第15話 (私と少年A)どっちが悪党か ?
掃除が終わり、私はトイレに行ってから寺務所へ戻りました。すると、その途中、応接室の窓越しに、少年が○○部長と話をしているのが見えました。
私の席に戻り、もう一度、彼の「創作日記」を読み返していると、○○部長が来て、無表情で少年の面倒は見なくてもいいから、と伝えられました。
さすがわA君、即座に反撃するところは、世慣れています。ただの世間知らずの自閉症児ではありません。私としては、また一人で気楽にできるので安堵しましたが、当然、「バカ坊主・クソ坊主」はA君から部長に伝わっているはずです。それはその時の部長の無表情を装った不愉快そうな顔に表われていました。
こうなると、在家出身(を鼻にかける)坊主と見られる私の立場は、俄然、悪くなる。
彼らは、大徳僧堂の老師のように、肉食妻帯をせず雲水と共に朝3時半から夜12時まで座禅・公案(托鉢には出ない)ばかり、なんていうホンマもんの禅宗坊主とちがい、いわゆる在家僧(妻帯・肉食をなす僧)です。老師ほど純粋な坊主ではない、かといって、世間のこと(人と人との社会的プロトコールや、人情の機微、坊主という仮面なしで金を稼ぐ苦労)を、現実として知ることがない。
そんな彼ら在家僧にとって「世間知らず」というのは、最大の侮蔑なのです。
「ああ、やっぱり、あいつ(私)は神妙な顔をして寺社会へ入り込み、心の中ではオレたち坊主をバカにしていた悪党」ということになる。
人種差別の嵐が吹き荒れていた60年前の米国南部で、そこで苦しむ黒人たちの実態を探る為に薬を使って自分の肌をまっ黒にし、そこへ飛び込んでレポートした白人ジャーナリスト(書籍名「Black like me」)がいましたが、そこまで人や社会に対する深い関心・愛情なんか持っていたら、情が湧いて葬式坊主なんてやっていられない。
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私が坊主を辞めようと決心したのは、東京の寺で住職をしている時、18歳で秋田から東京へ出て働き、独身のまま60歳で孤独死(餓死?)した男性(檀家)の葬式をやった時のことでした。
葬式が行なわれたのは下町の公団住宅。
布団以外何も無い部屋で、冷蔵庫は空、食器棚には醤油の瓶だけ。そして、手提げカバンの中には「葬式」と書かれた封筒に30万円入っていたのだそうです。
葬儀屋の費用は、故郷から駆けつけたお兄さんが払い、その30万円はそのまま私たちに渡されたました。私一人では決して受け取らなかったのですが、先輩の坊主が当然の如くに受け取り、それを私の寺の近くにある地下鉄の駅で渡されました(私はそれを亡くなった先代の住職夫人に渡す)。
封筒の中の1万円札はどれも、折り目はないがヨレヨレでした。何十年もの間、引っ越したり移動しながら、葬式費用として肌身離さず持ち歩いていたのでしょう。
坊主(宗教)とは残酷な商売だな、と思いました。
私の父も母も「無宗教」で、私が坊主になると言うと、父は激怒したくらいです。
母は単に教会のバザーが楽しくて行ってましたが、信心はまるで無し。
府中のある教会へ英会話を習いに行けと言われ、1ヶ月間、毎週一回教会へ行き、牧師さんの家でコーヒーとケーキを戴いたのが、私の(禅宗坊主以前の)宗教体験でした。
玄関の呼び鈴を押すと、小学生のかわいらしい金髪少女が戸を開けてくれる。
牧師さんの書斎に入ると、今度は中学生のブロンド乙女がお手製のアップルパイとコーヒーを持ってきてくれる。
2人とも小説「赤毛のアン」を彷彿とさせてくれましたが、その為に、当時独り暮らしをしていた池袋から片道2時間もかけて通ったようなものでした。
「Black like me」の本は、そこで戴いたものです。まあ、キリスト教の坊主は、そういう本に強く感銘を受けるくらい真面目(な坊主もいるの)かもしれません。
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夕方、寺が閉まってから、何気なく少年の日記を手に取りめくってみると、なんと、「連休中の日記」10ページがすべて修正液で白く塗りつぶされています !
昼間、私のいない間に「証拠隠滅」をしたわけです。
「世間知らずの純真・真面目な少年」どころか、なかなか「世故に長けた・分別有る大人」ではないでしょうか。
いやはや、彼と「あそこで別れる」ことができたのは、私にとっては「天の配剤」「不幸中の幸い」。
こんな恐ろしい奸物・佞臣タイプには、直線的な日本拳法や、かの「金剛経」も歯が立ちそうにありません。
しかし、この少年、まさか今頃どこかの寺で、例の神妙な顔をして住職なんかをしているのではないだろうか。
2023年11月13日
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平栗雅人
「二十歳の原点」仮面とレッテル V.1.1 @MasatoHiraguri
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