第7話 手紙

*** 自動筆記録 所属:なし 名義:ゲストユーザー ***


「いいえ、ありがとう。これの扱い方は承知しています。彼の作ったものですから」


 病院に現れた役人は、体調面の兼ね合いで取り調べが難しいと悟ると、役人専用に調整された自動筆記録を渡してきました。

 これで自身の行いを振り返り、自供することで、罪が許される可能性があるのだそうです。

 まるで、懺悔室ざんげしつみたい。

 そうですね、懺悔するように致しましょう。

 天におわします我らが父よ、どうか我らの罪を赦したまえ。

 何からお話すればよいでしょう。

 初めから?

 それでは、私の出生の秘密からお話しましょう。

 私はシオミの当主と、その連れ合いの女優ジゼルの間に生まれた子と世間では信じられているでしょうが、その二人とは何の遺伝的関係もない捨て子です。

 ジゼルが亡くなった後、礼拝堂の前に捨てられていたようです。

 自分が信仰する神仏に罪を見咎められたくないから、外つ国の神様におすがりしたのです。

 なぜそれを知っているのかというと、私が初舞台に立ったばかりで、そこまで有名でなかった十歳頃、礼拝堂の前にいた傘を差した見知らぬ男性から、実母の手紙を受け取ったからです。

 その男性は傘で顔を隠し、無言で封筒を渡すと去ってしまったので、また不快なファンレターか、恋文か、悪質なイタズラか、と読まずに捨てるつもりでした。

 ただ、封筒にどこかの病院名が印字され、表に「愛する娘へ」と書かれてたので、興味を惹かれました。

 手紙には、自分がもうすぐ悪性腫瘍しゅようで死ぬこと、望まぬ妊娠で生まれた我が子を礼拝堂に捨てたことの謝罪、死ぬ前に自身の親族の簡単な家系図と、遺伝性の病名が記され、いつも私の幸福を祈っているという言葉で結ばれていました。

