第6話 指導官に年下美人は緊張過ぎる

「本来なら今朝到着してすぐにご挨拶すべきだったのですが、色々と片付ける仕事もあって失礼しました」


 ギャルっぽい印象を吹き飛ばす、社会人らしい挨拶と目礼だ。私は感動して会釈を返した。


 が、次の瞬間、彼女は元の姿に戻ったかのように、ズケズケした物言いになった。


「走れますか?」


「いや、それはまだ……」

と、たじろいだところに追い討ちをかけられる。


「急いで回復してください。あなたがいないと成り立たないので」


 語気は強いが期待されているような言葉に高揚もする。


 態度を取りかねて困惑していると、獅子戸ししどさんは「こっちへ」と、私をテーブルとベンチシートのセットへ促した。


 向かい合って席に着く。

 彼女は両腕をテーブルに組んで置き、神妙な表情になった。


「あなたの能力は、検査官たちが『氷結魔法』と呼んでいるものです。とても珍しく、あるプロジェクトにとって、どうしても必要なものなんです」


 私がぼんやりしているように見えたから、事の重要さを説明したかった、という感じだ。


「ただ、の能力はゲームと違ってボタンを押せば出るということではないし、呪文が決まっているわけでもないので……」

と、そこで言葉を切って、注釈を入れた。

「私も能力者です」

「え、そうなんですかぁ」


 驚きと感心で、大きく「へー」と、素直な感嘆詞が漏れる。


 それをどう受け止めたのか、獅子戸さんはさらに表情を固くした。


「ちゃんと地下でも実践経験もあります。年下の指導官なんて嫌でしょうけど、我慢してください」


 いけない、誤解されている!


 嫌がったり見下されていると感じたのか、獅子戸さんからピリッとした空気が流れてきた。目つきや声色が違う。


 急いで解かなければ……!


「ぜんぜん嫌なんてことないですよ。年下上司は日常ですし。っていうか能力者さんに会うのが初めてで、緊張しちゃいますね。獅子戸さんのは、どんな能力なんですか?」


 親しくないから敬語で距離を確保しつつ、柔らかい口調で微笑みを絶やさない。おじさんが嫌われないためには細心の注意が必要だ。


 獅子戸さんは多少口ごもりながらも答えてくれた。


「……発電です」

「発電ですか。それはすごそう」


 獅子戸さんはまだピリついている。


「あなたの氷結魔法に比べたら大したことありません」

「そ、そうなんですか……」


 なるほど、こりゃ失敗したな。


「いいですか」

と、獅子戸さんは念押しするように私の注意を引いた。


「『あるプロジェクト』と言いましたが、この際、先にお伝えします。あなたにやってほしいことはです」


「生け捕り……!」


 だから私の能力が……


 合点がいった私の前で、彼女は説明を続けた。


「研究のためには、生きた個体が必要なんです。そのためにいろいろな方法が試されたのですが、氷漬けが一番でした。研究所がダンジョンの表層階に作られているのも、そこまで運べばよい、ということです」


 今日まで様々な実験や研究が行われていた、ということだ。感心すると同時に、いかに自分がこの界隈に興味を持ってこなかったかと思い知らされる。


「地下迷宮対策部には『氷結特殊班』という部隊があって、現在二班が稼働しています」

と、続く説明に、私は疑問を挟んだ。


「あの、それって、氷結魔法が使える人は、今のところ二人しかいない、ということですか?」


「全数はもっと多いですが、どれも出力不足です。二班とも数人で対応しています。ですが、昨日の精密検査結果を見るに、あなたの出力なら一人で十分のようです」

「いやぁ、なんだか恐縮です……」


「しっかり訓練を受けてください。いくら能力が高くても、毎回倒れられていたら話になりませんから」

「宝の持ち腐れってやつですよね。がんばります」


 私は彼女にも気づかれない程度にさらっと切り返した。傷つけようとしてくる言葉や嫌味はすぐにわかる。そういう時は、やり返す……というわけではないけれど、自分なりに言い返すようにしていた。やられっぱなしは心に悪い。


「……頑張ってください。本田さんの状態を確認してチームメンバーを決める予定なので、しばらくモニターさせてもらいます」

「はい。よろしくお願います」

と、返事をしたはいいけれど、獅子戸さんはこんなおじさんが最高ランクなんて気に入らないのだろうか、それとも私に覇気がないのがいけないのだろうか。


 なんにしても一朝一夕には打ち解けられないようだ。


 その上、立ちあがろうとして、固定されたベンチと机に阻まれ、おたおたしてしまった。


 恥ずかしいやら情けないやら。

 できることなら最高ランクを返上したい。誰にどう返せばいいのか知らないけれど。


「えっと……、じゃあトレーナーを紹介しますけど、大丈夫ですか?」

と、獅子戸さんにも不審がられてしまった。


 立ち上がった彼女は背筋がしゃんと伸びている。自信に満ちた目で堂々と話すのだから、立派な人だと思う。


 そんな人が指導官についてくれたのだから、とても心強いのは確かだ。


 これはなんとか可愛がってもらいたい。

 そのためには、きちんと仕事をしなければ。


 私の仕事は氷結魔法を操って、モンスターを一人で生け捕りにすること。


 チームの役に立てれば、もう少し優しくしてもらえるのではないだろうか……


 この見積もり、甘いかな……?


 

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