第14話 最後にインドア派は気楽過ぎる

 試験場での訓練を終え、夕食のお弁当も食べた私たちは、連れ立ってシャワーへ向かった。


 この後、私と神鏑木くんは試験場へ戻って簡易ベッドで就寝。女性陣は宿舎へ行くという。


 申し訳ないが、富久澄さんと一緒じゃないことにホッとした。痴情のもつれで揉めている二人と、一つの部屋で雑魚寝は厳しい。


「あ、そういえば……」

と、私はここ数日ずっと疑問だったことを聞いた。


「宿舎って……、どこですか?」


 その瞬間、場が凍りついた。

 さすが氷結魔法の能力者だと言わんばかりだ。


「車ですぐのとこだけど?」

と、神鏑木くん。

「最初に荷物置きに行きませんでしたか?」

と、富久澄さん。


 そんなふうに言うってことは、あなた到着した直後に行ったんですね。


「色々あって初日から救護室に直行でして……」

 そしてそれっきり、寝起きはそこか試験場だ。


 私はおずおずと訴えた。

「西園寺さんのトレーニングのところで、他の方が『宿舎の朝バイキングが美味しい』って聞いたんですけど、私ずっと病院食なんですよね。栄養価はいいと思うんですが、これも私のコレステロール値のせいなんですかね」


 獅子戸さんが後頭部をかきむしって、ポケットから取り出したメモ帳を繰っている。

「すみません。本田さんはこちらにきてからずっと、看護師の管理下に置かれてましたから、ご案内しそびれてましたね」


「あー、おじさんだから?」

と、神鏑木くん。


「そうでしょうねー」

と、何の気なく自ら同意すると、獅子戸さんが悲しげに私を諭した。

「本田さん、否定していいんですよ」


 これでやっと宿舎に案内してもらえるかと思ったのだが、獅子戸さんの携帯が鳴って、事態は急変した。


「はい、獅子戸。……お疲れ様です」

と、きびきび対応する姿がかっこいい。


 話はすぐに終わり、終了ボタンを押した獅子戸さんは微笑んだ。

 その可愛さとのギャップ。素敵。


「最後のメンバーを乗せたヘリが近くに到着したそうです。すぐに来てもらうことになりました」

「ヘリ!」


 私が驚くと、三人はきょとんとしている。


「本田さんはここしかご存知ないですもんね。実習センターは全国にあるので、人材の配置は流動的に行われているんです」


「私は茨城センターから来ましたよ」

と、富久澄さん。


 隣の神鏑木くんは話す気がないようだが、代わりに獅子戸さんが答えてしまう。

「神鏑木さんがいたのは、直近は静岡です」


 なるほど。本当に津々浦々だ。


「これからいらっしゃる地念寺ちねんじさんは、北海道にいたんです」

「念動力だろ?」

と、神鏑木くんが口を挟んだ。


 彼が事情通なのにも驚かされたが、出てきた単語にもぎょっとした。


「念動力って……。あ、そうか。氷漬けにしたモンスターを運ぶんだ」

と、私は自分の考えに合点がいって、声に出してしまっていた。


「そうです。地念寺さんは、中ランクですが、安定して能力を発動し続けられるので、かなり優秀な能力者といえます」


 獅子戸さんの紹介が、グッサリ刺さった。


「中ランク? それじゃアタッカー、俺しかいなくね?」

と、今度は神鏑木くんが質問を挟む。


 獅子戸さんが新人を迎えに歩き始めたので、自然と私たち三人は後からついていく格好になった。


「私たちの目的は、指定されたモンスターを持ち帰ることだけですから、戦いはなるべく避け、素早く完了させるつもりです」


「なんだ。つまんない仕事」

 神鏑木くんはご不満だ。

「たった五人なんですね……」

と、私が不安な声を漏らすと、その彼が笑った。

「低ランクの十人より、俺たちの方が全然強いと思うけど?」


 自信家だー……

 って、あれ?


「『俺たち』で、いいの? 私も入ってる?」


「うわ、なにその可愛こぶったやつ」

と、神鏑木くんのしかめっ面の隣から、

「可愛くはないでしょ」

と、富久澄さんが強めに否定してくる。


 そうこうしているうちに、倉庫のスピーカーから『獅子戸さん、ゲートへ』というアナウンスが。


 どんな人が来るのだろう。

 綺麗な女性だったらまた緊張してしまう。

 若い男性でもやりにくい。


 ちょうどいいのは、やはりおじさん。

 おじさんが来てくれたら心強い!


 でもおじさん同士だからって無遠慮にウザ絡みしてくる人だったら困る!

 あれ、私って、けっこうわがままかも……


 ところが、獅子戸さんが連れて戻ってきたのは、頼りなげな色白の青年だった。


地念寺ちねんじ悠真ゆうまさんです」

と、獅子戸さんがいつもどおり、私たちのこともそれぞれ紹介してくれる。


 地念寺さんは薄い体を猫背にして、美容室に行って三ヶ月は経った感じのボサボサの髪に支給品の黒ジャージ。俯きがちの黒縁メガネだった。


 この雰囲気の人も、緊張しなくていいかもー。


 地念寺くんの方が不安そうな顔をしているので、私は少々浮かれてしまって、「わー、若者ばっかりだなぁ」と、おじさんらしい会話のスタートを切ってしまった。


 地念寺くんが首を振る。

 でも喋らないから、私が彼の気持ちを読み取って代弁する。


「え? そんなに若くない?」

 今度は強く何度も頷く。


「あ、中年なの? わたし初老。よろしくね」

 ジブリの主人公よろしく微笑んで握手を求めると、地念寺くんはやっと視線を合わせてくれた。


 分厚い眼鏡の奥に、鋭い目つき。どうやら、とんでもない近眼のようだ。

 その上、顔色が悪くて不健康そう。握った手も骨ばっていてガリガリだった。


 体力や運動能力に対して、年だからと悲観的になっていたけれど、日頃の生活態度や生まれ持っての体格など、要因は様々だと考えさせられる。


 地念寺くんは、明らかにインドア派だ。

 私も年齢を言い訳にしてへばっている場合ではない。鍛えればきっと、少しは良くなるはずだ。


「獅子戸さん、もっとマシな人材いたでしょ」

 神鏑木くんは相変わらず、誰に対しても容赦ない。


「彼以上に適切な人はいません」

 キッパリ言い切った獅子戸さんの横から、数倍小さな声がした。


 地念寺くんだった。


「『残ってない』の間違いだと思います……。北海道センターにいた林さんは、もっと凄かったです……」


 自分を卑下して、悲しい話をしてるはずなのに、彼はヘラヘラと笑っている。


 痛々しい。

 おじさん、胸が張り裂けそう……


 そんな悲しみいっぱいの空気かと思いきや、違った。

 いきなり神鏑木くんが怒鳴ったのだ。


「ふざけんな! 自信ねーやつとなんか地下に降りれるかよ!」

「レン!」


 修羅場か……と思ったけれど、地念寺さんはヘラヘラしたまま小声で「すみません」と言ったきり、黙ってしまった。


 え、これ、大丈夫なチーム?


 

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