第10話 悪手、あるいは握手
*** 自動筆記録 所属:資源部 名義:スズメ ***
物理世界の資源部の拠点に出勤。
調査部特殊調査分室長による、先週のいろいろと謎のまま終わった事件の見解を共有する、という趣旨の打ち合わせが予定されています。
事件が一応の落着を見せたのは、ヤマさんとコマイヌさんとのお話からも伺えました。
未だに空想世界を支えるために、生きた人間が組み込まれていることに生理的嫌悪感は覚えますが、だからと言って、空想世界を利用しない、という選択肢はありません。
生きるために命をいただく、その延長線上にある話なのかもしれません。
「ヤギさん、今日の打ち合わせですけど……前の時と同じように空想世界ですればいいものを、なぜ、物理世界でするんですかね?」
「あー、それね、物理世界の方が、秘密の話をしやすいのよ。空想世界だと、情報が筒抜けになる
「そういうものですか」
「あ、通信入った。スズくん、悪いんだけど、先に応接室行ってもらえる? ちょっと急にトラブルで呼ばれたけど、長引きそう。打ち合わせには遅れると思うから、お詫びしといて」
「はーい、承知しました」
一人、応接室に向かい、派手な扉を開けます。
分室長が一人、既に待っているのがすぐ見えて、
「うわっ……もういらっしゃったんですね、お早いですね」
心の内が少し漏れ出てしまいました。
「ははは、随分なご挨拶ですね」
怒った様子はなく、こちらをにこにこと見てきます。
「来ていただいたのに申し訳ないのですが、上司のヤギですけど」
「ああ、知ってます。トラブルで遅れるんでしょう? でも、多分、今日はこっちに来れないんじゃないかな」
「それも、この前おっしゃってたような占いの結果ですか?」
話しながら、お茶を用意します。
物理世界では、お茶は喉を潤すだけの役目です。
「いえ。僕がそういう仕掛けをしたので」
「は?」
身を守る必要性を感じ、とっさに
「いやだなあ。あなたに危害を加えるつもりはないですよ。僕からひとつ、質問というか、確認したいことがあったので、二人だけの方が都合が良かったんです。病院で燕の巣の近くで、職員の方と会話してますが、その時から弟と合流するまで、あなたが編集機能でカットした内容を教えてもらえませんか?」
削除した部分、気づかれるものだとは思っておらず、動揺します。
「……えーと、その職員の方の話したことの続き、だったような?」
「職員の方に確かめて、以降、すぐに別れたとの話でしたが」
「裏取り、まで……わかりました。聞いても怒らないでくださいね。分室長と初めて空想世界でお会いした際、アマツバメがどうとかの話を聞いていたので、あなたが黒幕なのではないか、と一瞬疑いました。でも、本件の指揮をされている以上、後で私の自動筆記録を閲覧される可能性があると思いまして、該当箇所を削除しました。それだけです」
「あははは、なるほど!」
急に相手が笑い出したので、ビクッと身体が固まります。
「私、何か変なこと、言いました……?」
「あなたも疑問に思っていたように、この事件、どうしてこの結末に行き着いたのか、と僕もずっと考えていましたが、最終的に道筋を定めたのは、スズさん、あなたと言っていいですね」
「ええ? さすがに、それは過言では? 私は基本的に、分室長の弟さんをサポートしただけで……私自身が何か選んで行動したというわけでは」
「それです。事件の調査について『選択しない』行動を徹底し、一歩身を引いていました。もし、あなたが、私への疑いを弟に話していたら、私は病院内の『季節外れの燕』の情報を得て、失踪の方法に思い当たって、劇場で事件が発生することもなかったでしょう。弟は脱走癖がある関係で、外出した際の音声は拾ってますから」
「そう、言われると……返す言葉がありません」
自分の未熟さが、事件発生を招いたということになります。
枕に突っ伏して泣きたい気分です。
「責める意図はありませんし、ヤギさんに伝えることもしません。ただ、目の前に選択肢があるなら、選択はした方がよいですね。では、あなたから質問を、どうぞ」
「は……?」
「質問権をひとつ、差し上げます。私が開示権限を持たない情報を除き、何でも答えましょう。よく考えて、次につながるものにするのが吉ですよ」
次って、何のこと?
また、特殊調査分室とお仕事の予定がある?
いろいろと質問したいことはありましたが、ひとつ、解消したい疑問がありました。
「今回の打ち合わせ……わざわざ、今の質問をするためにですよね」
「まあ、そうですね」
「そんな重要な話でもないのに、どうして物理世界で……?」
「あー、そういう質問ですか。うーん、言える範囲で誠実に答えると……あなたという人物は既に、僕の占いの仕掛けに組み込まれてます。その中で、今回、予想外の動きをしたものだから、僕が見誤ってる部分がないか、直接、見て会話して確かめたかった、そんな感じです」
「ごめんなさい……正直、よくわからないです」
もしかして『占いって何なんですか』と聞いた方が実りがあったかもしれません。
「わからない……うーん、それはよくない。じゃあ、もう一つ、お別れついでに、僕に関する情報を差し上げましょう。どちらも、他の人に開示しても構いませんよ」
そういうと、分室長は立ち上がって、手袋を外した右手を、自分に差し出しました。
「よろしければ、握手でご挨拶を」
「えっ? あ、はい」
同じように手袋を外し、握手します。
ぞっとして、肌が
まるで生きている人間と思えない、凍るような冷たさだったからです。
「ええ、お察しのとおり。あなたの前にいるのは、この世の人ではないのです」
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