第11話 ダンジョンキャンプ

 翌日から、私は『アイスキャブ』を使ってメキメキと腕を上げ、中年とは思えない活躍ぶりで見事にダンジョンを攻略していった。

 獅子戸指導官も私を見直し、若き神鏑木くんも「おっさんのくせにやるじゃん」と、素直じゃないけれど私を認め、西園寺トレーナーも高梨医師も、青木さんまでもが鼻声で「すごいですね!」と私を褒め……


 なんてことはなくて、地道な訓練が続いていた。


 午前中は西園寺トレーナーにストレッチや筋トレなどの基礎体力づくりのあれこれを受け、昼食とわずかな休憩のあとは試験場に缶詰。


 神鏑木くんと二人で部屋に入って、石を凍らせたり溶かしたり。


 ただし、用意される石が、より大きなものに変わったり、数が増えたり、あるいは神鏑木くんが投げてくるのを凍らせたりと、バリエーションが豊かになっていった。


 完全に私の訓練に付き合う格好の神鏑木くんだが、午前中は誰に言われるまでもなく器具を使ってハードに自主トレをしている。


 若者がこんなに頑張っているのだ。私ももっと……という気持ちになる。

 ちょっとずつ、階段を一段ずつ登るようだ。



 三日ほどそんなことを繰り返していると、ある朝、トレーニングスペースにやってきた獅子戸さんが、「少しペースアップします」と仰って去っていった。


 私がきょとんとした顔を西園寺トレーナーに向けたのは言うまでもない。


 午後になっていつも通り試験場に降りると、そこで新しい訓練が発表された。


『今日からここで寝泊まりしてもらいます』

「寝泊まり、ですか?」


 思わず聞き返した私と違って、神鏑木くんは平静だった。

 あ、これって結構ありがちな訓練なの?


「実際ダンジョンに入ったら、『ちょっとトイレ』なんて外に出られるわけじゃないから」


 私の考えを読んだように、神鏑木くんが解説を入れてくれる。


『そういうことです。つまり、長時間……というか、実際には眠っている間も力を制御しておく必要があるんです』


 なるほど。

 しかし、本番は本当に過酷なんだと突きつけられた気分だ。


「覚悟しとけよ、おっさん。風呂なし、トイレもその辺。洞窟の中で何日も太陽に当たらず、暗いテントで共同生活」

「シャワーならなんとかなりそうですよね」


 思いつきをつい口に出したら、神鏑木くんは「は?」と顔を歪めた。


「私の氷を神鏑木くんの炎で溶かして適温にすれば……シャワーとまでいかなくても、お湯で体を拭くくらいにはなるんじゃないでしょうか」


『なるほど。考えてもみませんでした。先日の電子レンジといい、能力の使い方を見直すべきかもしれません』


 天井から振ってくる獅子戸さんの感心した声に、神鏑木くんはまだ不機嫌をばら撒いた。


「電子レンジってなんだよ。あと、そんな都合いい氷出せるようになれんのかよ」


 そこを突かれると弱い。


「がんばりますぅ……」


『本当はもう少し試験場に慣れてからと思っていたのですが、二人なら対応できるだろうと踏んで、今日から実施することにしました』


 いやいやいや、こんなコンビ関係を見ておいて、よく踏み切ったよ。


 これじゃあ凍死の前に息が詰まって窒息死するんじゃないかと思った。


 実際、神鏑木くんは運び込まれた簡易ベッドで布団にくるまると、とっとと寝息を立ててしまうし。


 でも食事の時など、たまに獅子戸さんが来てくれた。


 三人で、床に車座になって弁当をつつく。


 うん、これはこれでなんだか楽しい!


「なにニヤついてんだよ」

と、神鏑木くんにご飯が不味くなるような顔をされた。


「えーと、三人で床でお弁当食べてるなんて、ピクニックみたいだなと思いました」

「ダンジョンの中じゃこんな感じだよ。もっと暗いくて自炊だけど」

「あ、そっか。神鏑木さんも経験者ですよね」


 お前とは話したくないって顔に書いてある。寂しい。

 代わりに獅子戸さんが応じてくれた。


「神鏑木さんは、第二氷結特殊班にもいたんです。ノウハウがあって主力で戦える人が必要だと思ったので選びました」

「他の氷結魔法使いさんをご存知なんですね」

と、私はもう一度神鏑木くんに向かった。


 すでにできてる人を見たことがあるなら、余計に私が情けなく映るのかもしれない。


「別に。ザコ捕まえるだけだったし」

「そうですかぁ……」


 不意に、彼に対する意識に変化が起きた。


 面倒くさがっているようでちゃんと訓練には付き合ってくれるのだから、素直じゃないというか、粋がっている子供なんだな、と。

 弟みたいだ。弟いないけど。


 その時、スピーカーから青木さんの声がした。


『獅子戸さん、新しい人到着しましたよ』

「わかりました。本田さん、神鏑木さん、上で顔合わせしましょう。休憩所で待っててください」


 休憩所とは、私の宿泊所となっている救護室横のダイニングテーブルのことだ。


 新しい人——……


 ついつい浮ついてしまう。

 どんな人だろう。


 年齢が近いと嬉しいけど、そしたら神鏑木くんが疎外感を感じるかもしれない。いや、年齢なんか関係ない。人当たりがよくて、寛容、柔和で、「まぁまぁ、いいじゃないですか」って感じがわかってくれる人なら!


 それが一番の高望みでしょうか!?


 地上に出て、ソワソワと着席すると、すぐに獅子戸さんが新人を連れてやってきた。


 私は、目を見張ってしまった。

 現れたのが、若い女性だったのだ。

 それも黒髪ボブヘアで、すっごい清楚な感じ。


 おじさんが一番やりづらい属性!

 会話成り立つかしら!


 と思っていたら、もっと驚いたことに、神鏑木さんが弾かれたように立ち上がったのだ。私より面食らった顔をして。


 視線はまっすぐ彼女を……、新人さんを捉えている。


「え、心希ここの……?」

「レンくん……!」


 見つめ合う若い男女。

 二人の世界。

 その真ん中でキョドるおじさん。


 どうしましょ!

 お邪魔かしら!


 

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