第5話 私のための特殊部隊

 目覚めると、私はベッドの上だった。

 痛痒さに腕を見れば、点滴されている。病院か?


「気がつきました?」


 聞き覚えのある声は、高梨さんのものだった。


 返事をしようにも瞬きするのがやっとで、彼女の「動かないでください」の指示に私は諦めて全身から力を抜いた。


 彼女は私に繋がった計器を眺めてメモを取りはじめる。


「だいぶお疲れですね。能力者の方が初めてダンジョンに入ると、みなさんそうです。とにかく体力第一なので、これから鍛えてください」


 医者の無慈悲というのか、システマチックにチャキチャキと説明されたが、今の私の耳には入ってこなかった。頭に浮かぶことといえば、「喉乾いた」くらいなものだ。


 何気なく病室内に目をやって、ここが「室」ではないことに気がついた。


 半透明なビニールカーテンで仕切られているだけで、目を凝らせばうっすら透けて見える向こう側は……、倉庫だ。おそらくあの小さい方の倉庫だろう。


 瞬間的に野戦病院のようだと思ったが、素人にはわからないだけで、このビニールの仕切りもなるべく無菌に状態になるよう工夫されているのだろうし、機器の物々しさは本物の病院と遜色ないように思われる。


 ベッドが等間隔に三台ずつ、二列に置かれているところなんか、まさに病院の大部屋だ。


 高梨先生はペンを白衣の胸ポケットにしまった。


「明日、本田さんの指導官が到着します。あとはその人に聞いてください。宿直がいますから、何か不調があればいつでも呼び出しボタン押してください」


 最後にニコッと微笑まれて、こんな状況だというのに、それでも美人医師に優しくされたと心踊ってしまう。


 なんともダメなおじさんだ……


 情けない気持ちが湧き上がってくるが、なにより身体中の痛みが勝ってあっという間に眠りについてしまった。


 その後、初めて会う顔の男性看護師に夕食で起こされ、お粥と味の薄い大根そぼろあんかけを食べ、うとうとと眠ってしまうと、次は周囲の明るさと騒々しさで目が覚めた。


 点滴等に繋がれていて身動き取れないが、何が起きているのだろう……


「おはようございます」

と、昨晩の男性看護師が爽やかに入ってきて、朝の検診。


「本田さん、体温が戻りましたよ! ほら、三十五度七分。まだ低いですが正常範囲です!」

「本当ですか。ありがとうございます!」


 喜ばれると、ついお礼を言ってしまう。


「もうすぐ朝食なので、たくさん食べて元気つけてくださいね!」

「はい!」


 三十歳くらいの細マッチョな看護師さんとキャッキャして、朝食のお粥をいただく。柔らかい食べ物は好きなので苦ではない。ほうれん草のおひたしと具のない味噌汁もついてきたし。昼食には固形のおかずも出してもらえた。


 点滴も外れ、こっちの倉庫の中なら自由に出歩いていいと言われたので、さっそくちゃんとしたトイレを利用しに行くことにした。


 ベッドの仕切りカーテンの中で、用意された白いTシャツと黒いジャージにこそこそと着替え、スリッパをつっかけてビニールカーテンをくぐる。


「わ、こんなふうになってたんだ」


 すぐ目の前は療養者のためのリビングダイニングという感じで、大きなテーブルとベンチシートがひとセット置いてあった。床に固定されているタイプのようだ。


 目指すお手洗いはその先。

 コンテナのような見た目だが中は洒落ていて、立派な水洗だし、シャワー室もついていた。建設会社社員のさがでついあちこち覗いてしまう。


 覗き見ついでに改めて倉庫の中を見回すと、昨日最初に通されたプレハブのミーティングルームは倉庫のほんの一カ所にあるだけで、半分はトレーニング施設だった。


 朝から騒々しいと思っていたのは、ずっと数人の男女が入れ替わりトレーナーにしごかれている音だったのだ。


 ジムならお馴染みのランニングマシンやフィットネスバイク、ダンベルも積まれている。身震いしそうなほど本格的だが、なによりも、それらが丸見えだということが問題だ。


 そう。視線を遮るものが何もない。


 これでは倉庫のどこにいても……、いや、シャッターが開いていれば、場所によっては外からだって観察できるんじゃないか。


「もう一度!」

「よし!」

「次行きましょう!」

 威勢よく声をかけ、いい汗をかいている男女。


 私もあそこに仲間入りするのか……

 丸見られの世界へ……

 思わず下腹を触ってしまう。

 この、ちょっともにゅっとした感覚……


 その時だった。


「動けるようになったんですね」


 急に背後から声をかけられた。

 慌てて振り返ると、見知らぬ女性が立っている。


 というか、彼女がだいぶ小柄だったので、一瞬どこから声がしたのか探す感覚だった。


 視線が下に降りる。


獅子戸ししどです」

と、名乗った彼女は一五〇センチくらいだろうか。小さいし、若い。額がピカピカしている。


 だが片側の肩の上でまとめた明るい茶髪は、傷んでいるのか出鱈目にうねっていて、それが全体の印象を若々しくしているだけで、よく見たらそんなに若くないかもしれない。


 上はオーバーサイズの黒ジャージ、下はランニング用っぽい黄色いラインの入った黒いスパッツで、足元はアーミーブーツみたいなのを履いている。


 どこの獅子戸さんだか知らないが、心身が弱っている時に会いたくない無愛想な雰囲気の人だった。


「あ、申し遅れました。私はこれから設置されるチーム指導官です。よろしく」


「わた、しの……?」


 

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