第3話 柏手

*** 自動筆記録 所属:資源部 名義:スズメ ***


 打ち合わせの後、上司と同行しての査察のお仕事。

 転移先での仕様や挙動確認が目的であり、邪魔する可能性のある自動筆記はオフにしました。

 内容の言及は関係者外秘になので差し控えますが、自分にとってご褒美的な時間でした。


「スズくん、今から応接室に向かうなら、さっきの査察に関連する巻物の山さ、箱に詰めて鍵をかけて、荷台に乗せて一緒に持って行ってくれる?」


「えっ。こちらの査察って、合同調査と関係なかったですよね?」


「あー、この査察は調査部からの依頼だったから。分室も調査部だから、資料の受け取りと運搬くらいはしてくれるはず。でないと、君が調査部拠点まで運ぶ羽目になるかも」


「はーい、すぐやります」


 資源部は通信速度が他の部と比べると遅延するらしく、原則、物理世界でデータの入った現物を渡す依頼方法が主流のようです。

 箱詰めした資料を荷台で転がして、応接室に向かいます。

 派手な扉を開けて、荷台ごと入室すると、机の上に仰向けになった人の姿が見えました。

 事件性を疑い、心臓が跳ねます。


「大丈夫ですか!」

 

 声をかけながら駆け寄って、よく見ると、単に本で顔を覆って寝ているようです。

 例の弟君に、先ほどの意趣返しとして、驚かせて起こそうと決めました。

 顔の近くで、柏手のように手を叩いてみます。

 ぱん!

 思ったより大きい音が響いて、寝ていた人物が飛び起きました。

 随分と身軽なようで、四つん這いになって、跳ねるように距離を取られます。

 着物の内側にフード付きスウェットを着込み、右手側の着物の袖をはだけさせて着崩していますが、学生定番の袴ファッション。

 飛び起きた反動で、フードが脱げると、髪の色が根本の方が黒く、先の方にいくほど白くなっているのが見えました。

 節管ふしかんで長く育った影響と思われる白い部分の髪を気にしているのか、すぐにフードを目深に被り直しています。

 こうして物理世界で対面してみれば、普通の人間だとわかり、安心します。


「お仕事の時間ですよ。おはようございます」


「おはよう、ございます……あーふ」


 まだ、完全に覚醒していないらしく、大きく欠伸をしています。


「あ、そうだ。お仕事はじめる前に、ちゃんとご挨拶していいですか?」


「しなくていい。資源部の新人。スズ」


「そうですか……その呼び方で構わないですけども。それでは、あなたの方は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」


