第13話 ダンジョン千本ノック!

 午後からの訓練では、試験場に獅子戸さんも入った。


 指導役として、我々三人の様子を間近で見るためにやってきたのだろうか……。と思ったら、どこかで見た覚えのある機械も室内に設置されていた。


 これは……、ピッチングマシーン?


 私が子供の頃は野球全盛期と言ってもいい。

 パ・リーグは西武一強、セ・リーグは毎年混沌としながらも、『野村ID野球』のDNAを受け継ぐ古田敦也捕手のヤクルトスワローズが台頭してくる頃。


 いやー、熱かったなぁ。

 クラスの男子は巨人とヤクルトファンに分かれて大盛り上がりしていた。


 私は少年野球には所属していなかったけれど、野球用語はひととおりわかるし、練習道具も身近なものだ。


 で、そのピッチングマシーンが、なぜここに?

 あ、なんかわかった気がする……

 でもそれ、危なくないの?


「これは野球やテニスなどの球技で使用される、自動でボールを飛ばしてくれる機械を改造したものです。速度はせいぜい六十キロまでしか出ません」

と、獅子戸さんが唯一初見の私に説明してくれた。


「もう予想できているでしょうけれど、これで私がボールを飛ばします」


 ああ、やっぱり。

 あっさり言ってくれますね。


 続いて指示されたルールはこうだった。

「同時に富久澄さんもボールを投げます。そっちが捕獲対象です。本田さん、氷漬けにしてください。マシンで発射されるのは攻撃対象です。神鏑木さんが対応してください」


 そんな簡単な説明だけでマシンがうなりをあげ始める。

 もうちょっと最先端技術とかでなんとかならないものか。


 しかしダンジョンでは複数の敵に襲われることもあるのだから、これは重要な訓練だろう。


「あ、ちょ、危ない!」


 一球目が飛んできて、さっそく反射で顔を背けてしまった。


 しかし、それはずいぶん手前で消し炭になっていた。

 神鏑木くんが私の前に一歩出る。


「全部同じ球だから惑わされんなよ。俺が守るから集中しろ」


 およそ年上に向かって利く口じゃないけど……、オッケーです!


 私は、この業界ではズブの素人。新入社員一週間目ですから、ミスしても仕方ないで済ませてもらえる期間。


 獅子戸さんが憎い緩急で発射するボールは怖いけれど、その横でいつ投球しようか悩んでいる富久澄さんに集中します!


 その時、

「えい!」

と、わかりやすく掛け声つきで富久澄さんがボールを放ってきた。


 かなり角度がついて、中空で頂点に達して今度は弓なりに落下してくる。


——アイスキャブ!


 私は心の中で叫ぶと同時に、対象に手を伸ばしてぎゅっと拳を握った。

 ボールは一瞬で氷漬けになり、一直線に落下した。


 見事、神鏑木さんの真上に。


「わ!」


 ゴンッ——!!


 間一髪、氷は床で砕けた。

 だが神鏑木さんは、大きさの調整がつかずサッカーボールくらいになってしまった氷塊を避けるため、滑るように倒れ込んでいた。


「すみません!」

 駆け寄ると、彼はムッとしてはいるが平然と立ち上がった。

「別に……俺が不注意だっただけだから」


「レン! 大丈夫だった?」

と、富久澄さんも寄ってきた。


 っていうか「レン」って呼んでる!

 さっき嫌がられてたのに!

 呼び捨てに進化してる!


「こんくらい平気だよ」

「私の投げ方が悪かったせいだよね!」

 富久澄さんは困り顔になって、ガシッと神鏑木さんの腕を掴んだ。


「おい! やめろよ!」と、彼が制止するのも振り切って、「キュア!」と、叫ぶ。


 彼女の手元がふわっと光った。

 回復魔法だ。


「大袈裟なんだよ」

 神鏑木くんは、お礼の代わりに言って腕を振り解いた。


 確かに大袈裟だけど、お礼は言ったほうがいいんじゃないかな。

 そう思っていたら獅子戸さんからも注意が飛んだ。

 でも、その相手は富久澄さんだった。


「いちいち回復しなくて結構です」

「すみません」


 頭を下げる彼女を通り越し、獅子戸さんは全員に注意した。


「今夜、最後のメンバーが到着します。明日から実地訓練に入りますので、気を引き締めてください」


 なんと!

 最後のメンバー?

 明日から実地?


 色々驚いていると、神鏑木くんが文句っぽく呟いた。

「氷結班で回復魔法なんて全然使わないじゃん。必要だったの?」

 本人の前でも容赦ないし、指導官に向かっても不遜ふそんな態度だ。


 しかし獅子戸さんの回答は簡潔だった。

「チームには一人ずつ、医療従事者か回復魔法使いを入れるようにという規定があるんです」


 規定。規則。

 彼女の頭にあるのは、それだけのようだ。

  

 神鏑木くんは違う。

「ルールは俺だって知ってるよ。だけど、心希は自分のこと回復できないんだから危ないだろ……」


 照れ隠しなのかぶっきらぼうに言う彼に、富久澄さんが微笑みかける。

「心配しなくても、私は大丈夫だよ」


 不器用に気遣う神鏑木くんにキュンときたのは富久澄さんだけではなく私もだったんですけど、そんなことよりも。


 富久澄さん、自分のことは回復できないのか……


 そういう魔法もあるのかと、つい興味深く思ってしまった。

 獅子戸さんの発電は、直接触れなければ攻撃にならないと言っていた。


 本当にいろんな種類があるんだ……

 これから現れる最後の一人は、どんな能力者なんだろう……


 思いを馳せていたのも束の間、一連が済むと、おじさんはまたボールを投げつけられるのだった。


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