第9話 指導官の素敵なアドバイス
「お疲れ様です。あまり進歩がみられないので、アドバイスにきました」
これはストレートな。
でもはっきり言ってもらった方が、フィードバックのきっかけとしてはいいかもしれない。自分でも全然だってわかってるし。
獅子戸さんは続けて断りを入れた。
「ただ各人で感覚が違うので、参考にはならないかもしれませんが」
「だとしても、同じ境遇の方のお話が聞けるのはありがたいです」
「本人としては、どのあたりで躓いてる感じですか?」
うわー、困ったな。
正直なんにもわかりませーんって感じなんだけど、それ言ったら絶対印象悪いしダメなやつだ。
逆にどこまでなら見えているのか考えてみるが、焦るほどに頭が回らなくなる。
「えっと、そうですね、躓いてると言いますか……」などと、もらった単語をそのまま繰り返しながら時間稼ぎをしても、出ないものは出ない。
「いやー、思った以上にコントロールが難しいです。獅子戸さんも能力者なんですよね。西園寺さんとのお話で、発電と伺いましたが……」
相手へ水を向ける作戦に出ると、獅子戸さんは喉の奥に言葉を詰まらせたようだったが、「私の能力は」と答えてくれた。
「雷を落とすようなものとは違って、ただの発電です」
「発電、ですか。それは、具体的には」
彼女は言い淀んでいるようだったが、私は構わず尋ねた。純粋に好奇心が高じてしまったのだ。
「人間も、微弱ながら発電しているのはご存知ですか?」
と、獅子戸さんは逆に聞いてきた。
「はい。有名なSF映画でも人間を使って発電するシーンがありますよね」
「それは知りませんが」
うっ。ジト目でピシャリと言われると、映画なんていうサブカルな例えを出した自分が俗っぽい。
「とにかく、その電気が増幅する感じで……。スマホとか……充電できるんです」
「え! すごいじゃないですか!」
何を隠したり謙遜したりすることがあろうか。
私の感嘆に、獅子戸さんはここまでの二日間で見たことのない新しい表情をしていた。緩みそうな口元を口角が押し下げる。眉は批判的だったが、瞳は悲しげだった。
「基本的に攻撃にはなりません。触らないとダメなので」
「それでも、電気のないダンジョンの中で懐中電灯とか電子レンジとか、動かせたら最高じゃないですか」
「電子レンジ……考えたことなかった……」
「馬鹿なこと言ってすみません」
真剣に取り合う獅子戸さんに、私は頭を下げた。
いいんだよ。おじさんのギャグみたいな思いつきは、適当に流してくれれば。
「話をコントロールに戻しますが」と、獅子戸さんは背を正した。「私が初めてダンジョンに入った時は、静電気が酷くて気持ち悪くなったくらいで、なんてことなかったんです。ですので、『コントロール』というものは意識していませんでした。徐々に髪の毛が傷むし、なぜか色も抜けましたけど」
それで髪の毛がくちゃくちゃなのか、と合点がいったので、そのことには触れないようにしようと心に決めた。本人に、気にしている雰囲気があったからだ。
「その後も、ダンジョンに入ると手足がピリピリして痛かったんですが、気にしないようにしたら治まりました」
「痛みを、無視した?」
「そうです。気のせいだって思いました」
「すごい」
指導官になるだけのことはある。
もちろん最初から、そういった立場なのだから、能力のある人なんだろうとは思っていたけれど。
私は彼女の意志の強さに感服した。
「結局、思いの力ってやつかもしれません」と、彼女はまとめた。「そのうち馴染んで、内側に留まるようになりますよ。しっかり手綱握ってください」
「そうですね、神鏑木さんのように……」
それが理想なのだけれど……と、口からこぼれた名前に、なぜか獅子戸さんはハッとしたようだった。
「技名……」
と、つぶやいた。
私には意味がわからない。
「名前ですよ、本田さん」
と、獅子戸さんはいつになく弾んだ声を上げた。
「能力を自在に操れるようになった人は、技の名前と形を決めていることが多いんです!」
それで私も、さっきのことを思い出した。
「神鏑木さんが言っていた狐火ですか?」
「そうです。彼は狐火と名付けた、小さな火の玉を出す、というイメージを明確に掴んでいるのです」
そういうことだったのか。
納得していると、獅子戸さんが付け足して言った。
「武術でも、技に名前があることで素早く正確に型を覚え、反復できるようになるという話を聞いたことがあります。本田さんの場合は、まずは『体の中に吹雪を押さえ込んでいるイメージ』に名前をつけるのはどうでしょうか」
光明が見えた、気がした。
「ありがとうございます。やってみます」
スノードームか保冷剤という言葉が浮かんだけれど、口に出したらまたジト目で見られそうなので黙っておいた。
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