第2話
ふと正夫は、ユリに自分の将来の事を占ってもらいたくなり
『ユリ、俺たちこのまま、上手く行くんやろか?占ってみてくれん』
『その事に関しては、占わない方がいいわ』
『何故?』
『それは、占いの世界のタブーなのよ。私自身の未来を知ってしまうから。だって私は、チューリップなのよ。ある時期が来れば散ってしまうのよ』
正夫は、しばらく悩んだ後
『ユリ、悪かった。余計な事、考えさせてしまって。ごめん』
そんな時
「すいません」
『ほら来た』
「えっ、どなたですか?」
そこには、一週間前に占った女性の姿が。立花かおりは、ものすごい笑顔で立っていて
「先生、当たりました」
「先生って?」
正夫がキョロキョロすると、立花が正夫を指差して
「先生の事ですよ」
「お、俺?」
「そうですよ。先生の言われた通り、私の上司は、私以外にたくさんの女性を誘惑してたらしくて、セクハラで北海道へ左遷されました」
「そう、良かったネ」
正夫は、ユリの方を見て、喜びを爆発させた。正夫は飛び上がって、ユリと握手しそうになるのを、かろうじてこらえた。
「それで、お礼と言ってはなんですけど、友達をたくさん連れて来たんで、占ってくれますか」
正夫は、にやけそうになる顔を、なんとか
こらえて
「いいですよ」
あまりに立花は嬉しかったのか、職場の同僚や友達に紹介してくれたせいで、毎日数人のお客さんが、来てくれるようになった。しかし、他の部屋の占い師たちは、面白いはずがない。正夫の部屋だけが繁盛して。
「えらい繁盛してるな。新人さんのとこだけ」
「俺らの部屋は見向きもせんと、いちばん奥の部屋へ真っ直ぐ行くもんな」
正夫の隣りの部屋の占い師が
「俺、壁越しに聞いてみたんやけど」
「どうした」
「それがあいつ、客ないない時、ずっと独り言言ってるんや」
「なんて」
「それが、ユリのお陰やって」
「それで」
「それで、あいつがトイレに、行ってる間に、こそっとあいつの
部屋を覗いたんやけど、誰もおらんと、チューリップの鉢があるだけやったんや」
「あいつが繁盛してるのは、占いが当たってるからやろ」
「そうやろうな」
「何で占ってるんや」
そこで、老占い師が
「最初にここへ来た時、私自身って言ってたけど」
「つまり、何も必要ないって事?」
「超能力」
「そんな奴、本当にいるんか。みんなネタがあるやろ」
「わからんなぁ」
ベテランの占い師が、正夫の隣りの占い師に向かって
「おまえ。もう少し、壁越しに聞き耳立てて、情報取ってくれ」
「了解です」
それからというもの、正夫の隣りの占い師は、仕事がない時は、いつも正夫の部屋に聞き耳を立てていた。
正夫は、ユリのお陰でようやくまとまったお金を手に入れたので、思い切って嫁に報告とお金を渡すことにした。結婚してすぐに正夫は、商事会社をリストラされて、それから半年ほど、嫁の世話になりっぱなしの生活を送ってきた。そんな嫁を喜ばせてやりたい、ただそれだけだ。
嫁より早く帰宅した正夫は、テーブルにお金の入った封筒を置くと、すぐその後、帰ってきた嫁は、テーブルの上の封筒を見て
「この封筒は?」
「さあ、開けてみて」
嫁が封筒を開けてみると、一万円札が十枚入っていた。
「どうしたの。このお金」
「どうしたと思う」
途中からユリが
『私のことは、言っては駄目だから。絶対に信じないから』
『何で』
『奥さんの心の中を読んだの』
『そうか、わかった』
嫁は、正夫の顔をじっと見つめ
「まさか、悪い事をしたお金じゃなでしょううね」
「そんな事出来る男だと思う」
「うーん。じゃあ、どうしたの」
「占いをしたんだよ」