 周りには手紙の存在を伏せて、その情報をもとに、さも唐突に自分で思いついたように遺伝子検査をお願いしてみました。

 手紙にあった遺伝性のリスクは全て該当しており、告白の内容が真実だと確信したのです。

 この時、私の様子をおかしいと思って、事情を聞いてきたのは彼だけでした。

 ただ、当時の私は、彼のことを嫌っていましたから、ただ反発して拒絶しただけでした。

 私違い、彼は両親に大切にされていました。

 小さい頃から病弱だったため、彼の父母が国の学校での教育は受けさせず、敷地内の礼拝堂に学校を併設し、そこで教育を受けさせていました。

 一方の私は、国営の養育施設内の学校に通学という形で日中は教育を受け、夜間は家で、あらゆる種類の踊りの習い事をこなしていました。

 かつての学校には休息日があったようですが、国が仕切る学校にはありません。

 屋敷の自室で朝目覚めて着替えて登校して朝餉を食べて勉強して夕餉を食べて、家に帰ったら踊り続けて、入浴したら倒れるように寝台で眠る。

 物心ついたときから十歳になるまで、その繰り返しです。

 ただ、日曜の礼拝は参加する義務があり、学校には遅れて行く習慣がありました。

 私は、この日曜の礼拝の時間が嫌いでした。

 踊りで足の爪が剥がれる痛みに耐え続けるよりも嫌な、毎週必ず見る悪夢。

 彼とその親が仲睦まじそうにお祈りをしているのを横目に、私は父を待っていました。

 父が、多くの人が集まる礼拝に来たことは一度もありません。

 いつもみじめな気持ちで、礼拝を終え、逃げるように通学用の馬車に乗り込んでいたのを覚えています。

 彼の父が安楽死を選んで、姿を見せなくなった時、礼拝堂で彼とその母が寂しそうな顔を見せているのを見て、初めて神さまの存在を感じ、心から祈ることができたくらいです。

 そう、私は唯一の肉親だと思っていた父に、愛されていませんでした。

 でも、踊りで父に期待されているものと信じて、ずっとやってきました。

 いつか、私の踊りを認めてもらい、ジゼル以上の踊り手だ、と褒めてもらえると。

 周りからも『ジゼルの再来』と引き合いに出され、母の踊りに適した遺伝子がその身にあるのだ、と疑いなく信じてきました。

 心を支えていた唯一の拠り所が、その遺伝子検査で崩れたのです。

 遺伝子検査の結果を父が知って、悪性腫瘍しゅようになる可能性が高い乳房の予防切除手術を、早急に受けるように指示されました。

 そうして、私の膨らみかけた胸は、成長しきることなく、無くなりました。

 手術が終わった日も、その次の日も、父が見舞いに来ることはありませんでした。

 見舞いに行っていいかと打診が来たのは、彼とその母だけ。

 恥ずかしい姿だから会いたくない、と病院の職員に繊細ぶった涙の演技を披露してまで、私はその見舞いの申し出を断りました。

 本当の涙は出ませんでした。

 胸だったところに、それぞれ一本ずつ管が伸び、溜まり続ける血の混じった体液を排出し続けていたので、単純に体内の水分が足りなかったのかもしれません。

 両方の腕が上がらず、寝返りも打てず、ただ天井をずっと見つめていました。

 そこから、父の指示による私の肉体の改造が始まりました。

 ジゼルの姿に寄せるための、美容整形を内々に重ねたのです。

 最初は目でした。

 瞳の色を薄い灰色に変え、ついでに視力の矯正を行うよう、父が指示しました。

 この視力の矯正は、私の精神を軋ませるものでした。

 視力が低下していた私が舞台から見る観客は、スポットライトの陰くらいの存在にしか捉えていませんでした。

 よく見えるようになって初めて、自分へ向けられる視線が、好奇や侮蔑、色欲にまみれたものだと知り、自分が見せ物にすぎないことを自覚したのです。

 しかし、踊るしか生きる術を知らないので、私に他に選択肢はありませんでした。

 ですが、その改造の日々はある日、突然に打ち止めになりました。

 乳房の予防切除とセットで推奨される卵巣の予防切除の話が持ち上がったのですが、その過程で彼が私のこれまでの医療記録を閲覧し、彼の母に話したことが契機でした。

 父は「兄さんは何てひどい人なの」と涙ながらに非難されて、これ以上の美容整形を私に行わないことを誓わされたのです。

 彼はこの時、既にシオミの医療製薬分野で存在感を放っていました。

 自動筆記録でシオミの医療製薬分野の市場独占率は過去最大となり、その利益で礼拝堂の近くに研究所と、私の代表作にちなんだ名前の病院を立てるほどでした。

 この時の私は、彼を、嫉妬の入り混じった憎悪の対象と見ていたように思います。

 ですが、私の方も、ジェンダーレスな踊りの名手として有名になり、著名な劇作家による意欲作『サロメ(サルメ)』の主演に選ばれ、有頂天になっていました。

 その作品の制作発表会見と顔合わせのため、馬車を降りて、会場に向かう途中、酸をかけられたのです。

 ファンに手を振っていたところ、右手に燃えるような激痛を感じて、気を失いました。

 気がつくと、実家に運ばれていたようで、病院の個室の寝台に寝かされていました。

 もう夜になっていたようで、部屋は暗く、窓を少し開けて、隙間から差し込む月明かりに照らして、熱を感じる右手の状態を恐る恐る確認したことを覚えています。

 震えながら、右の手のひらから肘にかけて巻かれた包帯をほどくと、そのほとんどにみにくく焼けただれ、ひきつれた跡が隠されていました。

 絶望でした。

 きっともう、私が踊りで舞台に立てる日は来ない。

 私には踊りしかないのに。

 童話『赤い靴』を思い出し、過去をいていました。

 人に嫉妬し、感謝を捧げてこなかったために、きっと神さまが罰を下されたのです。

 赤い靴の少女がお祈りを疎かにしたために、自分の意思に反して踊り続けた挙句に、足を切り落とされたように。

 声を殺して泣いていると、彼が入ってきました。

 今の姿を一番、見られたくない人物でしたので、涙を拭って「灯りをつけないで!」と咄嗟とっさに叫んだのを覚えてます。

 彼はその言葉に従い、月明かりを頼りに、寝台の側まで近寄ってきました。

 目が暗闇に慣れて、私が今、何をしていたのか分かったようでした。


「薬を塗って、包帯を巻き直そう。ほら、手を出して」


「……触らないで。出てって」


「でも、ツーちゃん、そうしないと治らな……」


「これが、治るわけないでしょ!」


 限界でした。

 それまでのき止めてきた感情が、一気に溢れました。


「何で、私なの! あなたが代わりにこうなればよかったのに! あなたは神さまに愛されて何でも持ってるじゃない、私にひとつくらい残してくれたって……ああ、神さま……」


