第5場・ここが娼館アモル……デス!<❤>
ひとしきり街の喧騒を楽しむと、私はまた隊長に連れられて歩き出した。
しばらく行くと喧騒は遠ざかり、建物のレンガが古くなってきた。
ずいぶん歴史ある区画なのだろう、古びてはいるが廃れてはいない。
完全に喧騒が消えたころ、目指す娼館・アモルが見えてきた。
入り口の門は白い漆喰で綺麗に塗られ、花や植物の装飾が描かれている。
門の左右は妙に高い壁が続いている。
壁は綺麗な赤色をしているのだが、一見した感想は「牢獄」だった。
──後に知ったことだが、大昔は実際に牢獄として使われていたこともあったらしい。
さて、入り口の門は閉まっている。
「そうか、まだ営業前か」
隊長は呟くと、扉に手をかけてあっさり押し開くと中に入っていった。
扉の向こうに最初に見えたのは大きな噴水だ。
てっぺんには女性が裸で抱き合っている像が据え付けられていて、
なまめかしさと神々しさを同時に感じた。
噴水のそばでは箒を持った女がダルそうに掃除をしていた。
スポーツでもやっているような、がっしりした背格好で、
肩までの黒髪、褐色の肌をした女だった。
女は私たちを見ると、ぱあっと顔を輝かせた。
「久しぶりじゃーん!」
その言葉は隊長に向けられていた。
女はこちらに小走りで寄ってくると、
「ねぇねぇ、お土産ある!?」
とウキウキした様子で聞いてきた。
隊長は懐を探ると、小さな羽で作られたアクセサリを差し出した。
「かわいいー♪」
女は受け取ると、箒を放り出して小躍りしながら自分の手首に巻き付けてみた。
なるほど、そうやって身に着けるものなのか。
「ありがとうね♪」
……なんというか、ギャルっぽい子だ。
女は私を見た。
「この子は?」
「新人だ」
「ふうん…あたしアルセア♪
あんたは?」
「…名前はまだない」
隊長が言った。
「…そっか、今来たんだもんね。よろしくね」
握手をするとアルセアは「さぁ、どうぞお通りください」というポーズで私を促した。
前を通って先へ進もうとすると、背後に回ったアルセアが私の服を下からぶわっとめくりあげた。
服の下は何も身に着けていない。全裸だ。
思わずうずくまってしまい、そして叫んだ。
「せっ、セクハラだぞ!!」
「…せくはら??」
アルセアと名乗った女は不思議そうに呟きながら、しゃがんだ私に背後から抱き着くとおっぱいを揉みだした。
もみもみもみ…
「うわー、やらかいじゃーん♪」
「せっ、せくはら…!」
もみもみもみ…
「やっ、やめて…!!」
もみもみ、すりすり…揉みつつ乳首を親指の腹で撫でられている。
思ったより随分と優しい手つきなので…なんだか、そのまま身を任せてもいい気になった。
ふと気づくと、花のような良い香りに包まれていた。
香りはアルセアから漂ってきているようだった。
「…よしよし」
しばらく胸を揉み続けると満足したのか、アルセアは頷いて立ち上がる。
「続きはあとのお楽しみにしよっと♪」
…私はちょっと物足りない気がしてしまった。
「あ、その表情いい!」
アルセアは私を見ると、にっこりと笑った。
無邪気な笑顔だった。
「おいでよ、アカンサスに会いに行くんでしょ」
アルセアはそう言うと私たちの先頭に立って歩き始めた。
「アカンサスはここの主だ」
隊長が教えてくれた。
「さっさと歩け。彼女は時間にうるさいからな」
「急かすなら私がセクハラされているのを止めて欲しかった」
「だから"せくはら"とはなんだ??」
「セクシャル・ハラスメントのことだ!」
「…わからん」
隊長は素っ気なく答えたあと、ふっと小さく笑った。
楽しんでいるようだった。
――中庭の先にトンネルがあった。
入り口はツタの葉で飾り付けられていて、中に入ると薄暗かった。
壁の両側にいくつかの扉があり、アルセアはその一つを開けて入った。
大きな広間だった。
テーブルや椅子がいくつも置かれ、その向こうにはカウンターが見える。
……ここは酒場だろうか。
