第2話 猫の手

*** 自動筆記録 所属:資源部 名義:スズメ ***


 空想世界の資源部拠点に入ると、上司が手を振りながら駆け寄ってきます。

 毛足長めのあごひげと離れた目の印象により、動物の山羊っぽい上司は、物理世界の姿形と同じ躯体くたいを使用していました。


「おーい、スズキくん! あれ? スズメ……になってない?」


「名義登録申請の書類、スズキと出したはずが……スズメで認識されてしまったようです」


「あー、役所の文字認識って書き順に厳格な仕組みなんだよね、言えばよかったね。一回、登録すると、見習い期間中は変更できないし……大丈夫?」


「大丈夫です、甘んじて受け入れます。もっと書き取りを練習します……」


「あ、まずい! 応接室予約の事前登録名が違うってことになるから、ここから応接室への転移の指定できないや。悪いけど、歩きながら話していい?」


「はい。調査部の方との打ち合わせですよね?」


「そうそう。打ち合わせと言っても、落とし所は決まってるから、君は特に発言せずに話を聞いていればいいから。ただ、め〜んどうな仕事なんだよねえ……」


 山羊の鳴き声のように低い声でメーという部分を伸ばしながら、ため息を吐きます。


「先週、三部会……あ、資源部と調査部と規則部のお偉方が集まる国家運営の会議があってね。そこで、合同で調査しろ、って言われてさ。聞いたことあるかな? 調査部の中に分室があるんだけど」


