第12話 仲間に勘違いさんはマズ過ぎる

 三人目のメンバーは、私から見ればお嬢さんという感じの子だった。


 しかもどうやら神鏑木くんとは旧知の仲。

 出会い頭で二人の間に流れる不穏な空気。


「辞めたんじゃなかったのかよ」

と、神鏑木くん。吐き捨てるように。


「どんなにつらくても、この力は特別なものだから。私は逃げたりしない」

と、キリッとした表情で新人さん。


 しかしセリフっぽすぎてメロドラマみたい……

 劇団員さんなのかな……


 呆れた様子で成り行きを見守っていた後方の獅子戸さんが、戸惑う私の方に向き直って紹介してくれた。


「回復魔法を使う富久澄ふくずみ心希ここのさんです。彼女もダンジョン経験者なので、安心してください」


 そこで神鏑木くんが無言で立ち去ってしまい、獅子戸さんはため息をついて、今度は富久澄さんに私を紹介した。


「こちらが第三氷結特殊班の氷結担当になる、本田唯人さんです。最高ランクですがまったく安定していないので、ダンジョン内では彼に集中してください」


「はい!」

と、富久澄さんは神鏑木さんと話していた時とは打って変わって、愛らしい笑顔で元気に返事をした。


 まったく安定しないと釘を刺されつつ、私はぺこぺこ頭を下げる。


「よろしくお願いします。本田です」

「こちらこそよろしくお願いします。私、本田さんのために頑張ります!」


 優しい甘い声色の営業トーク。

 年上の男性だからって、そんなにヨイショしなくてもいいんだよ。


 私はむしろそういう対応が苦手なので、なんとか空気を変えたくて可愛く右手を突き上げた。


「はーい。私も頑張りまーす」


 彼女に調子を合わせてみたつもりだったのだが、馬鹿っぽすぎたのか、富久澄さんの笑顔は引きつるし、獅子戸さんも笑いを堪えて震えている。


「ふ、富久澄さんにも午後の訓練に参加していただきます。では、私は会議があるので……」


 そうして獅子戸さんが離脱してしまうと、彼女と二人きり。


 えーっと、どうしたものか。


 などと思いながら獅子戸さんの背を見送ったら、ありがたいことに富久澄さんが話し始めてくれた。


 が、残念ながら内容はまったくありがたくないものだった。

「私たち、訓練期間中に付き合ってたんです……」


 目的語がなくて一瞬、獅子戸さんのことかと思った。


「あ、そうなんですか。神鏑木さんと、ね……」


 うっすら確認を入れてみたけれど、彼女は自分の世界に入ってしまって肯定も否定もしてくれない。


「初対面なのに恥ずかしいとこ見せちゃってすみません」


 その言い方だと神鏑木さんだね。


「彼、あんまり周りに気を使えないところがあって。子供なんですよね……」


 はい、完全に神鏑木さん。


「去年の春に茨城の実習センターで出会って、半年くらいかな……、一緒にダンジョンにも降りたんですけど、ちょっと、トラブルが起きて……」


 聞き捨てならない!

 ダンジョンでトラブルだなんて!


 そういう情報が欲しかったのだ。


 モンスターというのがどういうものなのか、教本をもらって一応確認はしているけれど、実際現場でどんな問題が起きたのかとか、戦い方についてとか、聞きたいことは山ほどある。


 俄然前のめりになる私に、富久澄さんは続けた。


「彼、チームの中で浮気したんです」

「あ、そっち……」


 盛大に尻が滑った。


「私のこと本気じゃなかったなんて言われて。ひどいですよね」

「そうだねぇ」


 やんわりと肯定したら、安心したのか、富久澄さんの口はさらによく動いた。


「彼とまた同じチームになるなんて、どんな運命だよって思ったけど、そんなこと忘れて頑張らないと、ですね」


 素敵な笑顔で、用意してきたようなクサいセリフを投げかけられる。


 安定していないのは私の能力だけではないかもしれない。

 彼女の表情のアップダウン……

 ちょっと疲れちゃうかも……


 これから午後の訓練は試験場での能力開発だ。

 三人であの部屋に入るのかと思うと気が重い。


 でもそんな気持ちで行ったら、ますます危ないのではないだろうか。


 なんとか入る前に和解してもらいたい。

 和解まで行かなくとも、仕事の間は和やかにやってほしい!


 神鏑木くんと話ができないかと思っていたら、昼休憩終了ギリギリのお手洗いでばったり出会った。


 千載一遇のチャンス!


「あの、余計なお世話なのはわかってるんだけど、さっき富久澄さんから」

と、言ったところで「ああ」と遮られた。


「どうせヤリ捨てされたとか、二股されたとか適当なこと聞かされたんだろ」

「え、適当?」


「付き合ってないから」


 な、なんだって!


「あのあの、でもさ、富久澄さんは付き合ってると誤解しちゃってたわけだから、火のないところに煙は立たないってやつじゃないの?」


「訓練中にいい雰囲気だったから何回か寝ただけだろ。みんなやってんのになんで俺だけ言われなきゃいけないんだよ」


 わー、破廉恥!

 え、みんな? そうなの?


 神鏑木くんはドン引きする私を置いてトイレを出てしまう。


 だめ、待って! 本題はそこじゃないの!


 私は追いすがりながら続けた。視界の端に富久澄さんが見えているがしかたない。


「過去のことはどうでもいいけど、これから命預け合うんだから、仲良くしようね」

「おっさんに言われなくてもちゃんとやるよ!」


 怖い顔して怒鳴られた。


 それを聞きつけた富久澄さんが走り込んできて、神鏑木くんの腕を引く。


「レンくん、そんな言い方ないでしょ!」

「神鏑木さんって呼べよ」


 彼女の手を振り解いた神鏑木くんの目つきの冷たいことったら。

 おじさん、お腹痛くなりそう。

 富久澄さんは驚いて、走り去ってしまった。


「あ、富久澄さん!」

と、追いかけようとした腕を、今度は神鏑木くんに掴まれる。思いのほか力強くてよろけてしまった。


「確かに言い方悪かった。ごめん……」


 え、いい子じゃん!

 素直に謝れるいい子じゃん!

 おじさん、意表をつかれて胸キュンしちゃったよ!


「うん、ありがとう。私も、何も知らないのに、ごめんね」

「あいつと、ちゃんと話してくるよ」

と、イケメンは足を早めて行ってしまった。


 あ、彼女追いかけて慰めるのも君なのね。

 うん、いいと思う。

 おじさん一人、蚊帳の外。寂しい。



 午後の訓練が始まった。

 二人とも不機嫌な様子はなくて、富久澄さんに至ってはいくらか上機嫌に見えた。


 仲直りしたということでいいのだろうか……


 深く考えないでおこう!


 

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