ぽつりぽつりと人影は見えるが、まだ営業前のようだった。
私たちはテーブルの間を抜けると大広間から続く廊下を歩いた。
昼なお暗いという表現がぴったりだった。
シンと静まり返った中、足音だけが響いた。
ぺたぺたぺた…
アルセアは裸足だった。
廊下の先に階段があり、二階まで上るとまた廊下を歩く。
しばらく行くと大きな吹き抜けがあって、近寄って覗くと下に先ほどの食堂が見えた。
また歩き、吹き抜けの先に目指す部屋があった。
この娼館の主・アカンサスの執務室だった。
♦
"主"というと勝手に老婆を想像していたのだが、アカンサスは恐らく40代中ころの気品のある女性だった。
長い帽子をかぶり、首元には丸い大きな珠の連なったネックレスが輝いていた。
彼女は執務室の椅子に座り、机に向かって何か書き物をしていた。
私達が部屋に入っても書き物に集中していたが、ややあって顔を上げた。
「…ああ、やっときたね。半日遅れたかい?」
低い声だった。
「いろいろ予定外のことがあってな」
隊長は言いつつ、私を振り返った。
「連れてきたぞ。あとはお前に任せる」
アカンサスは無言で私を睨みつけた。切れ長の瞳が、上から下まで私を観察する。
何を考えているのかその表情からは読み取れなかった。
アカンサスはややあって語りだした。
「まず最初に、この館(アモル)は私の城だ」
威厳を感じさせる口調だった。
「ここでは私の言うことが絶対だ。誰よりも私の言うことに従うんだ、わかるかい?」
有無を言わせない迫力があった。
私は小さく頷く。
「あんたの仕事は、お客を取ってもてなして稼ぐ。
稼げないものは必要ない。」
私はまた頷く。
なんだか、学生時代に職員室で先生に叱られているような気分になってきた。
実際そんな目にあった事はあまり無いのだが、アカンサスには教師のような雰囲気があった。
「身の回りはいつも清潔にしておくこと。
他の娼婦と無駄に問題を起こさないこと。
勝手に館から出ないこと」
私はいちいち頷いた。
「じゃあ、あんたに花の名前をやろう…なにがいいかね」
アカンサスは部屋を見渡しながら考え込む素振りをした。
窓際に花瓶があって、百合の花がいけてあった。
「…そうだね、リリーオンとしようか。
今日からあんたはリリーオンだ。いいね」
それが、私に与えられた娼婦としての名前だった。
アカンサスはそれだけ言うと、また手元の書き物に目を落とした。
「アルセア、向かいの部屋にリリーオンを案内しておやり。今日からそこで暮らすんだ」
「えっ!?」っとアルセアは小さく声を上げた。
そして、私をまじまじと見つめた。
案内された部屋は、アカンサスの執務室に近い8畳ほどの一間だった。
木の扉を開けると奥に伸びた縦長の空間があり、
目の前に丸い木のテーブルが、向かって左の壁には質素なベッドがあった。
正面奥の壁には窓があり採光はいい。右の壁には樽やチェストなどの棚が置かれていた。
「うわぁ、いいなぁ!」
私の後ろからアルセアが頓狂な声を上げた。
「ねぇねぇあんた何者!?こんなお部屋を貰えるなんて、ただものじゃ無いわよね!?」
至近距離で顔を覗き込まれる。
「…全員、こういう部屋住まいではないのか?」
私はそう返すのがやっとだった。
「とんでもない!普通は雑魚寝よ!!」
アルセアは言うと、
「みんなに知らせなきゃ!」
そう言って、慌ただしく部屋を出て行った。
一人になると急に寂しい気持ちになって、ベッドに腰を下ろした。
部屋は片付いているが、しばらく入居者はいなかったのだろう、
湿気の染みたような臭いがした。
ここには私が慣れ親しんだものは何一つない。
せめて手帳が欲しいと思った。
今体験していることを克明に記しておきたかった。
「…リリーオン……か」
与えられた名前を声に出してみた。
私の名はリリーオン。
元政治家秘書だったが…
今は、娼婦リリーオンだ。
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