 涙が止まらず、布団に顔を伏せます。


「神さま……私から、踊りをとらないで……」


「いいよ」


 思わず、顔を上げて、彼を見ました。


「僕が、ツーちゃんを踊れるようにしてあげる。必要があれば、僕の全部を使って、身代わりになる。その手に何かひとつでも残るようにするよ」


 彼がその時、私への慰めに口にしただろう言葉は、今思うと、彼の覚悟を示したものだったと思います。

 その後、なよ竹技術で有名なフシミと彼は話をつけて、特別製の躯体くたいを調達します。

 頭部は私で、体は彼のものでした。

 二つを一つにする関係で、情報量が重くなってしまいましたが、踊りに関する式鬼しきを搭載しているため、と誤魔化ごまかすことができました。

 踊りは全て、叩き込まれた自前の技術だけで行えることを、私と彼だけが知っていました。

 無事に『サロメ(サルメ)』を上演、大好評のうちに千秋楽を迎えました。

 父も初めて褒めてくれました。

 単独公演が行える一人芝居『サロメ(サルメ)』の上演権も獲得し、次回作に空きがあった場合など、いつでも活動できるように手配してくれました。

 この時の私は、窮地を助けてくれた彼のことを、すっかり好きになっていました。

 毎日のように、手をつないで一緒に庭園を散歩して、これまで話をしてこなかった分を埋めるように、いろいろと語り合いました。

 小さい頃から、私と話したかったけど、いつも喧嘩腰だった私に気押されて、話しかけられなかった、ということも、照れながら教えてくれました。

 私たちはきっと珍しい、物理世界だけで愛を育む恋人同士でした。

 人生の最良の時というのは、きっとその尊さに気づかずに過ぎ去るものなのでしょう。 

 彼の母が風邪をこじらせて亡くなりました。

 彼は悲しみに浸っていることはできませんでした。

 まるでそれと連動するかのように、彼の仕事が忙しくなり、連日徹夜をしていました。

 詳しくは話してくれませんでしたが、どうやらシオミの統括する仕組みがおかしくなったことによるものだったようです。

 そして、彼から『自分の安楽死を偽装する』という話を聞きました。

 疲れておかしくなったのかと思い、どういうことなのかと散々問い詰めましたが、ただ曖昧あいまいに微笑むばかりで、教えてくれません。

 安楽死施設は、実行の日から一カ月前には入る必要があり、その後は会うことができません。

 再会を約束して抱擁し、安楽死施設に入って行く彼を見送りました。

 その直後、自分が身籠っていることに気づきました。

 身元を隠し、実家の病院の医師に相談すると、妊娠半年ほどと思われるという話でした。

 激しい運動のせいか、月のものがほとんど来なかったこと、あまりお腹が大きくならない体質だったことから、それまで自覚できなかったのです。

 すぐに、父に相談しました。

 後に控えていた出演予定を取りやめる必要がある、と思ったからです。

 父は長い溜息をつき、出演予定を取りやめる手続きをしてくれました。

 そして、彼の安楽死の計画に迷惑がかかるから、と内々に産婦人科の医師の手術を受けるように、と指示されました。

 安楽死に関連した決まりとして、自分の遺伝子を持つ子を作る場合、受精卵から幼児となって誕生を迎えるまでの期間、安楽死する権利を剥奪はくだつされる、というものがありました。