「いえ、聞いたことないです」


「んー、調査部の内輪の話だから、ちゃんと僕、説明できるほどは知らないんだけど。興味あるなら、聞いてみて。この後に会う人なら、時間があればペラペラ解説してくれる」


 上司が急に立ち止まります。

 その先には、漆地に金箔で装飾された豪華な扉がありました。

 質素を美徳とする役所で、空想世界であっても、所々で金箔を使った派手な装飾が見られるのは、ここの土地柄と思われます。

 上司が扉を開けると、部屋から声が聞こえました。


「お先に失礼していますよ」


 応接室に入ると、幅広のソファに二人。

 洋装のスーツを着た若い武官と思われる男性と、目深にフードをかぶった和洋折衷で個性的な格好の人物が座っていました。

 着物姿の上司が呼びかけに応え、近寄ります。


「分室長。お待たせして申し訳ない」


 分室長と呼ばれたスーツの男性は、武官を表す軍帽を被っています。ずっと柔和な笑みを浮かべていますが、威圧感があったため、役職についている上級武官でしょう。

 問題は、もう一方のフードを目深に被った人物の方です。

 見るからに怪しいのに、表情や格好どころか、顔すらうまく認識できません。

 着物の下にフード付きのスウェットを着ていますが、学生用のはかまを履いているので、若い方なのだろうと思われます。


「ほら、ぼーっとしてないで」


 会議の準備をする上司に、ぽんと背中を叩かれ、思考を中断しました。


「あそこにお茶を淹れる器具あるから、お二人にお出しして」


 物理世界で飲むお茶に抗菌作用があるように、空想世界で飲むお茶には、躯体くたいに付随する余分な作用を排除する効果が期待できます。

 つまり、お茶は、秘密情報を扱う会議の前には必須の儀式なのです。

 お茶を乗せるお盆を探しながら戸棚に足をぶつけるといったヘマはいくつかしましたが、慣れないながらも何とかお茶を淹れて、二人の訪問客と上司の前に置きました。


「その辺で使役している躯体くたいを見かけたんですけど」


 分室長が空の茶碗を置きました。


「資源部では最新型のアマツバメを使わない方針ですか? 飛行移動速度が段違いですし、物理世界の鳥類も操作して使役できるので、便利ですよ」


「そうですね。それより、まず先に、お隣を紹介するのが礼儀では? 姿形を見せない正体不明が相手では、やりにくいことこの上ないんですが」


 不機嫌そうに上司が、謎の人物に視線を投げます。

 分室長は笑って、頭を下げた。


「これは失礼を。ですが、失礼を承知のうえで、このまま認識阻害を解除せず、話を進めさせて欲しいのです」


「どういうことです?」


「少々、事情がありまして。お二人にご理解いただくにはどうしたものか……そうだ、試しに性能を披露しましょうか」


 隣の人物の肩に手を置きました。


「そのお茶を淹れてくれた彼または彼女。どのような人物か、推理しなさい」


 謎の人物は頷き、じっと自分を見つめるように、顔の正面をこちらに向けました。

 完全に無茶振りでした。

 空想世界で躯体くたいの見た目から何かを読み取ることは困難なことです。

 上司のように共通の姿形を通している人もいれば、躯体で姿形や声などの特徴を変えている人もいます。

 上司も同じように思ったようで「ちょっと、君ねえ」とたしなめかけましたが、謎の人物が小さく挙手したのを見て、口を閉じます。


「数え年で十五才前後の女性。名前にスズの言葉が入る。身体的特徴として、背は小さく、五尺三寸前後、胸が大きい。髪の長さは肩くらい……」


 パン。

 分室長が言葉を遮るように手を叩き、手のひらを上に向け、前に差し出し、先を促します。


「きちんと論拠も示しなさい」 


躯体くたいとその動きが論拠。躯体は去年度にリリースされた新型で、主に親が成人した子に贈る人気製品。成人であれば操作経験を重ねて使いこなせるもの。動きがぎこちないから、学校を出て間もない、数え年で十五才の見習いと推測。躯体の標準設定にはない首元の装飾が鈴を模した形なので、名前はスズ、あるいはスズが含まれるもの」


「ほう」


 上司が身を乗り出し、先を促すように相槌を打ちます。


「身長は、妙に歩幅の大きい歩き方から推測。お茶を淹れるときの棚、座るときの机に足をぶつけていた部分から、具体的な背丈を推測。胸が大きいというのは、歩くときと、お茶を差し出したとき、片方の手で胸元を押さえていた癖からの推測。肩までで切り揃えた髪は躯体くたいを標準設定のまま扱っている性質から、よくある学生あがりの髪型と推測」


 物理世界での自分の姿形を見たことのある上司は、一度、ちらっとこちらに視線を向けましたが、内容を肯定するように頷きます。

 当の自分も、何でもないような表情でうんうんと頷いていましたが、さすがに理詰めで自身の情報を言い当てられれば、動揺します。


「あと、確度は落ちるけど、追加の推測。相場より高額な躯体くたいを贈られている点から、愛の子で、親子関係は良好……」


「そこまで」


 分室長が止めました。

 それもそのはずで『愛の子』というのは、生みの親と育ての親が同じ者を示す、差別的な言葉だからです。

 愛し合う男女が子を設けるのが一般的だったのは昔の話で、今の男女は遺伝子の相性を調べてから、体外受精を行う生産施設に行って卵子と精子を提供するだけで関係が終了します。

 親と子の意味が変容し、やがて『愛し合う男女の間に生まれた子は、能力的に劣っている』という説が生まれ、世間で定着してしまっています。

 簡単にいえば『愛の子』呼ばわりはバカと言われたも同然ということです。


(初対面で、私、喧嘩売られていますかね……)


 私の静かな怒りを察したようで、分室長が頭を下げました。


「大変申し訳ない! 後でよく言って聞かせます。ここ数年ほど躾けているのですが、分析面で優秀な反面、なかなか社会性が身につかず、使いどころに困っていまして」


「……もしかして。その子、君の弟さん?」


 上司が言葉を遮り、一転して明るい声で、


「まあ、そちらもまだお若いなら、失敗もあるでしょう。お互い様です。そろそろ、お茶も効いた頃合いですし、本題に入りましょう」


 会議のデータを宙に浮かべました。

 謎の急展開ですが、自分も深呼吸をひとつ、気持ちを切り替えます。上司が手のひらを返すほどの事情は、後で確認すればいいのですから。


「ここに提示するとおりに『先の三部会で決まった合同調査任務について』が議題です」


 想定していたよりもずっと壮大な案件でした。


「全国で『自我喪失』と呼ばれる意識不明状態に陥っている人が急増中との報告あり。その原因究明と再発防止策の提言がゴールです」


「先の会議の中で出た仮説は三つ、空想世界に入る時の節管ふしかんの不具合説、節管を支えるの不具合説、未知の病あるいは感染症の罹患説……ですか」


「三つ目の仮説に至っては、医師でもない役人に、どうしろっていう感じですが、雲を掴むような話であっても、やれと言われたものは仕方ないですからね」


「おっしゃるとおり」


「調査部と資源部で人員を出し合うことになりましたが、正直、ゴールが達成できるとは思っていません。でも、三部会で注目を集めて、話が盛り上がってしまった案件なので、取り組まないと怒られるのは必至。なので『ちゃんと取り組んでます感』で、お茶を濁せればと」


