第6話 合いの手

*** 自動筆記録 所属:資源部 名義:スズメ *** 


「なるほど。全ての記録を同期したもらったおかげで、事件の全容がおおよそ把握できた」


ヤマさんが満足げに頷きます。


「えっ。私、何度振り返ってみても、わかったことより、わからないことのほうが多いんですけど……」


「あー、そうだな。ただ、まあ、俺ら二人だと推測の域を出ないから、ここに一人呼び出していいかな?」


「はい、構いません」


 ヤマさんが呼び出すと、すぐにコマイヌさんが現れました。

 コマイヌさんも、物理世界で見かけたときとほぼ同じ姿形の躯体くたいです。


「お前さー、こっちも忙しいんだから、ほいほい気軽に呼び付けるんじゃねえよ」


「悪いな。今度、何かおごるから許せ」


「当たり前だろうが。で、何? というか、この方はどなた……?」


 同じ空間にいた私に視線を投げかけて、不審そうな顔をします。


「資源部のスズメさんだ。昨日の件で質問いいか? 開示権限があるところだけでいいから、回答してくれ」


 コマイヌさんは、面倒そうにピースサインを振り下ろしました。

 不思議に思って、ヤマさんを見ると「指文字で『り』を表す、了解の意だ」と小声で補足してもらい、納得します。


「さて。入院していたツバメだが、右手に手術跡はあったか?」


「あった。病室でリハビリしてたよ」


「となると、ツバメのいとこのミチカゼは、絶対に必要な頭部だけを残し、後は臓器移植に提供されたんだろうな……」


「えっ? ……どういう意味ですか?」


 思わず、口を挟みます。


「ああ、やっぱり、君は……空想世界を支える仕組みについては詳しくなかったんだな」


「うーんとね、空想世界を支える仕組みってクソな仕様で、人間の生体パーツなしに成り立たないんだよ。知らないままでいる方が、幸福かもしれねえけど」


「今を生きる人間であれば、仕方ないことだと知り、受け入れる必要がある。牛馬が死んだら、あまさず肉や皮を活用するように、社会的役割を終えた人間が、精神的な死を迎えたなら、物理的な肉体を活かす。さもなければ空想世界は破綻し、そのうち、国も運営できなくなる」


「そんな……」


 すぐには受け入れ難い概念でした。


「資源部内の人を大事にするポリシーと反比例するように遅い通信速度とか、少し考えればわかりそうな気もするが……まあ、いいか。ともかく、ツバメのいとこのミチカゼの頭部は、シオミの医療製薬分野、演劇分野を統括するの生体パーツになったわけだな」


「俺はその辺、詳しく調べたわけじゃないけど、状況的にはそれしかないだろうな。ミチカゼの手術、ハーモニクス分野の医師が担当だったんだから」


「だが、ツバメは詳細を知らされてなかった。安楽死は偽装だと本人から聞かされていたのかもしれないな、普通なら恋人が死ぬ、って言い出したら止める。そして、当日、手術が終わって解体されてハーモニクス処理された姿と対面し、絶望の中で別れのキスをし、そのまま姿をくらました……」


「ミチカゼの側も、選択肢がなかったんだろうけど、何だかなーって思うが」


「うん。ただ、シオミの元々あった中核の生体パーツがダメになった際、ツバメが候補にあがった可能性も考えられる。血族だと、親和性が高いらしいからな。あるいは、仮に家業がまともに継続できなくなったとき、ツバメたちが屋敷から放り出されて過激派に殺される可能性を排除したかったか、その両方か……選択肢があるよう見えて、その実、選びようがないから、むごいな」


「おっと? もしや『ツバメたち』って複数形で言うからには、その動機が、恋人のためだけじゃないの、わかってる感じ?」


「ああ。お腹に赤ちゃんがいたんだろ?」 


「え? 赤ちゃん……?」


 衝撃的でした。

 子どもは生産施設で受精卵を精製した後は、受精卵から幼児になるまで赤ちゃんは培養液に浸した節管ふしかんの中で二年ほど育ち、数え二歳から成人するまでの養育と教育は国営の養育施設で行うのが一般的です。

 つまり、妊婦は存在自体が珍しいのです。


「ああ。失踪当日、産婦人科も専門にしてる、何でも屋の担当する手術が予定されてたからな。てっきり美容整形だと思っていたが、見つかったのが入院病棟の産婦人科の区域だという記録を見て、に落ちた」


「何だ。わかったのかよ、つまらねえな」


「ツバメが父親を亡き者にしようとしたのも、その子を巡ってのことだろう。そして、一週間ほど活動停止していたのは、移植の手術とあわせて出産も行っていたから、だったんだな。いくら医学が飛躍的に進歩したからと言って、手術と出産って、よく肉体と免疫系が耐えられたものだと思うが」