「あなたが」
「そうだよ」
嫁は、正夫の顔をじっと見つめ
「うそ。正夫君が、占いなんて出来る訳がないじゃない」
「それが、出来たんや」
「うそ」
「うそじゃない証拠に、そこにお金があるやろ。俺が占いで稼いだんやから」
嫁が首を傾げているんで
「本当やってば、信じてくれよ」
「じゃあ、今の私の心の中、当ててみて」
「よし」
正夫は、嫁と反対方向を向いた。そこには勿論、ユリが
『ユリ、頼むで』
『任しといて』
『奥さんは正夫君の事、信じてないけど、十万円の使い道は考えてるわ。何処か、二人で旅行でもしようと思って』
『えー、もうそういう事、考えてるんか』
正夫は、嫁の方に振り向いて
「えっへん、俺と何処か旅行に行こうと思ってる」
「何処へ」
『ユリ、頼むで』
正夫は、今度は振り向かずにユリに。
『できたら海外に行きたい所だけど、長い休みはとれないので、九州でも』
『ユリ、ありがとう』
「九州」
「えー、当たったわ。すごーい、いつからそんな事が出来るようになったの」
「それが、突然」
嫁は、正夫の額に手を当てて
「熱はなさそうね」
「あっ、当たり前や」
正夫と嫁のやり取りを見ながら、ユリは
『あー、退屈』
「まぁいいわ。正夫さんが働いてくれるようになって。あんまり、期待はしてないけど」
「期待しろよ。正夫の事をよ」
正夫は、自分の胸をドンと叩いた。
「たまたま適当な事を言ったら、当たったんだと、思うから」
「俺を信じろ」
「ハイハイ」
『ユリ、どう思う?』
正夫は、後ろのテーブルの上にいるユリに振り向くと
『妥当な線ね』
「ま、まあ。明日から頑張るわ」
「今日は、外食しよ、俺が奢るから」
「うん」
正夫は、嫁を連れて近所の居酒屋へ行って、本当に久しぶりに、正夫のお金で支払いを済ませた。
しかし、正夫は忘れている。花は、いつか散る事を。
正夫の隣りの部屋の占い師は、仕事のない時は絶えず正夫の部屋に聞き耳を立てているが
、正夫が独り言をしゃべっているようにしか
考えられない。
「おかしいなぁ、絶対に種があるはずやねんけど」
「そういえはあいつ、よく花屋からアンプル剤みたいのを買ってきてるで」
「と言うことは、あのチューリップの鉢に何か秘密があるんとちゃうか」
占い師たちは、顔を見合わせ
「そうかもしれんぞ」
「けどあいつ、ユリって言ってたぞ」
「うーん」
老占い師が
「チューリップやけど、ユリという名前やったりして」
「へんな奴やなぁ」
「けどその、チューリップの鉢がどうしたというんや」
「そのチューリップの鉢から、超能力が出てたりして」
「そんなアホな」
「けど、そうやとしたら」
老占い師が
「そうかもしれんぞ」'
「あのチューリップの鉢を、盗もうか」
売れない占い師たちは、とんでもない事を考え出した。
そして正夫が
『ユリ、缶コーヒー買ってくるわ』
『行ってらっしゃい』
そのわずかな間に、正夫の隣りの占い師が、ユリを持って逃げようとして、謝って鉢を落としてしまった。
「あっ」
何も知らない正夫が、占い部屋に帰ってくると、ユリが
『痛いよう』
と、地面で這いずっている。
『ユリ』
正夫は、根毎ユリを抱き抱え、ユリに頰ずりをしながら、顔を土だらけにしたまま
『すぐに鉢を買いに行こう』
と、そのまま駅前の花屋へ行き、ユリの新しい鉢に入れると
『正夫君、ありがとう』
正夫は、もうユリに惚れ切っており
『ここに居たら、ユリが危ないよ』
『けど、やっとクチコミでお客さんが増えて来たから、今更他の場所へ移れないでしょ』
『けど』
『大丈夫よ』
『じゃあ、ユリをいつもカバンに入れて、片時も離さないようにするよ。それなら、いいだろう』