「そうですね、行動期限も決めた方がよさそうですね」


 仕事の手抜き提案に、分室長の方も笑顔で賛同します。

 困惑して両者を交互に視線を移す自分に、上司が肩をすくめて、


「世の中、やるべき仕事とやらされる仕事とやらなくていい仕事があるから。やるべき仕事に集中できるように、自分の時間や労力といった資源を割り振る。これ、資源部の鉄則ね」


「ですね。いくら式鬼しきの進化によって働く人が一騎当千の仕事ができるとしても、国家運営に携わる役人の数が絶対的に少ないですから。資源部に限らず、仕事は常に山積み、今回、資源部と合同調査になって本当に助かっています」


「うちの資源部も似た境遇ですし、お互い様ですよ。とりあえず『この子とそちらの弟君の二人体制、指揮権は調査部、十日を区切り』でいいでしょうか。他、何か指定あります?」


「あります。できれば、物理世界のこちらの拠点で任務に当たってもらいたい」


 奇妙な注文でした。

 データ分析がメインの仕事であれば、空想世界で充分に行えるものだからです。


「あー、こちらはまだ見習いなもので、別の部の拠点に常駐できない決まりなんですよ。とりあえず、今回は物理世界の資源部拠点の応接室で、二人で仕事してもらうのはどうでしょう? 関連資料を運び込む手配しておきます。ただ、別件もありまして、こちらが合流するのは午後からですが」


「構いません。うちの方のは手隙なので、すぐそちらの応接室に向かわせます。先にできる分析をさせておきましょう。ではお嬢さん、これからよろしくお願いしますね」


 分室長が会釈すると、正面にいた二人の姿はほどけるように消えました。

 用が済んだので、さっさと現界を解いたようです。

 上司は茶碗の片付けをしながら、


「お疲れさま。腹立つことがあっても、感情的な振舞いをしなかった点は花丸です」


「ありがとうございます。ご褒美としてひとつ、質問よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「弟さん、と呼んでいた方について、ご存知のことを教えてください」


「それね……まあ、当然の質問だよね。これから一緒に仕事する人だもの。あ、これ、複数の筋からの噂話をまとめたものなんだけど」


 前置きして、上司はメモ書きを宙に浮かべます。


・調査部特殊調査分室長と部分的に共通する遺伝子情報を持つ存在あり。便宜上、弟と呼称されて資源部と規則部と調査部の総意で特別監視下にある。


・その弟は『卵を割れない雛鳥』のような状態で、自我が目覚めずに十二年ほど節管ふしかんの中で培養され、要経過観察状態にあった。三年前に大地震が起こった弾みで節管が割れ、中から流れ出た弟が奇跡的に目覚めた。


・覚醒当時、身体的に十二才の少年は能力的に赤子に等しい成長段階だった。だが、一年ほどで同世代と同じ程度のことができるまでに成長した。


・特殊調査の仕事を任せると、優秀な成果を出す。気分屋で精神的に未熟、コントロールがほぼ不可能。仕事を詰め込むと脱走癖が出て、隠れ鬼。週に一度の頻度で、捜索願が出されている。


 想定よりもずっと、生まれも育ちも特殊な方のようです。


「境遇には同情しますけど、結構な問題児さんじゃないです……?」


 体よくお目付け役を押し付けられた印象。


「うん。でも、さっき、見ただけで物理世界の君の特徴を言い当ててたことからもわかるように、かなりの逸材だよね。人手不足だし、優秀な猫の手なら借りたいじゃない?」


「ええ、まあ……」


「それに、今、情報を照会して見てみたけれど、ちょうど一年くらい前から彼の捜索願の記録がないもの。成長して性質が変化した可能性もある」


 見本のような希望的観測。


(資源部の離職率の高さは聞いていますが、その理由が『こうだったらいいな』の希望に沿って意思決定するのが普通だから、とかだと嫌すぎる……)


「大丈夫、大丈夫。対処しきれなかったら、配置替えとかも考えるから、気楽に。あ、念のため、護身用に保護殻ほごかくの設定は見直しておいてね」


「……はい」


 色々と気が進まないですが、やる前から諦めるのは主義に反します。

 ほどほどにがんばりましょう。


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