「何でもいい」


「えっ、何でもいいと言われても困るんですけど……他の方からはどう呼ばれてます?」


「一番多いのは、分室長の弟。あとは名無しさんとか、管理番号で呼ばれる」


 今を生きている国民は全員、正式には管理番号で区別されます。


「……もしや、呼び名がない?」


「なくても困らない」


「いやいや、まさに今、私が困ってますよね?」


「人を困らせてはいけない!」


 いきなり大声で叫ばれて、身がすくみます。


「道徳の標語。一番に習った」


「あ、そうですか……」


 なんか、会話の内容とテンポが独特。


「困らせるのは悪いこと。必要なら、名前をつけて」


「あ、そうなりますか〜〜」


 責任重大なので、できれば辞退したい。


「うーん、私のようなのが名づけするのは恐れ多いので、とりあえず弟さんとお呼びしても?」


「うん。あと、これ」


 書き損じのような半紙に包まれた赤い花の枝を渡されます。


「あげる」


「サザンカですか? きれいですね。ありがとうございます……ん?」


 書き損じの紙かと思ったら、遺伝子の相性診断を行うための参照コードが書かれています。

 参照コードで相手の遺伝子情報と、自分の遺伝子情報を突き合わせることで、遺伝的な相性を調べられるため、一般的には求愛に等しい行動です。

 つまり、初対面で求愛されています。

 ちょっと意味がわからないので、その辺の思考は放棄します。


「と、とりあえず、仕事しましょうか? 調査の進捗はいかがです?」


「僕にできる分、終わった。今は待機中」


「は? 終わった?」


「記録、そこ。広げて見ていいよ」


 弟さんはソファに転がっている巻物を指し、絵本を読み始めます。


「はあ。では失礼して……は?」


 美麗な文字にまず驚き、理路整然と対象の分析と解決策を提示していることに更に驚きます。


「あのー、こちら、本当にあなたが? 午前中でまとめたんですか?」


 弟さんが絵本から目を離して、差し出された巻物を見ます。


「そう」


 なるほど、天才タイプの方でした。


「仕事早いんですね……ちなみに、今は何を……?」


「だから、待機。『終わったら、指定の本を読んで待機』を実行中」


 命令の復唱部分だけ、分室長の声色を真似た感じでした。


「えっ……そんな、ページ数も文字数も少ない、子ども向けの絵本を?」


 動揺しました。

 この方が過去に脱走を繰り返した理由が、わかった気がしたからです。

 膨大な情報を扱える能力があるにも関わらず、子ども向けの道徳教本を繰り返し読むようにと言われたら、どれだけのフラストレーションを抱えるでしょうか。


「もう、全部読んだ? 読み終わるまでが待機指示の期限」


「あ、まだです。ちょっと待ってくださいね」


 弟さんがまとめた巻物には『自我喪失』の増加傾向の原因のひとつは、人為的に引き起こされた可能性が高いとする仮説が書かれていました。

 まず、これまでに見られる自然増加傾向と、問題視された急増傾向とで、後者の方を区別する要素が指摘されていました。

 罹患者の共通点は多数みられるものの、


 ・最近、罹患した者の九割が、物理世界で特定の食事と服薬を組み合わせて利用している


 ・民間の医療製薬大手のシオミグループの指導を受けている設備にいる


 二点の因果関係を重視すべきと主張していました。

 あるメーカーが開発した食事の成分と、ある特定の薬の成分が合わさって提供された場合に、当人は夢見心地で、自我がないように大人しくなり、その症状が進んだ場合には意識不明状態に陥る、という仮説でした。

 麻薬の一種となる組み合わせが偶然、提供されてしまった、という見方をするのが自然に思いますが、人為的に引き起こされたと推論したのは何故なのでしょう。


「まだ?」


「途中まで読みました。何でわざとって判断しているのかって論拠、まだ読み進められてないんですけど、どうしてって結論になったんです?」


「被害に遭ったの、みんなだから」


「え……」


 医療製薬のシオミは、国から認定されている最大級の安楽死施設を運営しています。

 遺伝子の転写エラーを除去する節管ふしかんの仕様は、空想世界で主に生活する人に、擬似的な不老長寿をもたらしました。理論上では、人間の物理的活動限界とされる百二十歳まで、およそ二十代後半から三十代前半の頭脳と肉体のまま、過ごすことができます。

 一方で、愛する者との離別、生まれもった遺伝性の病など、人が生きる苦悩を前に『選択的に死ぬ自由も同時に認められるべき』という世論が醸成されることとなり、五十年ほど前から安楽死施設が運営されるようになりました。