 過去に、安楽死した方の配偶者が、受精卵の培養ばいように失敗され、任意の相手と子を作る権利を侵害された、と国を訴えたことから追加された規則だそうです。

 まさか堕ろすように言われると思ってなかったので、動揺はしましたが、彼の計画を邪魔したくない、とその指示に従うことにしました。

 それまで、私は彼のことを思いながら、一人芝居『サロメ(サルメ)』を演じました。

 劇場の指定はオルゴール劇だったのですが、気晴らしに意思を持って踊りました。

 お盆の首を彼の顔にしたことで、話題性があり、常に席は予約でいっぱいでした。

 手術の日は、彼が安楽死する当日でした。

 前日から研究所の個人寝室に入り、指定の栄養水だけ飲むように言われ、従います。

 彼と会えるのはいつになるだろうか、と思いながら、すっかり暗くなった窓の外を眺めていると、扉をノックされました。

 はい、と答えても返事はなかったため、扉を開けて出ると、封筒が落ちていました。

 見覚えのある封筒でした。

 実母の手紙が入っていた封筒と同じ。

 この手紙の話は、彼にしかしてなかったので、彼からかもしれないと期待半分、妙な胸騒ぎがして、急いで中身を開けました。

 そこには、研究所の手術室までの地図に道順が示され、一文添えられていました。

『彼がいるうちに急げ 通りすがりのアマツバメより』

 走りました。

 道順のとおりに進むと、不思議なことに誰とも会いませんでした。

 指定の手術室の扉を開けたら、そこに彼がいました。

 いえ、正確には、彼だったもの。

 銀の手術台に、彼の頭部。

 たくさんの管が四方八方に伸びて、様々な装置につながれていました。

 絶望も、混乱も、度を過ぎれば、白昼夢です。

 その銀の台の上にある彼の半開きの目は、舞台の小道具の彼の顔とそっくり同じで、私はふらふらと吸い寄せられるように近寄り、彼に口付けしました。

 そのまま、自分の愚かさと一緒に、逃げ出しました。

 何て、バカだったんでしょう。

 保身しかない父以上に、私の愚かさを何より憎みました。

 そして、彼が遺してくれた、たったひとつを守り抜くと誓いました。

 走って行った先は、研究所とつながっている病院でした。

 研究所には夜間開放の出口はなく、病院側の一階の非常階段の方に、職員用夜間出口があると、知っていたからです。

 階段まで来て、話しかけられ、さらに正体を見て驚きました。


「こんばんは、お嬢さん」


 おしゃべりする、季節外れのアマツバメ。

 まるで『幸福の王子』に出てくるような役柄が、階段の手すりに止まっています。


「……夢を見ているのだったら、お願いだから覚めて」


「残念、現実とは非常なものだ」


 アマツバメは、男性とも女性ともつかない無機質な声でした。

 声を変えているのでしょう。


「君の大切なものを守りたいなら、手を貸そう。次の指示を見ろ」


 アマツバメが羽ばたくと、また見覚えのある封筒が落ちます。

 そのまま、アマツバメは近くの窓から飛び去ってしまいました。

 指示どおりに階段をのぼり、入院病棟の部屋に入ると、窓際にアマツバメがいました。


「そのかばんの中の服に着替えて、着ていたものを鞄に入れろ。右手の傷跡に、袋に入っている包帯を巻き付けろ」


 言うとおりにします。

 右手の包帯は、どこか赤黒く湿っていて、独特の嫌な匂いがしました。


「お前は、手の腫瘍しゅようの切除手術後、移植手術を希望する患者だ。今夜、手術が行われる。ただし、妊娠しており、出産入院も兼ねるので、病棟は産婦人科の管轄だ」


「腕を切るってことですか……」


「そうだ。抵抗があるか?」


「いいえ」


 私には罰が必要でした。

 『赤い靴』の少女が足を無くして生まれ変われたように、きっと私も変わりたいなら腕を切り落とす必要があるのでしょう。


「移植は免疫系の相性が重要とされるが、適合するから安心しろ」


「赤ちゃんには、影響しないですか?」


「しない。赤子を帝王切開で摘出てきしゅつ後、手の切除と移植手術を実行。ではまた。幸運を」


 アマツバメは窓の隙間から飛び去りました。

 その後、職員がやってきて、窓を開けていることを注意された後、手術室に運ばれ、聞かされていたとおりの手術を受けたようです。

 全身麻酔をし、夢うつつでしたから、よく覚えていません。

 翌日、目を覚まして、右手とお腹の痛みに呻きながら、職員に赤子の行方を聞きました。

 同じ階にある新生児室にいると聞き、痛みに耐えながら点滴スタンドを杖代わりに見に行くと、節管の中で丸くなって眠っていました。

 無事に、生まれたのです。

 安堵からか、目眩がしたので、職員に支えられながら自室に戻ります。

 そこで、医師が右手の包帯の交換のために待っていました。

 右手は医療用の添木そえぎをして、手のひらからひじまで包帯で巻かれていました。

 包帯をするすると外され、ようやくその手の特徴に気づき、泣き出しました。

 彼の手でした。

 右手と左手の指先をそっと絡めて、泣き続けました。

 医師と職員は、痛みのせいか、とひどく心配して、痛み止めの点滴を追加してくれました。

 その後、私の失踪の調査に来たと思われる役人が部屋を訪れましたが、隠れられそうな棚の中と寝台の下、包帯をとった右手を見て、問題がないのを確認すると、去っていきました。