『正夫君、ありがとう』
『どういたまして 』
また、正夫はユリに頬ずりをした。するとユリも花弁を正夫にすり付けた。
盗難騒ぎが、ひとりと一輪の、愛情を増幅させたとでもいうのだろうか。
盗難騒ぎがあってから、正夫は占い師の連中を信用しなくなり、挨拶も交わさなくなってしまった。それどころか、ユリに危害を与えようとしたくらいなので、むしろ憎んでいると言っても、いいくらいだ。占い師の連中も正夫が事件後、片時もチューリップを放さないのを見たら
「やつぱりあのチューリップの鉢が、あいつの占いの種やってんな」
「借しい事したな。あの鉢さえ取ってたら」
「けど、あの鉢をたとえ取ったりしても、種がわからんから、結局一緒やと思うけど」
「そんな事言ってしまったら、見も蓋もないやろ」
「それもそうやけど」
占い師の中で、今まで黙っていた老占い師が
「あの男が、ここに居ては皆さんにとって、良くないのかな」
「そういう事では」
「あのひとの占いが、流行ることによって、私は勿論、あなたたちに占いを受けに来るお客さんも、いるんではないですか。あのひとに占ってもらおうと思ってここへ来て、行列が出来ているので、仕方ないと言っては語弊があるかもしれませんが、お客さんが私たちの所へ、占ってもらいに来ているのは事実でしょ。実際、私の所はお客さんが増えてますよ」
「その通りなんですが」
「種なんで、どうでもいいじゃないですか。お互いお客さんが増えているなら」
「は、はぁ」
「鉢を盗もうとしたひとは、何方ですか」
「わ、私です」
正夫の隣りの占い師が、手を上げた。
「あなたですか。たとえ、他のひとに踊らされたとしても、盗もうとした事は事実ですから、あのひとに謝ってきてはどうですか」
正夫の隣りの占い師は、皆 の顔を見回すと、皆頷いたので、渋々
「謝ってきます」
と。
お昼休みに、正夫の隣りの占い師は、正夫の部屋へ行って
「あ、あの」
正夫の隣りの占い師か顔を見せると、正夫は凄い顔で睨み付けて
「何か、ご用ですか。私は、何も話す気はありませんが」
するとユリが
『謝りに来てるわよ。このひと』
『えっ』
『まっ、いいじゃない。鉢が、割れただけだから』
『ユリ、ええんか。。こいつかもしれんぞ。ユリに痛い思いをさせたのは』
『いいのよ。気まずいままじゃ。ここに居られないじゃない』
『それもそうか』
正夫は、ユリに言われて、急に手のひらを返したように。柔和な顔になった。すると、正夫の目が、シワのようになってしまう。正夫の隣りの占い師は、その正夫の顔を見て、ホッとしながら
「あっ、あの先日はすいませんでした。あまりにそのチューリップの花が、美しかったので、自分の部屋に持って帰ろうと思いまして」
『嘘付け』
『まあまあ』
『そうでしょう。美しいとしか、言い様かないんですよ。この花は』
ユリは
『まぁ』
と、花弁を赤らめた。
『わざとらしい事、言いやがって』
「えっ、何か」
「いえ、何も」
と言って、正夫が黙って手を出すと、一瞬キョトンとした隣りの占い師は、あわてて正夫と握手を交わした。
『これで良かったかな?』
『上出来よ』
『うん』
『さぁ、これからまたお客さんが来るわよ。正夫君、頑張ろうね』
『うん』
そこへ親子二人、三十代後半と思われる男のひとと、五歳くらいの娘と二人が来て、男のひとが