「それってシオミが安楽死施設を運営しているから、ですか? 仮にも営利団体が、バレたら問題になるようなリスクのある、お金にならないことを?」


「する。気づいて欲しくて、やってる」


「どういうことです?」


 弟さんは、宙に、手書きした折れ線グラフの画面を展開し、該当箇所を指しました。黒い折れ線が、朱色の縦線で三分割されています。


「縦軸が被害に遭った人数、横軸が時間経過。最初はゆるやか、途中の一週間は活動停止、その後は急増」


「あ、確かに、活動停止後からの急増は、作為的なものを感じますね」


 誰かに気づいて欲しくてやる犯罪は、そのうち『劇場化』と呼ばれる、保身を顧みない行動を生む、という小耳に挟んだ話を思い出します。


「被害者が新たに生まれなかった一週間、どうして活動を中止したのか、調べられる手があればいいんですが……」


「もう手は打った」


「は? ……わー。素晴らしい手際ですね。というか、この合同調査、もしかしなくとも、私、いなくてもいいんじゃないです?」


「ここからは手伝って。僕は得意じゃない」


「あなたの得意じゃない分野って、私も得意分野じゃないかもですけど……」


「ううん、得意だよ。これは一週間に連動して動いたページの一覧。調査部の関連性基準で、上の方ほど関連性が高い」


 宙に浮かんだデータに、情報媒体の一覧が更に追加されます。

 情報媒体は『ページ』とも呼ばれ、民間が運営する空想世界向けサービスの申込、様々な情報の共有などの目的で使われて、空想世界からも物理世界からも利用できる緩衝材のような位置付けです。


「あー、確かに資源部の者なら、得意かもしれないですね。情報の羅列に法則性があるようでない、虚偽も混在する玉石混交、いわばカオス。資源部の仕事の大半、そういうのですから」


「できる?」


「はい、見てみます。この一覧、まずシオミに関係していそうかどうかで、分類すればいいんですかね?」


 弟さんがうなずくのを見て、ゴーグル型端末を装着し、まずは一覧の一番上からどんどんページを開きます。


 一番目、シオミの第二事業のひとつ、空想世界での演劇鑑賞サービスの公式ページ。医療製薬関連ではないもの、何か関係あるかもなので、キープ。


 二番目、噂を集めるタレコミ系ページ。シオミの創業者一族で舞台俳優のツバメが主催する一人芝居劇の開催中止に関してのタレコミ。中止の時期が、例の一週間と重なってて気になるので、キープ。


 三番目、人気ダンサーで若手俳優のツバメに関する非公式ファンページ。ツバメが複数の舞台出演辞退の告知をした一カ月後、一人芝居劇ですら開催中止になったことについて陰謀説を展開。俳優の急病説や、反安楽死過激派の再襲撃による重体説を挙げて心配するも、一週間後に一人芝居劇が再開され、無事を喜んでの応援メッセージ。キープ。


 ゴーグルを首元に下ろします。


「関連性基準の精度を信じれば、ですけど……動きのなかった一週間って、人気俳優のツバメの活動休止時期と重なるみたいですね」


「俳優? シオミと関係ある人?」


「はい。確か、ツバメはシオミの創業者の孫です。ただ、彼自身は医療製薬分野に興味ないどころか、家業を毛嫌いしているはずなので、もし何か関係していたとしても主犯ではないかも」


「家業を嫌う?」


「確か二、三年前だったかな……反安楽死の過激派に酸をかけられて、右手が焼けただれてしまったんです。以来、右腕のロンググローブがトレードマークで。踊りの名手なので、手の動きを美しく魅せられないのは痛手らしくて、それで家業を嫌うようになったとか」


「その人、調べたい」


「そうですね。実は偶然、ツバメに関係する資料、そこの荷台にあるんですが……一回、分室長に調査状況を報告するとかして、調査部の許可をもらわないと、箱を開けられません」


