第3話 衝撃のCHIBA
まさかの不吉な予感が頭をよぎると同時に、エレベーターはエントランス階に到着した。
チン——……
遠景にロビーの景色がひらけるや、目の前には黒ずくめのスーツを着た四人の男の姿があった。一歩踏み出すと、彼らに行く手を邪魔される。
見るからに怪しい。が、お客様や取引先なら粗相はできない。
一応ほがらかな笑顔を向ける。
「あの、受付けはお済みですか? どちらのフロアにご用で……」
「本田唯人さんですね。お迎えに上がりました」
と、一人が名刺を差し出した。問答無用という押しの強い声色だ。
塞がった手でモタモタしていると、別の男性が通勤カバンと花束を引き受けてくれた。
「ありがとうございます」
二人に礼をして、名刺を拝見。
防衛省……地下迷宮対策部……?
「こちらへ」
男たちに囲まれて、微笑む受付嬢の前を通り過ぎて、仰々しい黒いワンボックスカーに乗せられる。地味に誘拐された気分だ。膝の上に置かれた豪華な花束が場違いなくらいだ。
車にはあまり詳しくないが、アルファードだろうか。シートが背中に吸いつくようでめちゃくちゃ気持ちいいけれど、ちっとも生きた心地がしない。
窓も黒塗りで、発進しても最初の信号を曲がった後は、どこを走っているのか皆目見当もつかない。
喉が渇いてきた。
四人のうち、一人が運転席でもう一人が助手席。二列目の私の隣に一人座って、最後の一人は三列目だった。スーツの上からでもわかる恰幅の良さと額の知的さ、目つきの冷たさが、彼らを並大抵な人物ではないと物語っていた。
怖い……。
下手したら、この道中で殺されるんじゃなかろうか。
馬鹿げているかもしれないが、そんな妄想さえ浮かんできて、シートと接した背中や桃の裏側にじっとり汗をかいてきた。
「いいお天気ですね」などと話かけても誰も答えてくれないので、手持ち無沙汰もいいところだ。時計ばかり見ていたら、到着まで二時間ほどだった。
サイドブレーキが引かれ、エンジンが止められる。
外からドアを開けられたので、促されるままに車から降りる……と、そこは一面、のどかな田園風景だった。
「こ、ここは……?」
てっきり厳重な囲いの立派な軍事施設を思い描いていた私は、いささか拍子抜けの感情を覚えた。
空は抜けるような青空で、遠くなだらかな山の尾根が曲線を描いて連なっている。頭上にはすっと糸を引いたように電線が細く走っていて、もちろん、それを支える電柱も、曖昧に舗装された路肩に足元を雑草にくすぐられながら立っていた。
私ともう二人を降ろした車は、他に用事があるのか、その場を去っていく。
と、車に邪魔されていた公道からの引き込みと、その向こうに並んで建つ大小二つの倉庫が目に入って、私は思わずそこに書かれた文字を音読していた。
「JA……」
完璧にマークが入っている。
いったい、これは……?
横に立つ黒ずくめの男たちは、説明なしで先に立って倉庫に向かう。あれが目的地で間違いないようだ。
片方の男性が、律儀に私の花束を抱えてくれていた。
「あのー、その花なんですが……」
この先に生けておくところはあるのだろうか。私が帰るまでどこかで保管されるのだろうか。待てよ、そもそも今日中に帰れるのか。
一つ質問しようとしたが、次から次へと疑問が浮かんで、私の頭はこんがらがった。
「差し上げます!」
思わず提案すると、男の口元が歪んだ。なんとなく笑いを堪えているように見えた。
その時だった。
「私が預かりますよ」
と、正面からいきなり女性の声がした。
体ごとそっちへ向けると、いつの間にか小さい倉庫の前に白衣を羽織った美女が立っていたのだ。
歳の頃は三十半ば、化粧っけもなくひっつめ髪だが、目鼻立ちが整っていてスラリと背の高い。
こんな状況でなければ見惚れてしまったかもしれないが、こんな状況じゃなければ話しかけようとも思わなかっただろう。お互いに。
「本田さんですね。お待ちしてました。私は医師の高梨です。どうぞこちらへ」
そう言って、彼女はくるりと踵を返してスタスタと歩き出してしまった。
農協へ向かって。
ダンジョン、モンスター、光る石、花束、黒ずくめ、防衛省の名刺、アルファード、田んぼ、農協、美人女医……
だめだ。全然繋がらない。
しかしついていかないわけにはいかないし、隣の黒スーツの二人は無言で圧力をかけてくる。
倉庫の規模は、小さい方がいわゆる学校の体育館程度で、大きい方はその二倍以上ありそうだった。トラック一台がすんなり出入りできそうな入り口がいくつも並んでいるが、そのほとんどのシャッターが閉まっていた。
「こっちです」と、強く誘導されて、私は行儀悪くキョロキョロするのをやめた。
小さい倉庫の通用口から足を踏み入れると、中には簡易的なオフィスがあった。後付けされた喫煙室か休憩所のような、四畳半ほどのプレハブユニット。
高梨さんがさっそく「どうぞ」と、そのドアノブに手をかけたので、私は倉庫内部を他に見る間もなかった。
小ぶりなミーティングルームとでもいえそうなスペースで、彼女と私は面接でもするように、机を挟んで腰を下ろした。
「退屈でしたよね。二時間ほどですか」
と、ペットボトルのお茶を勧められ、やっと人間らしい会話ができたことに安堵して喉を潤す。
「飲みながらで結構ですので聞いてください。ご覧のとおり、かつて農協だった倉庫をそのまま利用しています。驚かれたでしょう」
「ええ、少し」
嘘だ。かなりびっくりした。
高梨さんは微笑みを浮かべて、続けた。
「ここは現在『千葉県地下迷宮対策部』の本部です」
地下迷宮対策部、
千葉県——……!
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