第1章 防衛省地下迷宮対策部へ
第1話 今日からいきなり最高ランクおじさん
「次の方ー」
大会議室にずらりと並ぶ、スーツ姿の男女。
ここは我が中堅建設会社本社ビルの四階。並んでいるのは私と同じ六階勤務で管理本部の面々だった。
日々共に働く同僚たちなので、それぞれ前後で「面倒ですよねぇ」とか「戻ったら会議か。間に合うかな」とか話しているが、どの顔もソワソワと落ち着きがなかった。
私もその一人だ。そもそも列に並ぶという行為が苦手だし、最近は運動不足で長時間立つというだけでつらい。
気がつけば四十二歳。立派な中年男、おじさんだ。
下手したら老害の域に達する。
列の終着地点に置かれた長机には、『全国能力者一斉テスト』の垂れ幕が下がっていた。
一人二秒。
次々進んでいく。まるで流れ作業のワクチン接種。
時折長机から光が放たれるが、それは〝合格〟の合図で、当事者は衝立の奥へ連れて行かれるようだった。チラチラ見える様子から、用紙になにやら記入させられているらしい。
全国能力者一斉テスト——
それは、国民の義務だった。
列が動く。
人が流れる。
前方が減り、振り返ると最後尾に三階の建築本部の人が並び始めている。
目の前の次長がテストを受けて、何も起こらず苦笑いで私を振り返り「あー、終わったぁ」と去って行った。
私の番だ。
私はなぜかスーツの襟を直していた。こんなことでも緊張する。
「次の方」
ふくよかな係員の女性が、満面の笑顔で迎えてくれた。黒っぽいスーツで、手には消毒スプレーと布巾。
係員は彼女以外に、横で控えている人や列の誘導員など全部で五人。派遣だろうか。などと、どうでもいいことを頭の片隅で思う。
机上には、真綿の上に小さな溶岩石……のようなもの。
私は軽く会釈した。
「お願いします」
「はい、軽く触ってください」
テープレコーダーのように繰り返される言葉が、私にもかけられた。
彼女にとっても流れ作業なんだな、と思いながらも、言われるままに右手で石に触れる。
なんの変哲もない、冷たい石ころ。
だが、次の瞬間、異変が起きた。
ピカァ——……ッ
いきなり眩い光が溢れ、私を、係員を、長机を、大会議室を包む。
思わず目を閉じ、顔を背けるほどの強い光。
「こ、これは……?」
すぐに収まったものの、あまりのことに故障したのかと、眩んだ目のまま係員全員を見回す。
瞬間的な静寂のあと、騒ぎが起きた。
係員が一斉に、どこかへ電話をしたりメールを打ち始めたり。
唯一呆然としていたのは、私を迎え入れてくれたふくよかな女性で、目が合うと、「最高ランクですよ!」と、我に返ったように声を弾ませた。
「お名前は?」
彼女の手元には私の受検票があるのだが、それもわからなくなるくらい興奮している。
「本田です。本田
「本田さん! 本当におめでとうございます!」
祝われて初めて、これはめでたいことなのだと知った。
未知のモンスターを倒しに行くことの、何が喜ばしいのだろう……
そう思っていたのに、私は生まれ持って他人の感情に左右されやすい性格なので、係員の女性と一緒になってピョンピョン跳ねてしまった。
「それじゃこちらの記入用紙に」
と、横から冷静な声をかけられて現実に戻ると、周囲から痛い視線を浴びていた。
ええっと……
で、これは……?
私、本当にダンジョンに入って、モンスター倒すんですか……?
アラフォーなのに……?
業務は……?
五年前、突如として世界にダンジョンが現れた。
地下迷宮らしいが、詳しいことは一般庶民にはわからない。
恐ろしいことにダンジョン内にはモンスターが生息し、それらに人類の武器がほとんど効かないのだという。各国がそのことに気がついたのはダンジョン出現からほんの数日後のことだった。
しかし同時に、人類にはダンジョンの中で発動する超能力が芽生えた。
武器が使えなくてもモンスターを倒せるだけの能力。
それは、怪力であったり魔法のように見える何かであったり、現れ方はさまざまで、力の強弱も個人差があった。
一見しただけで攻撃力の高いものもあれば、何に使えるのかわからないような能力もあるそうだ。
いずれにせよ、危険な敵を倒すには能力者に頼るしかない。
だが、残念ながら誰でも能力者として覚醒するわけではなかった。
年齢や性別、元々の体力や運動神経とも関係がない。すでに能力に目覚めた人を集めて統計を取っても、見事にバラバラ。というよりも、まずはサンプル数が圧倒的に少ないという。
ダンジョン内の特殊な石を使った簡単なテストで能力者を発見することができるとわかったのは、最初のダンジョン発見から二年足らずのことだ。
その入り口は、もちろん日本にも出現した。それも両手で数え切れないほどのダンジョンが、一斉に禍々しい口を開けたのだ。
日本政府は国民の安全のために『全国能力者一斉テスト』を実施し、十八歳以上の健康な男女が学校や職場、役所で検査を受けることになった。まさにしらみ潰しに能力者を探している。
そしてボランティアという名の徴兵が行われているのだ。
テストは単純かつ明快。ただ〝ダンジョン石〟に手をかざせばいいだけ。素質があれば、その小さな石が光り輝いて教えてくれるという。
そんな馬鹿な、と思っていた。
周囲で覚醒した人など聞いたことがない。宝くじに当たるようなものだ。
しかも当たりを引いても危険なモンスター退治に駆り出されるだなんて、貧乏くじだ。
私は一斉テストをそんなふうに見ていたし、まして自分がそれに該当するなんて夢にも思わなかった。
それも、なんだか知らないが〝最高ランク〟だなんて。
きっと何かの間違いだ。
これから詳細に検査されて、「すいません、石が不調だったようで」と言われるに決まっている。
こんな、メタボ気味の趣味なし金なし万年平社員のアラフォーおじさんが能力者なんて……!
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