎ですか?」
と、背中に問いかけてみたが、足を止めることなく肩越しに曖昧な微笑みと会釈。
「それじゃ、私も」
と、獅子戸さんも行こうとするので、慌てて引き留めた。
「あの、このチーム大丈夫でしょうか」
「大丈夫って……?」
「なんだか、バラバラな感じがして。他のところもこんなもんですか?」
「……確かに今回は、急拵えだとは思いますが……」
彼女は言葉に窮したようだ。
「本田さんはどうお考えですか?」
と、振られて、思わず「え、私?」と驚いてしまった。
意見を求められるとは思っていなかった。
じっと見上げられ、少々気まずい。
自分の考えを、どこまで表明していいものだろうか。
しかしここまできて誤魔化すのもよろしくないだろう。違和感を持って、彼女に声をかけたのは私自身なのだから。
「もしこれが、我が社の新しいプロジェクトチームなら、待ったをかけると思います……。ですが、現場に降りたら否応なく一つの目標に向かうわけですから、自然と全員が一丸となれるのかもしれませんが……」
思考をめぐらす間、獅子戸さんは私の発言を待ってくれていた。それで、お恥ずかしながら思いついたことを続けてみることにした。
「神鏑木さんは自信があって、能力も十分みたいですし、心根では思いやりがあるようですが表現があの状態なので、富久澄さんは舞い上がっちゃうし、地念寺さんは壁を作り続けると思います」
「同感です」
「富久澄さんはいい子にしようと頑張ってる感じがあるので、無理せず肩の力を抜いて欲しいかな、と。地念寺さんはいまのところ卑屈バリアーが強すぎて内情が見えないですが……」
「そうですね」
いずれも短く同意した獅子戸さんは、一拍置いてため息混じりに吐き出した。
「助かります」
と。
それが、これまでの彼女からは意外に思えて、私は面食らって固まってしまった。
獅子戸さんは、視線を逸らして言った。
「私はそういうことに疎いというか……、気づいてはいるんですが、どうしても『仕事だから』と割り切ってしまうところがありまして……」
そういった自分の内面を開示することに慣れていないのか、獅子戸さんは不器用そうに言葉を探る。
「自分自身、感情的なことは置いておいて、目の前の仕事だけに向き合う性格なので、他の人の思いにも無頓着になりがちです。今回も、神鏑木さんと富久澄さんの関係は耳にしていましたし、神鏑木さんと地念寺さんの不和も、ちょっと考えればわかることだったのに……」
「いえいえ、私こそ……。私は、むしろ他人の感情に振り回されすぎると言うか、場の空気ってやつを考えすぎちゃうところがあるんですよね。どうやったらみんなでうまく回せるか、というか……。でも仕事って、みんなで気持ちよくやってきたいですし」
言葉を並べ立ててから、あまり獅子戸さんの気持ちに寄り添えていないんじゃないかと思って言い直した。
「獅子戸さんの、仕事に対する姿勢、素敵ですし、かっこいいと思います。年上部下から言われたくないかもしれませんが、頑張ってると思いますよ」
若手社員がいないところで、ベテラン社員同士が励まし合ってるような感覚になった。
獅子戸さんも視線を上げてくれた。
「よかったです。そうして俯瞰で場が見えてる人がいてくれて。心強いです」
ストレートに褒められて、私はたぶん、赤面してしまったんじゃないだろうか。
思い返しても、そんなふうに評価されたのはずいぶん久しぶりだ。
下手したら、学生以来とか、それくらいかもしれない。社会人って、ほんと褒められない。
「とにかく、期待してます。明日からもよろしくお願いします」
そう言って、獅子戸さんは深々と一礼ののち走り去っていった。
照れ隠しだったのかもしれない。
でも待って。
私に期待? え、何を?
でも嬉しい!
そんな出来事の翌日だったから、おじさんすっかり張り切ってしまっていたのだ。
神鏑木くんのことは富久澄さんに任せておけばいいとして、まずは地念寺くんが疎外感を覚えたりしないように、積極的に話しかけたり、タイミングがあったら褒めたりしようと思っていたのに。
完全に失敗した。
すごいと思って「すごい」って言ったら、全然すごくないんですって。
皆さんがしれーっと先に進んでしまう様子を見ると、本当に大したことないんでしょうか……
それとも本人が嫌がってるなら褒めるのもパワハラってことでしょうか……
私にパワーはないから、ただのハラ、か……
トボトボ最後尾を歩いていたら、富久澄さんが歩みを緩めて横に並んできてくれた。
「ン、ウーン」と、可愛らしい背伸びをしながら、「本田さんの応援パワー、私は受け取りましたよ」と、ニッコリ。
あ、さっきの、地念寺くんに向けたトンチンカンな言葉のことだな。
おじさん、若い子に不憫に思われてフォローしてもらっちゃった。ありがてぇ。
「いやぁ、私は全然他の能力者の方を知らないので、勝手に盛り上がっちゃって……、お恥ずかしいです」
後ろ頭を掻きながらヘラヘラしたら、富久澄さんに背中をポンポンと叩かれた。これも回復魔法、かな。
その前方で、神鏑木くんが拳を耳まであげて「止まれ」の合図。
いけない。ここはダンジョンだ。洞窟観光じゃない。
富久澄さんも一瞬にして緊張を取り戻したのか、すごい勢いで彼の元へ走る。
なんだか振られた気分……
いや、そんなことより何で「止まれ」なの……!
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