「むしろ、それで一週間休んだだけで、その後は毎日、空想世界で踊り続けていた精神力がすげえよ。猿女さるめとかいう踊りの神様を自称していいレベルと思ったね」


「とすると『自我喪失』の件、無茶を続けるツバメを止めて欲しい、と願うものの、普通には通報できないミチカゼが、お役人の誰かに気付いて欲しくて出した救援信号だったわけだ」


「まー、そんな感じだろうな」


「彼女、節管せっかんではなくはちかづきを使ってたのか?」


「ああ。最新型かつ特別製の、非売品」


「復讐と解放の機会を得るためとはいえ、体調が万全でない中、躯体くたいの一部の式鬼しきが使えず、タイムラグが多い条件でパフォーマンスして、査察において異常なしと判定されたことは驚嘆と言うしかないが……なあ、ちなみに、そのはちかづきの出どころって」


「はーい、回答拒否。開示権限なし」


 コマイヌさんが手を振り、ヤマさんが残念そうに続けます。


「衝動で感情的に動いていたツバメが、病院に潜むための偽装工作や、演劇のためのはちかづきの手配をする計画性があったとは思えないんだが……」


「……こっちが担当してる案件だから、その辺は深掘りをすすめない」


 暗に黒幕がいることを示唆されつつ、牽制けんせいされます。

 ヤマさんは肩をすくめて、


「わかったよ。せっかくだ、所感を教えてくれ。この事件の真実について、分室長の弟が一番先に辿り着いたこと、そして、シオミ当主の殺害を看過する振る舞いを見せたこと、どう見ている?」


「俺の意見? それとも上の意見?」


「両方」


「上の方は開示権限なし。俺の意見は……ま、俺も、分室長の弟と同じ立場なら、そうするだろうなと思う。もちろん、やったことは厳しく叱って、一切、肯定する言動はしてないし、今後も肯定しないけどさ。……あれ? そういえば俺、言ったっけ? シオミ当主、さっき意識を取り戻して、未遂で済んだから、傷害事件で確定したってこと」


「え! 本当ですか? よかった……」


「吉報で何よりだ。どちらかといえば生体パーツ側だった分室長の弟が、ツバメに肩入れしたとしても不思議はないと俺も思うし……結果論ではあるが、シオミ当主は意識を取り戻し、殺害未遂で済んだことは、分室長の弟の干渉によるものだと思うんだが」


「いやいや、それは結果論すぎるだろ」


「すると、分室長の弟が、自作の重い鎖帷子くさりかたびらを着せて、……という評価はされない方向か?」


「希望的観測をしすぎると、現実を見誤るぞ」


「確かにな……ただ、個人的には、血生臭いのが苦手なスズメさんへ見せた数々の配慮は、情緒的な成長として評価できるが」


「そうだよな。あいつ、この二、三日、スズメさんと仕事しただけで、すげえ成長してるって実感は俺もある。あのー、何か特別なこととか、しました?」


 急に話を振られて、慌てて首を横に振ります。


「いいえ! これといって何も……」


「ええ? 本当です? あいつ、仕事に意欲も見せて、発話量も増えてるんですけどね?」


「発話量って……お前が一方的にベラベラ話しすぎてたんじゃないか? お前の言動、あいつ、間に受けて真似するんだから、いろいろと気をつけろよ」


「わかってますーっ! あいつがやらかすと、みーんな、俺の影響って言い出すんだもんな。あ、遊んでないでさっさと戻れーってラブコールがきたわ。じゃあ、失礼しますね、スズメさん。またな、ヤマ」


「今度の市でおごるから、何か考えておけよ」


 ピースサインを振り下ろす動作を残して、コマイヌさんの姿がかき消えました。

 ヤマさんが私に向き直ります。


「さて。これで、事件の謎がほとんど解消されたと思うが、どうかな?」


「……そう、ですね。ちょっと、うまく受け止めきれない不都合な事実を知って、困惑してますが、事件についてのもやもやはなくなったと思います。ありがとうございました」


******


 うーむ、惜しい。

 事件の全容として事実関係は把握できているが、その裏にある流れがつかめきれていない。

 まあ、資源部文官見習いのスズメがを真の意味で知らないことで、事件の真実に迫れなかったのと同じく、彼もその全てを知っているわけではないようなので、無理もない。

 だが、次の点はもっと追求すべきだったろう。

 

 ・シオミの当主は何に恐怖しているのか


 ・ツバメが女性であるなら、ジゼルの実子の男児はどこに消えたのか

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