第9話 猿の手

*** 自動筆記録 所属:調査部特殊調査室 名義:リュウガ ***


「ああ。そろそろ、きっと君が来ると思っていたよ。わざわざ君が侵入できる極小の隙を作っておいてよかった」


 こちらの認識処理が始まるよりも早く、声をかけられた。

 空想世界における、調査対象の自室と思われる。

 男は物理世界と同じ姿形の、赤色に近い髪色の躯体くたいを使って、空想世界の植物を世話している様子だ。

 植木鉢に、花を植え替えている。


「お久しぶりです、ご隠居。ご勢がでますね」


「まあな。物理世界のこちらは、大雨と地震で土が頻繁に流されるものだから、ガーデニングを楽しめなくてな。苗や球根、種子が、さらに手に入りにくくなった事情もあるが」


「物資不足も極まっていますから、その辺はどこも同じかと」


「それで? 例のシオミ当主殺害未遂事件は、片付いたんですか?」


「いやだなあ。シオミの病院内部、三部会にも伏兵させているんですし、おおよそご存知でしたでしょ? もう、彼は前当主ですし、ツバメに当主が務まるほどの器量はなく、傀儡かいらいになる見込み。フシミは、これでしばらく生体パーツを有利に調達できそうですね」


「もう隠居した身だ、その辺はさほど興味がない」


「あれ? てっきり、あなたがその辺の調達をスムーズにしたくて、後にツバメを操れるよう、十歳頃に手紙の仕込みをしたのだと思ってましたが、見立てが違ってました?」


「おや、仕込みに気づいたか、君」


「ツバメが、手紙の封筒について全く同じ特徴だと気づいて信用してましたけど、それが不自然だなと。同じように見える封筒も、数年経てば、載せる情報や位置が微妙に変わりますからね。実際、その病院の封筒を取り寄せて確認もしましたが、印字内容が変わってました。信じさせるため、当時の封筒を保管して取っておいたんだろうと推論したわけですがちなみに、手紙を送った母親の存在は真実なんですか?」


「創作に決まっている。ツバメの毛髪を採取してから先回りして遺伝子検査を行い、それらしい話を仕立てさせた」


「なるほど、さすがのお手並み。だとすると、最初の狙いがわからないんですけども……今回、ツバメのお腹の子は、副次的なものだったでしょうし」


「ああ、君の悪い癖が出たな、難しく考えすぎだよ。ツバメの初舞台の劇を見て、実に美しいと思ってね。ぜひ手に入れて側に置きたいと思っただけだ」


「ツバメ本人を、ですか?」


下卑げびた想像するなよ。厳密には、ツバメが演じた燕、だな。彼女が『幸福な王子』を演じていた際に手で作られた影絵。今回、彼女は身を隠す対価として右手を手放しただろう? 僕の物理世界の方の自室に、なよ竹製の光る筒に入れ、防腐液で満たし、その影絵が楽しめるようにした。芸術作品として飾っている。ここで君に見せられないのが残念だが」


「いえ、結構……正直、吐き気を催しそうなご趣味で」


「見解の相違だな。塗りががれてまだらな仏像でも、その陰影だけは千年以上前と変わらず、美しいままだろうに。痛々しく焼けただれていようが構わない。当代の踊りの名手として、猿女さるめともたたえられる者の手だぞ。願いを叶えるとかいう『猿の手』以上の価値がある」


「うーん、生体をパーツとして扱う仕事を長年していると、そういう人体への物的感覚が普通になってしまうのかもしれないですね。あれ? もしかして、ご隠居、彼女が酸をかけられた事件にまで、裏にいませんよね?」


「あんなのまで黒幕にされるのは心外だな。ツバメに危害を加えるつもりは毛頭ない。当初、彼女がずっと孤独そうであれば、また創作をして実の父親を名乗るなどして、彼女ごと手に入れる案も考えていた。ただ、恋人ができて幸福だったようだから、しばらく様子見をし、機会に合わせた計画に変更しただけだ」


「なるほど、素敵なご趣味の足長おじさんに見守られていたんですね。だから、変化が起こる予兆を踏まえ、失踪を前提にして事前に必要なものを現場に準備できた、と」


「ふっ……はっはっはっは! 何を言ってる、足長おじさんは君の方じゃないか!」


 魔王的な笑いを引き出した。


「調べさせた限りだと、赤ん坊の彼女を当主に拾わせたのは、君の差金さしがねだと認識した。ほとんど敷地内から出さずに育てられると予想したジゼルの実子が、身近で好意を寄せるように、美しく成長しそうなのを選んで仕掛けて、ずっと様子を見守って来たんだろう?」


「いやだなあ。買い被りすぎですよ。その時の僕、十歳前後ですよ? 何の権限があればそんなことできます?」


「ふん。実際、その狙いは当たった。だが、生まれた子どもが男で残念だったな。女の子だったら、君の完封勝利でアガリだったろうに」


「……ちょっと、ご隠居。そんな陰謀論めいた話を、どこで掴まされたんです? その情報筋、信用されない方がいいですよ」


「まあ、その件について、生まれも育ちも詳細不明な君が、いつから何を企んでいようが、私には関係ない話だ。お互い、衝突するときはするだろう。さて、長々と君の質問に答えたのだから、私にも質問権は与えられるのだろうな?」


「んー、はい。僕も一応は役人ですし、開示権限を持たない情報はいくつかありますが、楽しいお話を伺えましたので、大抵のことはお答えしましょう」


「今回の事件は一般公表されない。なのに、関係者の自動筆記録を巻物に出力していて、それも、わざわざ自動翻訳で三百年以上昔の文脈の語彙や表現に置き換えたそうだな? 古典文学者や歴史家、考古学者でもない限り、一般人だけでなく、役人にも読めまい。狙いは何だ?」


「申し訳ない。それは占いに関する仕掛けで、回答できないもののひとつです」


「なるほど。ではこれ以上、話は無用。お帰り願おう」


 言葉が発せられると同時、追い出し処理が走った。


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