第8話 恐ろしいレッテル

ところが、この日、この日本人から、そのサービス・エンジニアは会社を辞め、今後はこの日本人だけが(日本の)代理店との窓口になる、ということを聞かされました。

この日本人はカナダの大学を卒業して英語はもちろんペラペラ、カナダ人の奥さんと子供(幼児)がいるということは、前々から聞いていましたが、文系ですから、日本の技術者からの質問には直接答えられない。

「日本の技術者 ⇔ メーカーの日本人窓口 ⇔ メーカーのエンジニア」と、今までに比べてワンクッション増えるので、(技術的に)迅速且つ正確なコミュニケーションができなくなる可能性が生じる。

私自身が、日本で営業・マーケティングをしていた時、日本側のエンジニアに代わって私が米国メーカーのエンジニアとやり取りしていましたので、その懸念がすぐに頭に浮かびました。 しかし、あと半年で我が社は関係がなくなるので、そのことは話しませんでした。


そのあと、カフェテリアでコーヒーを飲みながら、更に、この日本人は嬉しそうに、こんなことを私に言いました。「あいつ(サービス・エンジニア)は、○モのユダヤ人なんだよ。」と。 彼の話しぶりからすると、「○モ」ということを、彼はこの会社中に触れ回っている様子でした。つまり、会社中の壁に「○○は○モ」というシール(ラベル)を貼りまくっていたようなものです。


アメリカというのは訴訟社会ですから、たとえそれが事実かもしれない、ということでも、人を誹謗中傷する様なことを「噂として流す」だけで、損害賠償で1億円払え、なんて判決がポンポン出る国です。

アメリカ・カナダに何年も住み、奥さんや子供までいる人間が、軽々しくやる行為ではないはずです。しかも、アメリカは平等の国とはいえ、彼は外国人という、突き詰めれば立場の弱い存在なのですから。


これがビジネスの話なら、この日本人がその話を「何時・誰から・どのような経緯で聞いた」のか確認すべきです。最も重要なことは「なぜそんなビジネスと関係のない(くだらない)話を、これから手が切れようとする商社の人間などに話す」必要があるのか、ということを明らかにする必要があります。

しかし、私はただ笑いながら聞いていました。

おそらく、彼は私という商社の人間経由、他の日本のメーカーのエンジニアに、この話を広めようという魂胆であったのでしょう。

この日本人は、自分のポジションを強固なものにするために、かのユダヤ人を追い出した、と私は感じました。)


受付から表に出る時、私は受付嬢に、かのユダヤ人のことを尋ねました。ただ「彼、辞めたって聞いたけど、いまどこの会社に再就職しているのかな」と。 彼女は、彼が元いた職場の女の子に内線で連絡し、会社の名前と電話番号を教えてくれました。それはある有名なユダヤ人経営の新興ソフト会社でした。さすがユダヤ人、職には困りません。


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