第10話 はじめての魔法!

 小休止のあとは、獅子戸さんの言うとおり、イメージを大切にすることにした。

 瞬間的にスノードームか保冷剤と閃いたのだが、それらの仕組みがよくわからなかったので、もっと簡単にクーラーボックスを思い描くことにした。


 私はクーラーボックス。

 ぽにゅっとした下腹に雪が収まっていて、そこから自在に取り出して使うことができる。

 という設定にした。


 休憩の間に高梨医師が用意してくれたニューアイテムの腹巻きを装着して、準備万端。

 すると、試験場にも新しい何かが設置されていた。

 

 ……だった。


『ただの石です』

と、スピーカーから獅子戸さんの声。

『目標があったほうが見当がつきやすいかと思って、拾ってきました。力をコントロールできたら、次はそれを凍らせてみましょう』

 そういうことになった。


 とは言え、それで即座に改善が見られるようなら、実生活でも無為な四十二年を過ごしてはいなかっただろう。


 最初はまたしてもただ部屋が寒くなっただけで、神鏑木さんに温めてもらってやり直したところ、今度は霜が降りただけ。


「対象の大きさと、距離を考えるんだよ」

と、見かねた神鏑木さんが不貞腐れながらも助言してくれた。


 対象の大きさ?

 距離……?


 そんなこと、思いもしなかった。

 「石を氷漬けにしろ」と言われて、「石を氷漬けにするぞ」とだけ考えていたのだ。それじゃ駄目なのか。


 改めて石ころと向かい合う。

 距離は、目の前だ。手を伸ばせば届く位置に置いてある。

 大きさは、手で握れるくらい。

 それを冷気で凍らせる。私という、クーラーボックスから出る冷気で。


 いや、もしかして、これは消化器のイメージがいいんじゃないか。

 それなら炎を操る神鏑木さんと対になる。バディ感も出るじゃないか。


 手のひらから吹雪が噴射されて、石を包んで氷で固める……

 手のひらから吹雪が噴射されて……

 石を包んで氷で固める……!


 ぼんやりした思いが、徐々に形を作っていく。

 自分の中でイメージが固まった瞬間、それは起こった。


 ヒョオオオ——……


 思い描いていたとおりに小規模な吹雪が石を包み、氷が形成されていったのだ。


「わ! すごい!」

 私は興奮して、大喜びで声を上げてしまった。

 自分が作り出した氷が、キラキラ光を反射している。


 しかし、次の瞬間に氷は溶けて消えた。神鏑木くんが無情にも炎で燃やし尽くしたのだ。

「はい、もう一回」


 いやん。いじわる。


『神鏑木さん、リセット早すぎですよ。本田さん、うまくいきましたね。おめでとうございます。では発動速度が上がるように、今の感覚を体が覚えているうちに反復練習してください』


 獅子戸さんも十分切り替え早いです……。


 溶けたどころか水分がすっかり蒸発した熱々の石つぶてを相手に、私は発動訓練を続けることになった。


 凍らせる……

 溶かされる……

 凍らせる……

 溶かされる……


 何度も続けているうちに、今のはうまくいった、と思える発動が増えていった。


 ひらめきもあった。

 対象に向かって手を伸ばし、それを氷で握り込むイメージを持つようになると、吹雪を吹きつけるよりも格段に早く石を凍らせることができるようになったのだ。


 そしてついに、発動と同時に、一気に石を氷漬けにできた。


「今のいいじゃん!」

と、神鏑木くんから、思わず出た、というような声が上がる。


 何この一体感。

 ほんわかした気持ち。

 寒いのに、体の奥からじんわり温かみを感じてしまう。


 しかし神鏑木くんは、声をかけたことを後悔したかのように、またツンとした表情に戻ってしまった。


 彼は人差し指を立てるだけで火を起こし、指差した対象を火だるまにできる。一体どんなイメージを持っているんだろう。


 今日の訓練の終わりに、私は獅子戸さんにもらったアドバイスどおり技に名前をつけることにした。

 技名を叫ぶ必要はないけれど、確かに名前はあった方がいい。


 発動させながら半日悩んで考えて、『アイスキャブ』とつけた。

 キャブってもちろんタクシーのこと。


 本物のダンジョンに降りたら、凍らせた後にそれを持ち帰ることになるわけだから、お客様をしっかり包んで運ぶ箱のイメージだ。


 モンスターからすれば棺桶だけど。


 飛び跳ねて喜びたいのをグッとこらえる。というか疲れ果てていて跳ねられない。


 とにかく、できた……私にも魔法使えちゃった!

 本田唯人、四十二歳にして初めて魔法を出しちゃいました!

 その名も『アイスキャブ』!


 

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