「すいません。人伝に聞いたのですが、私はこの子が幼い時に、嫁に死なれてしまって。五歳になるこの子がそれ以来、口を聞かなくなり今に至ってるんですが、私には今、結婚相手が出来て。そのひとも娘を大事してくれるというんですが、この子の気持ち次第なんです。この子がいいというなら喜んで結婚するし、嫌というなら別れても構いません。全ては、この子の思うようにしてやりたいんです。しかし、この子が口を開いてくれないので、この子の気持ちがわかりません。どうか、この子の気持ちを占ってもらえませんでしょうか」
その娘は父親の横で、じつとしている。目鼻立ちのはっきりとした、髪の長い女の子で
「わかりました」
早速、正夫はユリの方を向いて
『ユリ、難しいお客さんが来たぞ』
『大丈夫よ』
『けど』
『私に任せて』
『うん』
『お父さんは、本当にこの子の事を心配しているわ。ただでさえお母さんが亡くなって口を聞かなくなったのに、再婚して、もっとこの子がひどくならないかと』
『娘さんは?』
『ちょっと待って』
『・・・』
『この子は、今でも死んだお母さんの事をずっと忘れないでいるわ。よっぽどお母さんに愛されていたのね。お母さんが亡くなって、口を聞けなくなったのよ。お父さんには悪いけど、再婚なんてしたら、この子の気持ちは今よりずっと、沈んでしまうわ』
『わかった。ありのままを話すよ』
『その方がいいと思うわ。この子にとって』
正夫は、お父さんに向かって
「お父さん、正直に言いますよ。この子にとって、亡くなったお母さんの存在は限りなく大きかったみたいです。まだお母さんの事を忘れないでいる。それなのにお父さんが再婚などしたりしたら、この子は、いずれ近い将来に自殺するかもしれません」
「やっぱりそうですか」
「残念ですが」
「いや、いいんです。そうだろうと思ってました。死んだ女房は、この子を生むのは難しいと医者に言われたのに、産みたいと言って。それで産後の日達が悪くて、この子が生まれてまもなく亡くなったんです。それでスッキリしました。私は、この子と二人で生きていきます。ありがとうございました」
お父さんが、正夫に頭を下げると、女の子も何か感じたのだろう、頭を下げた。そしてその親子は、手をつないで帰っていった。
『あれで良かったんだよな』
『正夫君、よくやったわ』
『あの子、口を聞けるようになるやろか』
『お父さんの、あの子に向ける愛情次第よ。他人は、口を出してはいけないわ』
『そうやな。けど占いって、辛い事を言わなあかん事もあるんやな』
『そりゃそうよ』
『俺には、ユリが居てくれるから、間違った占いをしてないけど』
『当たるも八卦、当たらぬも八卦と、言うじゃない』
『この占い部屋の連中は、どうなんやろう?いい加減な事は、してないと思うけど』
『ひとはひとよ。同業者を、悪く言ってはいけないわ』
『ごめん、これは禁句やったな』
『そうよ』
しかし、ひとりと一輪の愛?と言える関係にも、やがて別れが訪れる。
花は、所詮散るものなのだ。その日は、突然やってきた。
正夫は、いつものようにユリを窓辺に置いて、嫁と寝ていると
『正夫君、正夫君』
と、ユリの声が。正夫がガバッと起きて、ユリの方を向くと
『さよなら正夫君。来年また、花を咲かせるわ。それまで元気でね』
と、ユリの声が聞こえたと思い、窓辺のチューリップの鉢を見ると、ユリは散った後だった。
嫁が、小さな寝息を立てている横で、正夫は、男泣きに泣いた。そして正夫は決意する。
『俺は、ユリに頼ってばかりやったんや』
(夢を見ていたんや、俺は)
『ユリ、ありがとう。明日から、俺は頑張るよ』
天に向かって、正夫は誓うのだった。
ゆりと正夫 赤根好古 @akane_yoshihuru
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