「報告する!」


 通信端末を所持していないのか、わざわざ空想世界で報告をするようで、弟さんは部屋の壁際に置いてあるはちかづきの椅子に座り、透明な器で頭を覆いました。


「その間、私は机の上、片付けておきますね」


 広げた巻物を片付けようと巻いている途中、指越しに見た言葉に、思わず手が止まります。

 『一人芝居劇サロメ(サルメ)』と書いてありました。

 ちょうど、午前中、査察した空想世界の劇がそれでした。

 シオミは興行として、有名な宗教劇『サロメ』を翻案し、神楽舞の名手であり、踊りの神をも意味する『猿女サルメ』の物語として舞台化しました。

 一人芝居劇の方は、その舞台を主役の俳優だけで演じられるようにしており、七つのヴェールを脱ぐごとに変化するダンスが目玉の劇で、不定期に開催されています。


「……まさか、シオミの演劇分野の方も『自我喪失』の急増に何か関係している、とか?」


「ねえ」


 死角から急に呼びかけられて驚きます。


「は、はい!」


「スズも同席してって」


「え? 何か問題があったんです?」


 何も答えず、困った表情をするので、仕方なく横並びではちかづきを被ります。

 現界した先の空間は、茶室のような場所でした。


「やあ、仲良くやれているみたいで何より!」


 分室長がにこやかに両手を広げます。


「報告を聞いた限り、調査の方向性は問題ないでしょう。たまたま疑惑の人物についての情報がその部屋にあるので調べたいのこと、調査部として許可します」


「ありがとうございます」


 分室長の愛想笑いがすっと消えて、真顔になりました。


「その前に本題、ここから関係者外秘。その疑惑の人物のツバメ氏だが、現在、行方不明。実家の敷地内から忽然と姿を消した。時期は、報告にあった例の一週間の最初の日。調査部の本隊の別チームが調査中だが、既に十日経過。シオミ当主の要望で、一般にはこの事実は伏せられている」


 なかなかに衝撃的でした。


「失踪、しているんですか? 私、今日の午前中、ツバメ主演のオルゴール劇の査察に同行しました。何も異常は見られなかったのですが、本当に?」


「それは知っている。査察を依頼したのは調査部だから。本人の意思は関係なく躯体くたいだけで演じられるオルゴール劇ということで、彼は既に死亡し、第三者が彼の躯体くたいを得て操っている、という仮説が出たが、その査察の結果で否定された」


「そうですか……こんな形で、参加した仕事の裏事情を知るとは思いませんでした……」


「失踪の件、調査部の本隊は調査を打ち切ろうとしている。成果の期待できない仕事を、役人が続けられるほどの余裕はないからね。営利誘拐を疑われる身代金請求や脅迫がある訳でもなく、失踪一週間後から空想世界での劇が毎日、開演、今も続いている。だから、自発的に身を隠した家出だ、と上に判断されてしまった」


「本当に、ただの家出の可能性が高いんですか?」


「僕の方からは『煙のように消えた』という印象で、自発的な家出と断定するのは早いと考える。そこで、調査部の本隊が引き上げるつもりであること、『自我喪失』の合同調査案件に関連すると思われることから、特殊調査分室としては本件に首を突っ込むことにしたい。本件は対応できそうか?」


「たぶん。情報あって、スズが一緒なら」


 弟さんが自信を見せ、分室長は満足そうに頷きます。


「よろしい。では資料だけでなく、問題の劇の優先鑑賞権も、手を尽くして入手しよう。百聞は一見にしかず、調査対象を見ることで得られる情報もあるはずだ」


「……現場、見たい」


 ぽつりと弟さんがつぶやきます。

 消え入りそうな声でした。

 分室長には聞こえなかったか、あえて黙殺したのでしょう、


「あのー、できれば、調査対象が失踪した現場も実地調査したいんですけど、遠いでしょうか? 場所はどこなんでしょう?」


「失踪現場は、シオミの創業者の屋敷と庭園が併設する医療施設内。資源部の拠点からだと馬車で片道一刻ほど。あー、許可したいが、二人だけで向かう場合は、うーん……ちょっと占わせてもらう」


「は? 占い?」


「月齢と……明日の天気は……うーん、曇りの確率が六割か……うん、占いました。明日の午後に現地調査。馬車も手配しておきます」


「やったーっ」


 隣の椅子に座る弟さんが嬉しそうに手足をばたつかせます。

 遠足が決まった子どものよう。


「ただし、天候によります。予報どおりに曇りでない場合、予定は見直し。この後で、劇の優先鑑賞権について連絡します。では解散」


「えっ、月齢や天候がどう予定と関係して……」 


 質問できないまま、空想世界の集まりが打ち切られました。


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