第2章 第三氷結特殊班結成へ

第8話 相棒にイケメンは怖過ぎる

 嫌な予感はしていたのだ。


 昨日の夕食前の、突発的な検査のあと、獅子戸さんはこちらに一声もかけることなく、何かを考え込んでいる様子だったから。


 ここまできて、役立たずと放り出されるのはしんどいと思いながら、救護室に通されて体温や血圧の測定、固形の夕食、早めの就寝。


 そして今朝はまた看護師さんに検診を受けるところから一日が始まって、なんだかこれでは地球の平和を守りに来たんだか、泊まりがけの生活習慣病クリニックに来たんだかわからんなぁと、情けなさでいっぱいになっていたのだ。


 そこへ来て、支給品の黒ジャージに着替えてトレーニングスペースへお邪魔すると、爽やか筋肉悪魔の西園寺さんから、「あれ? 今朝は試験場に行かれると聞いてましたが?」と注意されて、まだ氷結魔法の発動前だというのに指先が冷たくなる思いだった。


 連絡きてたっけ?

 私、指示忘れてた?


 大急ぎで大倉庫へ駆けつけると、獅子戸さんの連絡ミスだったことが判明したのだが、本人はその場にいない。


 なぜか高梨医師から謝罪されてしまった。


「すみませんでした。あの、これ、お詫びということではないんですけど、役に立つかと思って発注しておきました」

と、軽い検診のあとにダウンコートを手渡された。


 ああ、やっぱり天使……いや、女神様かもしれない……お医者さんなんですけどね。カルテしっかり書き込んでらっしゃるし。


 しかしせっかく用意いただいたのはありがたいけれど、体内から冷えてきてしまうので、外套で事足りるのだろうか。


 そんな心配を抱えながらドアを開けた時だ。

 神鏑木かぶらぎれんなる青年がいたのは。


 歳は二十代中頃だろうか。

 この世代の人たちとは縁遠い。

 新入社員の女性は、こちらが恐縮するくらい空気を読むのがうまくて礼儀正しい。反面、いい子すぎて何を考えているかわからず、相談もしてこないので不平や不満、つまづきも見えない。そして突然爆発するイメージだった。


 しかし神鏑木くんは、わかりやすかった。


「え、この人も最高ランクなの?」

と、まさかのタメ口で、ガラスに向かって吠えている。


『そう伝えたでしょう』

「下腹出てるじゃん。俺こんな冴えないおじさん守んなきゃいけないの? 勘弁してよ……」


 ですよね、という感想しか出てこない。

 当方、大変申し訳なく思っております。


 扉を閉めて二人きりになった真っ白な試験室の中で、私は消え入りたい気持ちだった。ここはもうダンジョンの内部。じわじわと体温が低下していく。


『これはもう決定事項で、命令ですから、遂行してください』


 獅子戸さんのピシャリとした返答が続く。しかし、厳しい中にもどことなく親しみを感じるのはなぜだろうか。


『何度も言ってるけど、あなたが「サインしたのはうっかりだった」と言っている書類には国のために粉骨砕身働きますって書いてあったんです。契約違反するつもりなら出るとこでますよ法治国家ですから』

「っうるせーな……くそ……」


 彼は炎を操る最高ランクの能力者という紹介があって、消防士みたいな防火用の装備を身につけているのだが、私と違って自身の内側からかかる圧力をものともしていないようだった。


 リラックスしていて、いい意味で力が抜けている。上官の獅子戸さんに盾つくなど感情にも波ができていそうなのに、部屋が燃えたりしない。それどころか、室温が上がるわけでもない。


 それに比べて私はどうだろう。なんと貧弱なことか。せっかく能力を見出されたのに……


 ああ、だめだ。昨日もこれだった。

 後ろ向きなことを考えると体温が下がる……

 いや、体温が下がるから気持ちが後ろ向きになるのか……


 ガクンッ——


 と、体が急激に重たくなった。

 そう錯覚しただけかもしれないが、立っていられない。

 しゃがみ込んでしまうと、足元が凍り始めていた。


 どうしよう……


 思考が停止しかけたときだった。

 視界の先が煌々と明るくなったのだ。


 これが死後の世界なのだろうか。

 黄泉の国の彼岸から、生意気そうな青年の声がする。


「おい、俺まで殺す気か、おっさん」


 床から水蒸気が立っている。

 なんとか顎を持ち上げると、神鏑木さんの右手に火の玉が浮いていた。


 黒髪が、上昇気流で舞っている。


「え……」


 見る見るうちに小さな火の玉が生まれては、私を取り囲んでぐるぐると回る。


「このプロジェクト、あんたじゃなきゃ駄目なんだから、しっかりしろよな」


 あ、何その優しさ。恋しそう!


 まさかの胸キュンに倒れそうになったが、それは暑さのせいだった。


「あっつい! 待って、ダウン脱ぎます!」


 袖を抜こうとした私に、前から上から制止が入る。


「いや、なくなったら絶対寒くなってやばいから、脱ぐな」

『自力で制御できるようになるまで、神鏑木さんに温めてもらってください』


「はい……」


 おっしゃるとおりです。


 私はコントロールできないので、神鏑木さんが火の玉を小さくしたり遠ざけたりしてくれて気温調節してくれた。


 やっぱり情けない。


『少し休憩しましょう』

と、スピーカーから獅子戸さんの声がして、へとへとの私の後ろで神鏑木さんがドアを開けてくれた。彼にとっては軽い運動程度にもなっていないようだった。


 上階にあたる地上の倉庫に戻って、ベンチにどっと腰を下ろす。

 その隣に、不意に人影が現れて座った。


 獅子戸さんだった。


 

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