 三日後、またアマツバメが窓辺にやってきました。


「手術成功、おめでとう」


「ありがとう。お祝いをいただける?」


「いいだろう」


 アマツバメは、想定していた流れと言わんばかりに、


「そこの棚の中にあるはちかづきは特別製の新型だ。役人には見つからない。好きに使え」


「ありがとう。ご親切な方」


「退院から高跳びまでは手配中。週末まで静養して待つように」


「いいえ、それには及びません」


「ほう、聞かせてくれ。何を狙う?」


「一人芝居を上演し、そこで父を討ちます。彼の思い出が残る、ここであの子が生きるために」


「ふっ……はっはっはっは!」


 アマツバメは魔王のように笑い出しました。


「ただ操られて踊る人形とばかり思っていたが、面白い。親を計画的に殺せば裁かれよう。自分と子がどうなるか、本当に考えたか?」


「……情状酌量じょうじょうしゃくりょうされれば、多少は」


「なるほど、勝ち筋としては悪くない。お前の覚悟を尊重しよう。ここに来るのは最後とする。幸運を」


 アマツバメは窓辺から落ちるように飛び去りました。

 そこからは、きっと、どなたかが語ってくれたことと同じでしょう。

 私はいく日も踊り続けたある日。

 少年と少女が手をつないで座るのを舞台袖から見ていました。

 少女は、私が少年に対して語りかける場面で手を引き、少年が見惚れるのを阻止しようとしていました。

 嫉妬とも呼べない、可愛らしいヤキモチ。

 きっと、私と彼がそうだったように、これから素敵な日々を重ねるのでしょう。

 いつも以上に、魅せられるように思いを込めて舞い踊り、お辞儀をしたときに「きれい」と少女がつぶやいたのが聞こえました。

 少年に見咎みとがめられて顔を赤くして恥ずかしそうにしているその様子がまぶしくて、思わず、演技を忘れて微笑んでしまいました。

 思い返せば、その微笑みが用心深い父を呼び寄せる転機になったのでしょう。 

 そして、父を討ちました。

 直刀と鞘を組み合わせ、腰紐で巻きつけて薙刀なぎなたとするのを思いついたのは、いつか彼と一緒に見に行った近くの美術展で、言っていたことを思い出したからです。

 今は短刀だが、昔は薙刀だったという刀剣が展示されていました。

 それを見て「どの刀剣も持ち手部分を外し、棒に固定すれば、薙刀にできそうだね」と。

 遠く懐かしい日常の一幕です。

 踊りの回転と勢いに任せて、父に武器を振り下ろした時、随分と遠くにきてしまったと感じたことを覚えています。

 肩から胸にかけて血を流しながら、父は、死神に遭ったような表情で固まっていました。

 そして、ほどけるように姿が消えて、中に着ていた鎧のようなものだけが王座に残ります。

 ついに終わったと思いました。

 敵討ちと解放感より、その身を大きく支配したのは、自嘲じちょうと後悔でした。

 複雑に入り混じった感情のまま、声をあげて笑ったように思います。


 無知でいることは罪です。

 もっと早く、いろんなことに気づいていれば。

 何かが違えば。

 こんなことにはならなかったのに。


 小道具の彼の首まで行って、そっと最後のキスをしました。

 きっと、私は親殺しの罪で裁かれ、この舞台に立つことは二度とないでしょうから。

 その後、少年がおかしな行動をとり、私の持つお盆を要求します。

 少年は、おそらく私が父を討ち倒すだろうと予見していました。

 そして、その惨劇を見せまいと、必死に少女の心を守る行動をしていました。

 充分に信頼できると思い、彼の首を預けます。

 すると、少年が人形の兜を外し、彼の首をそこに乗せ

 それからは、あまりよく覚えていません。

 死んだものと思っていた彼が、ミチカゼが変わらぬ呼び方と表情で、私を呼んでいました。

 少年に、病棟の部屋番号を聞かれ、応えたのは覚えています。

 劇場の幕が降りるまで、私は彼と抱きしめ合い、全てが暗闇に溶けました。

 調査部特殊調査分室を名乗る役人が来て、はちかづきを外され、気が付きました。

 後は役人の方々の方がよくご存知でしょう。


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